受け入れようとしても、受け入れられないとき | 自分に優しい自分軸の見つけ方

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自分を大切にする生き方のヒント♡




こんばんは、おごし志保です。

昨日のブログに
ブログ しょうがない時の進み方
こんなことを書きました。

矢印矢印矢印矢印矢印
 

受け入れるってさ
突き詰めるところ

「愛」

だと思うんです。

 

 

 

そう、愛。



その愛が、しょうがない自分をも

いたわり
いつくしみ

包み込んみ


立ち上がらせ


前へ進ませてくれる。


 

よく「受け入れましょう」とか
「受け入れが難しい」とかとか

言ったり、聞いたりしますが

「受け入れる」とは
どのような感じですかね。



受け入れましょう!って言われても
それができたら、悩むこともないわけで(笑)


受け入れようとしても
受け入れられないって
なかなかしんどいものです。

受け入れよう!より
受け入れなれない!に
クローズアップしてしまうからね。



そもそもだけど

受け入れるってさ


認めることなの?
それとも、肯定すること?

よし!とすること?できること?
ほどよくおさめること?

納得すること?
消化すること?

正すこと?
正しいにのっとること?

とがめないこと?

理解すること?

許すこと?
寛容になること?



もし、もしも、これらが「受け入れる」だとしたなら
難しくしんどい様に思うんです。

ハードル高すぎじゃ?ってね(笑)



でもね、現実を見てみると
受け入れられない時って

こんな理想を掲げてて
これらが、できるか?できないか?の
狭間に立たされている・・みたいな。



受け入れるってさ

どうしようもなく受け入れがたいことがあって
どうしても許せないことがあって

その自分を、そうなんだ。
とすること!なのかもしれまないな・・と。

これも、立派な「受け入れる!」だと
思うんですが、どうですか?


「そうなんだ。」の後の「。(マル)」
この「。マル」が、実は、結構重要で

そうなんだ。の後に

でもね・・とか
けどさ・・とか
だからって・・とかとか

いろいろくっつけて
これが、結構なクセモノだったりして

受け入れるを、一気にくつがえしてしまいがち。
(わたくし、やりがちですわ(汗))




受け入れるのに
必要なものがあったとしたなら


抽象的かもですが


やっぱり

やっぱりね


「愛」

だと思うんです。



「愛」っていう字の中には
「受」と「入」が、あるとおりに。

 


愛って、受け入れる心で
受け入れるって、愛なのかもしれない。

 


 

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