皆さんこんにちは🌞

 

 

超久々に投稿します!!!

 

 

今回もブログに遊びに来てくれてありがとう😊

 

 

 

では早速ブログを書いていきます!!!

 

 

 

人類史に置いて様々な功績を残した偉人がいます。

 

 

その中で世界に最も影響を

 

残した人をあげるとしたら

 

皆さんは誰をあげますか?

 

 

 

 

コメント欄で教えて下さい。

 

 

 

 

「天才とは

 99%の努力と1%のひらめきである。

 

 

             

 

 

 

 

 

 

今回ご紹介するのは、

 

 

誰もが一度は耳にしたことのあるこの人物。

 

 

 

トーマス・アルバ・エジソン

 

 

【人物像】

 

〈①略歴〉

 

エジソンは1847年にアメリカで生まれた

 

発明家、企業家である。

 

 

 

エジソンは発明王などと呼ばれ、

 

 

最も有名な発明としては、

 

 

白熱電球の実用化である。

 

 

他にも蓄音機の実用化や世界初の映画化、

 

更には電話機の実用化なども成し遂げ、

 

生涯で実に1300もの発明品を世に送り込んだとされている。

 

 

 

 

〈②非常な努力家〉

 

そんなエジソンであるが、

 

成功の裏には愚直な努力をしていた努力家であった

 

ということもよく知られている。

 

 

エジソンは後にこんな名言を残している。

 

 

 

 

 

「私は失敗したことがない。

 ただ一万通りのうまく行かない方法を見つけただけだ。」

 

 

 

 

 

エジソンが白熱電球を実用化させるには

 

実に1万回もの失敗をしていたそう。

 

 

 

エジソンが一番悩まされていたのは、

 

白熱電球の発行時間の長さであった。

 

 

 

いくら光っていても実用的でなければ

 

発明品として認められなかったのだ。

 

 

 

そんな時、竹を素材として使ってみたところ、

 

200時間発光し続けることに成功した。

 

 

 

更に、世界中の竹で実験してみると、

 

京都のある神社に生えていた竹を使ったところ、

 

1200時間発光し続けることに成功した。

 

 

 

その成功後記者からのインタビュー内で、

 

上記の名言を残したとされている。

 

 

 

こんな1万回もの失敗を発見だと捉える事ができるのは、

 

エジソンの幼少期の出来事が深く関連していることだろう。

 

 

 

 

〈③幼少期〉

 

6歳頃にかけて、子供には物事に疑問を持ち始める

 

「なぜなぜ期」と言われる時期がやってくる。

 

 

 

当然エジソンにもその時期が来たのだが、

 

それが異常なほどあり、

 

かなりの知りたがり屋であったとされる。

 

 

 

 

有名なエピソードとしては、

 

小学校に入学して間もない頃、

 

「1+1=2」という

 

誰もが当然のごとく知るこの計算式に対し、

 

 

「なぜ1+1=2になるのか」

 

 

と先生に問い詰め困らせていたという。

 

 

 

エジソンの思考としては、

 

2つの粘土を足すと大きな1つの粘土になるから

 

と普通とは違った感性を持っていた。

 

 

 

 

最終的に学校に馴染めなかったエジソンは、

 

小学校を3ヶ月で中退し、

 

独学で様々な勉強をすることとなる。

 

 

 

そんな中エジソンが最も興味を示したのが科学であった。

 

 

 

好奇心旺盛だったエジソンは、

 

人間が空を飛べるようになる薬を作ろうとした。

 

 

 

ヘリウムガスをヒントに薬を自作したのだ。

 

 

 

それを友人に飲ませた結果、

 

腹痛を起こしもがき苦しんだそう。

 

 

 

エジソンの目論見としては、

 

薬を飲むと体内でガスが発生し、

 

空を飛べるという考えであった。

 

 

この時ばかりは母に激怒されたそう。

 

 

 

 

〈④成功者と失敗者の違い〉

 

このように、

 

新しいことを学ぶことや、

 

学んだことをアウトプットすることに

 

喜びを感じていた。

 

 

 

 

いくつもの発明を成し遂げたエジソンの実績は

 

幼少期の経験が起因していると想起される。

 

 

 

 

後にエジソンはこう述べている。

 

 

 

 

 

「なぜ成功しない人間がいるかというと、

   それは考える努力をしないからだ。」

 

 

 

 

 

エジソンは

 

何事も当たり前、と捉えずに

 

常に考え続ける努力をしていたのだ。

 

 

 

 

成功とは、常に試行錯誤をし続けた者だけが

 

到達することの出来る領域である、

 

 

そんなメッセージを垣間見ることが出来るセリフである。

 

 

 

〈⑤発明王〉

 

最後に発明家としてエジソンが成功を収めた

 

もう一つの要因としては、

 

「もっと良いものを生み出す」

 

という考えを持っていたことによるものであろう。

 

 

 

蓄音機はエジソンが実用化させる20年前に発明されていた。

 

 

エジソンはそれを商品として完成させようとしたのだ。

 

 

 

 

 

エジソンの考えとしては、

 

 

「いずれ誰かが実用化させるだろう」

 

ではなく

 

「もっと良くならないものなのか。

  誰もやないなら自分がやろう」

 

 

というものであった。

 

 

 

エジソンは寝る間も惜しんで常に発明に時間を費やした。

 

 

誰もがこれ以上はもう進められない。

 

これが限界だ。

 

 

などと普通の研究者が思うところで、

 

エジソンはそこからが始まりであると考えていた。

 

 

 

だからこそエジソンはこういった言葉を残した。

 

 

 

 

「よりよい方法は常に存在している。」

 

 

 

 

この言葉とおり次々と発明をし、

 

様々なものを実用化へとつなげていった。

 

 

 

 

 

その結果、

 

 

エジソンが生涯で取得した特許の数は

 

 

なんと、2186件であった。

 

 

 

 

これはギネス記録にも認定されており、

 

エジソンが死没した1931年から2004年までの73年間、

 

破られることはなかった。

 

※因みに破ったのは日本人の山崎さんだそうです。

 

 

 

 

しかし、エジソンは本当に優秀な発明家であったのであろうか。

 

称賛されるべき人格の持ち主であったのだろうか。

 

なぜ、ここまで世界に影響を及ぼすことができたのだろうか。

 

 

、、、、、、、、、、

To Be Continued.

 

 

前回のブログ↓

 

料理ブログ一覧↓

 

おすすめ映画↓

 

 

オススメアニメ↓

 

 

長崎おすすめスポット↓