池波正太郎の「剣客商売」をたしなむ~三冬の乳房の巻~ | 池波正太郎・三大シリーズをたしなむ

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小説家・池波正太郎の代表作「剣客商売」「鬼平犯科帳」「仕掛人・藤枝梅安」(三大シリーズ)の原作の解説や見どころを紹介しています。
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池波正太郎の「剣客商売」をたしなむ

~三冬の乳房の巻~

 
みなさん、こんにちは。管理人の佐藤有です。
さて、今回紹介する「三冬の乳房」は、佐々木三冬が住まいとして利用している根岸の寮の向かい合わせにある、小間物屋「山﨑屋卯兵衛」の寮で発生した跡取り娘・お雪の誘拐事件の真相を描いた短編であり、「剣客商売2・辻斬り」の巻に収録されています。
 

剣客商売~三冬の乳房~あらすじネタバレ

あらすじ1)
安永七年(1778年)の暮れが近づいてきた頃、三冬は、夏に起きた父・田沼意次の毒殺未遂事件から、父親の身の危険を案じて田沼屋敷に滞在することが多くなりました。
 
それまでは、父・田沼老中を毛嫌いし、母方の実家が所有する根岸の寮で暮らしていた三冬でしたが、毒殺事件で見せた父親の以外な一面は三冬の父親に対する考えを改めさせることとなりました。
 
その日は、父・田沼意次の使いで、書物問屋「和泉屋吉右衛門」を訪ねた三冬でしたが、これまで何かと世話をしてくれた根岸の寮の管理人・嘉助が寂しがっていると聞き、その晩は根岸の寮に泊まることにしました。
 
和泉屋で夕餉をごちそうにあり、根岸の寮を目指す三冬は、一年前の今頃、同じく根岸の寮に向かう途中で無頼者と遭遇し、秋山小兵衛に救出されたことを思い出しながら夜道を歩み始めます。
 
根岸の田園風景が広がり、和泉屋の寮に通じる竹藪の小道へ差し掛かった時、寮のある方向から、人の悲鳴と異常な物音を聞きつけます。提灯の火を消し、近くの竹やぶに身を潜めた三冬は、縄をまわした駕籠と、それらを担ぐ覆面の男どもを目撃し、彼らの前に立ちふさがります。
 
相手は6人であったものの、三冬の剣に次々と倒され、曲者たちは駕籠を置いて逃げていき、身動きが出来ない者は、手足を縛られ竹藪の中へ放置されました。一方、駕籠の中には、手足を縛られ、猿轡と目隠しを施された女性がおり、彼女は小間物屋「山﨑屋卯兵衛」の次女・お雪でした。
 
和泉屋とは、根岸の寮が山崎屋の寮と向かい合わせにあり、お雪が病気の療養のために根岸の寮に滞在していることを寮の下僕・嘉助から聞いていた三冬は、一度、お雪の顔を見たことがありました。同時に、お雪を屋敷に入るように促す怪しい人物の存在も目撃しており、今回の事件は、その者が絡んでいると推測します。
 
お雪の救出で、山崎屋での異変を察した三冬は、すぐさま山崎屋の寮に向かうも、内部は、何者かに襲われた直後であり、寮の管理人たちが倒れ込む中、下僕の1人が殺害されていました。一方、向かい側の寮で物騒な事件が発生していながら、和泉屋の下僕・嘉助は、夢の中にいました。
 
お雪の身の安全を確保するべく、まずお雪と助けを呼びに来た山崎屋の番頭・伊平を和泉屋の寮へ避難させ、三冬は山崎屋の寮番を引きつれて、竹藪に隠した男を和泉屋へ運び、裏手の小屋に閉じ込めました。
 
そして、嘉助から三冬の手紙を受け取った小兵衛は、大治郎道場にいる飯田粂太郎少年を引き連れて根岸の寮へ向かい、三冬から昨夜の事件を聞き取り、小屋で監禁されている曲者の尋問に取り掛かります。
 
曲者はどこかの中間部屋の者と思われるも、一向に口を割ろうとせず、再び監禁することにし、粂太郎少年を使いに出し、四谷の弥七に来てもらうことにしました。そんな中、和泉屋の寮へ、山崎屋卯兵衛と番頭の伊平がお礼に現れます。
 
しかし、お雪の父親である山崎屋ではなく、伊平の方が出しゃばってお礼を述べ、帰り際にはお雪を襲撃させた曲者の1人についてそれとなく聞き込みます。三冬は知らないと返事し、その場をやり過ごすも、山崎屋からお礼の菓子としていただいた大和屋の窓の月の底は、小判五十両で埋め尽くされていました。
 
山﨑屋の不可解な行動を怪しんだ小兵衛は、まずは昨夜捉えた曲者と山﨑屋の繋がりを調べるべく、弥七の手引きで曲者を逃がし、傘徳こと傘屋の徳次郎に尾行を命じます。
 
曲者を逃がした際、男は弥七に対し、山崎屋の手引きの者かと妙なことを訪ね、伊勢の国・津の城主・藤堂和泉守の下屋敷のある巣鴨へ逃亡します。
 
下屋敷は、主の目も届きにくいことから、夜になると中間部屋では博奕場が開かれ、無頼者のたまり場と化していました。また、お雪の誘拐も、監禁した男の行き先や弥七にかけた言葉から、この事件は、山崎屋の主人が関わっているのではと推測します。
 
あらすじ2)
藤堂家の用達を務める小間物屋山崎屋は、江戸城の大奥から、諸大名屋敷への出入りが許された江戸屈指の商家であり、当代山崎屋卯兵衛は、先代の婿養子でした。当代は、小僧時代から山崎屋で奉公し、番頭まで出世を遂げた経歴の持ち主でした。
 
当代・卯兵衛は、先代の跡取り娘・お幸の2番目の夫であり、2人の間に子供・お雪が出来てしまったことを受けて、先代がやむを得ず結婚を許した経緯があります。お幸の前夫は、同業者の次男であり、先代の意向で山崎屋に婿養子にはいったものの、長女と共に病死してしまいました。
 
山崎屋は、表面ではお幸の現在の夫・お雪の父が当代を務めているものの、実際は、先代の威光がいまだ根強く、卯兵衛が婿養子になった経緯もあり、事あるごとにお店の経営に口出しをして
いました。
 
そのようないきさつは、山崎屋の誇りを何よりも大切にする先代にとって、小僧あがりでありながら、やむを得ず婿養子に迎えることになった当代は目障りな存在であり、山崎屋の代替わりを目論み、孫娘・お雪の縁談を進めていました。

 

しかし、当のお雪は、祖父の傲慢な態度や、父親への風当たりの強さを目の当たりにして育った経緯から、祖父のことを快く思っておらず、そのために祖父が持ち込んできた縁談にも気乗りしませんでした。

 
その後も、小兵衛一行は、山崎屋や接点を持つ藤堂家・下屋敷への探りを入れ、事件を解決しようと奔走するも、それから7日が過ぎた12月27日、お雪が何者かに連れ去られ、山崎屋では大騒ぎとなっていました。
 
あらすじ3)
お雪が消息不明になる前、山崎屋では店の先代である祖父の主導で、お雪の縁談が整えられていました。相手は、神田明神下の小間物屋「吉野屋清五郎」の次男・富五郎といい、お雪の祖父が1人で決めたことでした。
 
また、根岸の寮で撲殺された若い下男の届け出も、何故か押し込み強盗の仕業とされ、山崎屋では口裏を合わせている様子が、弥七の探りによって判明しており、今回のお雪の件も心当たりがあるとして、その場所に向かっていました。
 
小兵衛は、今夜にでも何かあると予測し、粂太郎少年を共につれて山城屋で待機することにし、七ツ(午後4時)頃に、弥七の下っ引き・太次郎が駆けつけ、押上村の方へ来てほしいと報告します。
 
一方、山崎屋では、婚礼を控えたお雪がいなくなったことを受け、先代こと御隠居がこの事をお上に届け出ており、お上や土地の御用聞きたちも動き始めていました。商家では、猫の手も借りたいくらい忙しい時期だけに、山崎屋ではこれまでにない慌ただしさとなる中、当代の卯兵衛は、内部のどさくさに紛れて裏手から外へ出ていきました。
 
その様子は、弥七が雇った下っ引きから木挽町三丁目の釣り道具屋「浜宗」で待機していた弥七に知らされ、弥七も尾行を開始します。
 
卯兵衛は、人目につかないようにわざと裏道を選びながら早足で進み、楓川沿いの江戸橋をわたって小網町一丁目の舟宿「佐賀屋」に入り、番頭・伊平と合流すると、舟で三ツ俣から大川へ向かいます。
 
2人の尾行は、傘徳と下っ引きの1人が担い、佐賀屋の隣の舟宿「湊屋」から舟を出して後を追い、残った1人は弥七が来るまで待機、つなぎを受けた弥七は連絡所と決めていた本所二ツ目のしゃも鍋屋「五鉄」に入りました。その後、卯兵衛・伊平の居場所を知らせに来た太次郎へ、小兵衛を卯兵衛たちの場所へ案内させることを指示し、自分は先に目的地へ向かうことにしました。
 
太次郎から報告を受けた小兵衛は、太次郎が手配した町駕籠に乗り、大川橋をわたって本所へ入り、中ノ郷瓦町を東へ向かい、押上村に入り、最教寺で駕籠を降りてもらい、駕籠舁きを返しました。
 
すでにあたりが夕闇に包まれる中、弥七と合流した一行は、最教寺の門の傍の大樹の陰に身を潜めながら、卯兵衛たちが入っている百姓家を見張ります。内部には、卯兵衛と伊平他、お雪、藤堂家下屋敷の中間と見られる大男が旅仕度を整えていました。
 
そして、卯兵衛たち4人が百姓家から現れ、最教寺門前の道にさしかかり、弥七・太次郎、下っ引きの寅松が彼らの前に現れます。大男は、太次郎・寅松を次々と倒すも、弥七にだけは勝てず、十手を打ちつけられて気を失い、お縄をかけられます。
 
その頃、卯兵衛とお雪・伊平は別の道から逃亡を図るも、彼らには小兵衛と粂太郎少年・傘徳がつき、卯兵衛・伊平は観念しました。
 
あらすじ4)
お上の取り調べにより、山﨑屋の寮の襲撃及びお雪誘拐事件は、山﨑屋の当代でお雪の父である卯兵衛の犯行によるものと判明します。事件の発端は、山﨑屋の主権を巡る当代・先代の争いであり、小僧上がりの婿殿に山﨑屋ののれんを渡したくない先代に対する、当代の精一杯の反抗でした。
 
また、お雪自身も、祖父の父親に対する風当たりの強さを目の当たりにしてきたことから、父親へ同情し、祖父が決めた縁談に対しても気乗りしませんでした。その後、身体の具合が悪くなったことを受け、父親のすすめで根岸の寮に移ったものの、まさか、父親の主導で誘拐に遭うとは思ってもいませんでした。
 
実は、お雪の誘拐は、卯兵衛の山崎屋の先代に対する反抗であり、根岸の寮から連れ去ったお雪を、押上村の百姓夫婦(女房はお雪の乳母だった)に預け、自身はお店から金二百両を奪い、奉公人時代から仲の良かった伊平と、藤堂家の中間で、卯兵衛の腹違いの弟である大男・金蔵、そしてお雪の4人で上方に逃亡し、そこで新たな商売を始めるつもりでした。
 
しかし、お雪の移動を三冬に目撃された挙句、小兵衛に事件の真相を暴かれてしまったために、卯兵衛の計画は水の泡と化しました。
 
その後、山﨑屋襲撃事件に関わった全ての者の処罰が決まり、山﨑屋は、各諸家からの出入りを差し止められました。
 
この一件に関しては、寮を預かっていた下僕の殺害や、お店の金を盗んだ罪から町奉行所でも見逃すことができず、山崎屋兵衛・伊平・金蔵と、事件に関わった藤堂家の中間3人に処罰がくだされ、山崎屋も諸方への出入りを禁じられました。
 
小兵衛は、三冬から預かった山崎屋の口封じ料・五十両を今回の探索に費やしており、残り三十五両を弥七に預け、刑の執行を待つ卯兵衛たちに何か美味いものを差し入れて欲しいとお願いします。
 
一方、お雪は、母・お幸と共に根岸の寮へ療養しており、三冬とも親しくなりました。
 
三冬を男だと思っていたお雪は、次第に三冬への恋心を芽生えさせるも、ひょんなことから三冬が女であることを知り、驚愕します。
 
時は、安永八年(1779年)に突入し、鶯の鳴く春を迎えていました。
-終-
 

剣客商売・三冬の乳房の登場人物

お雪
山崎屋卯兵衛の1人娘で、根岸の寮で療養中に何者かに攫われる中、三冬に助け出される。
 
山崎屋卯兵衛(当代)
江戸城・山下御門前の山下に店を構える小間物屋。山崎屋は、江戸城大奥をはじめ、諸大名家への出入りを許された大店である。現当主である卯兵衛は、小僧上がりの番頭で、山崎屋の跡取り娘・お幸と恋仲になったことで婿養子に入った。
 
しかし、名店の誇りを大事にする先代からは疎まれており、店の経営もいまだ先代が握り続けている。後にお雪を山崎屋から連れ去り、上方で新たな商売を始めようと考えるも、失敗に終わった。
 
伊平
山崎屋の番頭で、当代卯兵衛は元同僚で、伊平の方が少し年下。山崎屋では、数少ない当代の味方であり、腹心でもある。
 
金蔵
藤堂和泉守の下屋敷の中間で、山崎屋卯兵衛の異母弟。山崎屋の指示で、他の中間と共にお雪の誘拐を決行した大男。藤堂家は、山崎屋が出入りを許された大名家である。
 
山崎屋の先代(御隠居)
先代・山崎屋卯兵衛で、お幸の実父、お雪の祖父。名店としての暖簾に固執するあまり、小僧あがりの婿養子を快く思っておらず、隠居した現在も店の実権を握る。店の代替わりを目論み、お雪の婿選びに奔走する。
 
太次郎・寅松
四谷の弥七の下っ引き。山崎屋兵衛の偵察や尾行、弥七~小兵衛間のつなぎ等を担う。
 

剣客商売・三冬の乳房の読みどころ

救いのない結末
お雪の誘拐現場に三冬が遭遇したことで発覚した山崎屋卯兵衛の騒動は、事の重大さゆえに卯兵衛をはじめとする当事者たちへ処刑が下される結末に終わりました。いつもならば、自分勝手な行動で身を滅ぼした人々に呆れかえることの多い小兵衛も、今回ばかりは卯兵衛たちに同情しました。
 
先代の卯兵衛への風当りの強さの理由は、娘の夫が亡くなり、婿探しをしている最中、当時番頭だった卯兵衛と恋仲になり、娘に子供ができた(お雪)ことで、やむを得ず婿養子にした経緯があったためでした。
 
表面だけ読み進めると、どうしても卯兵衛に同情したくなるものですが、番頭という身分をわきまえず、主人の娘と恋仲になり、許しを得ないまま子供を作ってしまった卯兵衛にも非があり、先代が店の主導権を婿養子に渡したくない気持ちも理解できなくはないでしょう。
 
とはいっても、この騒動の一番の被害者は、お雪の方であり、父親の主導で誘拐まがいに遭ったり、祖父の思惑により、勝手に縁談が進められたりと、散々な目に逢されました。また、父・夫の対立関係は、お雪の母親にも及び、自分の知らない所で夫が悪事を働いていたなど、思いもしなかったでしょう。
 
三冬とお雪の危険な関係
父親の祖父への反抗から、思わぬ事件に逢されたお雪でしたが、騒動後は、母親と共に根岸の寮で療養生活を送ることとなり、和泉屋の寮からも近いことから、三冬とも親しくなりました。
 
三冬が男だと信じて疑わないお雪は、しだいに三冬への思いを抑えきれなくなってしまうも、三冬は、お雪の手を自らの乳房にいざなうことで自分が女であることを示しました。
 
これには、さすがのお雪も驚愕しましたが、私自身はお雪の危険な恋の方にドキドキしましたね。後に、三冬を男だと勘違いしていたことが判明しましたが…。
 
佐々木三冬は、もちろん女性ですが、劇中では若衆髷に、男ものの出で立ち、男言葉を使うなど、男としての振舞いが目立ちますね。いわゆる、身体と心の性が違うとも捉えられますが、三冬の場合は、自分は女性という自覚を持っており、お雪に自分の乳房を触らせたことは、三冬の女らしさを強調させているでしょう。

剣客商売~三冬の乳房~まとめ

今回紹介した「三冬の乳房」は、山﨑屋の主権を握る舅と、彼に精一杯の反抗を示した婿の知られざる苦労もにじませた短編であり、ふとしかきっかけで、三冬から相談を持ちかけられた小兵衛の手腕など、一度読み始めたら途中でやめられません。
 
さて、次回の剣客商売をたしなむは、1巻・剣の誓約、まゆ墨の金ちゃんの回から続く、秋山大治郎・伊藤三弥の因縁に休止符が打たれた「妖怪・小雨坊」を紹介します。
 
本日も最後まで読んでいただき、ありがとうございましたほっこり