みんカルビって大好きだよね!!うんうん!!

この場合の「みんな」って誰のことだ?

少なくとも、ボクはカルビよりミノの方が好きでござる。

ミノ、マルチョウ、レバー追加で!

えー!そんなの美味しくないじゃん、カルビ追加しようよ~。

追加されよ、だが、ミノとホルモンとレバー、内臓、内臓も追加してスタミナをつけようではないか!

 

 

四方田さんは、自分のことをボクと言う。男子がボクと言うのはおかしくないが、四方田さんは女子だから、やはり周りからは少しおかしいと思われているはずだ。実は、私も中学生の一時期、自分のことをボクと自称していたが、クラスメイトの男子にからかわれてすぐに止めた。恥ずかしかったから。四方田さんは私と同学年の高校二年生なのに、ボクという一人称を貫いている。しかも語尾がインチキな侍みたいだ。さっきから、私達の席の横を通りがかる人達が四方田さんの方をチラチラ見ていくが、四方田さんはそんなことには気づかない様子で、喋り続けている。

 

「いや~、三木氏が仲間に入ってくれるということで大変助かる。これで晴れて、我が清昌高校にも漫画アニメ研究同好会を設立できるというわけじゃ!」

 

四方田さんは、興奮で白い頬を紅潮させていた。切れ長の目に整った鼻筋。小振りで、白い肌との対比が美しいピンクの唇から覗く歯並びが綺麗だ。サラサラの黒髪は肩の下まで伸び、前髪は日本人形みたいに真直ぐに切り揃えられている。アニメのロゴがでかでかと背中に載っているパーカーの袖をまくっている。腕は、細かった。こういう喋り方をしないで大人しくしていれば、和風の美人高校生で通るんではないかと、私はボンヤリと四方田さんの全体を見ていた。

 

「三輪氏がまさかこういった逸材を連れて来るとは思いもよらんかったぞ!でかした!」

「うん、たまたま出会ったんだ」

 

三輪くんは、笑っている。人見知りそうな三輪くんが、四方田さんには心を許しているのが分かった。

 

一昨日の金曜の夜、三輪くんからラインがあった。今度の日曜、よかったら出かけないかとの誘いだった。秋葉原へ行こうとのことだった。あの春の日、図書室で出会って以来、初めて校外で会おうとの誘いだった。私は上がってしまって、OKの返事を出し、布団に入ってからもなかなか寝付けなかった。何を着て行けばいいのか、思案に思案を重ねて、結局白いブラウスにデニム地のロングスカートを合わせた。いつもはしない、赤いベルトの腕時計をした。イヤリングもしようかと思ったがそれは止めた。気合を入れて来たように見られるのが嫌だったのだ。でも、以前買って、一度したきりだったイルカのペンダントはした。

 

そうして待合せ場所で緊張しながら三輪くんを待っていたら、一緒に四方田さんが現れたのだ。三輪くんの話では、今日はデートなんかではもちろんなく、漫画アニメ研究同好会の創立作戦会議をしようということだった。それならそうと言ってくれればよかったのにと、胸がちょっとささくれ立った。それ以上に、三輪くんに私の他にも女子の友達が居ることに驚き、腹が立ちさえしたことは自分でも無視した。自分でも狭量だと分かる感情に向合いたくなかったのだ。ハンバーガーショップのボックス席に座ってからは、殆ど四方田さんが喋った。

 

四方田さんと笑い合った三輪くんは

 

「俺、ポテトもう少し食べたい。買ってくるよ、何か要る?」

 

と立ち上がった。

 

「あ、私はいい」

「四方田氏は?」

「じゃあ、ベーコンポテトパイを頼むでござる」

 

三輪くんは、注文カウンターへと向かった。その背中に四方田さんは大きな声で

 

「ポテトはLにするでござるよー!」

 

と呼びかけた。周りのお客さんがこちらを見ているが、四方田さんはそんなのおかまいなしだ。私の方がドギマギする。

 

四方田さんと二人きりになってどうしようかと思ったが、そんな心配は杞憂で、四方田さんがすぐに話しかけて来た。

 

「気が早って、一人でまくし立てて申し訳ない。」

「う、ううん、そんなことないよ」

「ボクいつもこうなのでござるよ、人のことはおかまいなしで喋ってしまうクセがありましてなあ、いかんいかんとは思いつつ治らん。これがために人から疎まれることも多いのだが、いやー治らん。思ったことは喋らんとおられん性分でなあ」

 

私は、曖昧に笑うしかなかった。

 

「ところで、意思を確認しておらんでござったなあ、改めて、三木氏は、あ、三木氏とお呼びして問題ないでござりましょうか?」

「う、うん、問題ない」

「三木氏は、漫画アニメ研究同好会にご参加頂けるとのことで、間違いないでござろうか?」

「うん、でも、私、よく知らないんだけど、同好会とかどう作るのかとか」

「ああ、それならば、化学の恩田先生に人数が集まれば顧問になって頂けるとの話はついておるので、ボク、三輪氏、三木氏の三人で同好会設立の最低人数は満たされるので、まあ、部費は部ではないから出ませぬが、活動をすることには何の問題も無いとは思われるでござる」

「活動ってどんなことするの?」

「まあ、当面は放課後に集まって、アニメや漫画の研究、行く行くは会報誌、同人誌の発行などを執り行うと言ったところでしょうかなあ」

 

四方田さんは、腕を組んでうんうんとうなづいた。

研究に会報誌、同人誌。何だかにわかにはイメージがつきかねた。私は中学時代と高校の今まで、帰宅部なのだ。放課後、部室に集まって、仲の良い友達と好きなアニメや漫画について語り合う。あまつさえ、その活動の成果を紙面に起こして発表しようと言うのだ。リアルが充実しようとしているのかと感じられて(世間で使われているリア充とはまったく意味が異なるだろうが。)気持ちが浮き立つのと、何だか怖いような気持ちが同時に襲って来た。私は新しい事に接するとワクワクより不安が勝るようであるらしかった。

 

「四方田さんの喋り方って、面白いね」

「ん?そうでござるか?」

「うん、ボクと侍が入り混じってるよ」

 

そう指摘したら

 

「いや~、いつの間にかこうなってしまったのでござるよ~。自分でも気づかぬウチになあ~」

 

と、四方田さんは明るく笑ったが、笑う前に少しだけ、不自然な間があったのを、私は見逃さなかった。四方田さんは、もう無くなったアイスティーをズゾゾゾゾゾッと啜った。それから、窓の外を見て、急に黙った。何か悪いことを言っただろうかと思ったら、四方田さんがポツリと

 

「やはり、おかしいでござるかなあ…。」

 

と言った。

 

その顔からは先程までさしていた赤みが消えていた。心配になって、話題を変えた。

 

「四方田さんって、三輪くんと同じクラスなんだよね?どうやって友達になったの?」

「ああ、それは…。」

 

三輪くんがトレイを持ってこちらにやって来る。四方田さんはそれを見つけると

 

「それは、三輪氏に聞いてくだされ」

 

とはかなげに微笑み、立ち上がった。

三輪くんに、厠へ行くと告げて、四方田さんは行った。

 

恐る恐る、三輪くんに四方田さんとどうやって友達になったのか聞いてみた。

 

「ああ、あいつが助けてくれて」

 

三輪くんがクラスで誰とも馴染めずに、休み時間一人で漫画を読んでいたら、『あいつキモイ』と声が聞こえた。三輪くんが顔を上げると皆目を逸らす。三輪くんが漫画に目を戻すと、また、キモイと今度は嘲笑の混じった声が聞こえて来る。三輪くんが溜まりかねて教室を出て行こうとした時、そばに来て

 

「その漫画、ボクにも見せてくだされ」

 

と明るく話しかけて来てくれたのが、四方田さんだった。四方田さんもその話し方から、以前よりクラスではいじめとまでは行かぬものの、授業中とかイベント事でグループを作らなければいけない時にだれも仲間に入れてくれないとかがあったらしい。だが、四方田さんはそんな時、泣いたりとか落込んだ顔を見せたりせずに、明るく振舞ってどこかに収まれるまで皆に聞いて回ったりしていたとのことだ。それで余計に疎まれていることもあった。そんな四方田さんを三輪くんはスゲエ奴だと思って、半ば尊敬の気持ちで見ていた。三輪くんがキモイと言われた時も、ひとしきり三輪くんと話した後、大きな声で

 

「人のことをキモイとか言うのは、まったく下衆のすることでござるなあ」

 

と独り言のように言ってくれた。

それ以来、二人は仲良くなった。

それを聞いて、私は、私にそんなことができるだろうかと思った。答えは、できそうにないだった。

 

「いや~、お待たせお待たせ!」

 

四方田さんは戻って来て、ポテトをつまむと

 

「やはりポテトは最強の食べ物でござるなあ~!」

 

と、すっかり元のようになって笑って見せた。

私は、何故だか、本当に何故だか分からないがその顔を見て胸が熱くなり、漫画アニメ研究同好会の創立に参加することを二人に告げた。二人はメチャクチャ喜んでくれて、まず三輪くんと四方田さんがハイタッチして、私もハイタッチを求められたがやったことが無いので、うまく出来なくて、笑い合った。

 

みんながカルビを好きだと言って、好きでもないのに合わせるでもなく、好きでもないから黙るのでもなく、私はカルビよりミノが好きだとはっきり言って、自分を表すことができる。例え、変に思われても。それは尊敬できることだと思う。

 

三輪くんだって、たまたま私と会ったなんて言っていたが、本当は自分から私に話しかけて来てくれたのだ。

 

私も、自分から、誰かに話しかけられるようになりたいと、二人を見て切に思った。

みんカルビって大好きだよね!!うんうん!!

この場合の「みんな」って誰のことだ?

少なくとも私はカルビが好きじゃない。

だけど、妹の美奈はカルビが大好きだ。

友達と焼肉を食べに行って、誰かがカルビ下さい!と言ったら、あ!いいねー!

私ももう少し食べたかった!と言うだろう。

美奈は「みんな」に入っている。

まあ、まだ中学生だから、友達と焼肉なんて行ったことないだろうけど。

 

リビングにもうもうと湯気が立っている。

鍋の中では、カルビではない肉が、豆腐やらシラタキやら、白菜やら春菊やらと一緒に煮られている。

わりしたがグツグツと泡立ち、食材に沁み込んでいく。

すき焼きが家の真ん中にあると、その家庭はきっと幸せ寄りの家庭だろう。

一人暮らしの人はすき焼きなんてワザワザしなさそうだし、不幸せな家族はきっと鍋なんて囲まないだろう。

だから、私の家は幸せな家なんだと思う。

 

お母さんが、肉を足す。

 

「まだまだあるからね」

 

お父さんが、ビールを飲みながら

 

「これ、いい肉だな」

 

と言って、笑っている。

私は、そんなお父さんとお母さんの前で、眼鏡を曇らせている。

 

妹の美奈が、ご馳走様と、早くも席を立った。

美奈は3歳下だが、私の背を追い抜いた。眼鏡はかけていない。短く刈った髪に、日焼けした肌、最近筋肉がついたようで、体がしっかりしてきた。

 

「もういいのか?」

 

お父さんがそう聞くと、お腹一杯とだけ答えて、自分の部屋に消えた。

「美奈は最近付合いが悪いな」

 

お父さんが嘆いた。

 

「まあね、そんな年なんじゃない」

「美奈、サッカー部、試合あったんじゃないか?」

「ああ、練習試合ね、美奈、点取ったんだって」

「話してくれてないぞ」

「弱いところだから、当然とかなんとか、涼しい顔してたわ」

「そうか」

「夏休みも合宿があるから、行けるか分からないって」

「え?」

「お義母さんのところ」

 

それを聞いて、お父さんの箸が止まった。

そうして、私の顔を見て

 

「詩織は行くよな?」

 

と聞いて来たので、行くよと答えた。

そうしたら、そうだよなあと安心したように笑って、ビールを注ぎ足し、喉を鳴らして飲んだ。

私は、ご飯をお代わりして、肉と野菜を更に食べた。

私は、お父さんとお母さんとまだ一緒に居たかった。私は高校2年生だ。高校2年生でこんな風にお父さん達と仲がいいのは普通なんだろうか、そうじゃないんだろうか、分からない。少ない友達とそんなこと話したことがないし。

美奈は少しづつ、親と居るのがうとましくなっているようだ。それは美奈が大人へと変化していることの証のように思える。

私は、大人へと変化していってないんだろうかと、以前は考えもしなかったことが今日は頭に浮かんだ。

 

 

★★★★★★★★★★★★

 

 

部屋に戻ると、美奈が布団を頭から被って、電話で話していた。

私と美奈は同室だ。

美奈は、私がドアを開けると慌てたようで

 

「やばっ、お姉だ、じゃ、またね…言えないし、そんなこと…好き、じゃあね」

 

と言って電話を切った。聞こえていないつもりなのか、聞こえてもいいと思って言ったのか、衝撃的なセリフを妹が発しているのを聞いて、頭に血が昇る。男か、男に好きと言ったと見て、まず間違いがあるまい。ショックを受け、顔が引きつったのをどうすることもできずに、私は自分のベッドに座り、布団の上に放り出してあった漫画を手に取って何でもない風を装った。

美奈が、布団から出てきて、こちらを見ているのが分かる。まっすぐな、私とはまったく違う、利発さと気の強さが入り混じった目で私を見ている。

 

「聞いてた?」

 

美奈が単刀直入に聞いてきた。正直に言いなさいと、そのトーンが言っている。

 

「ん?聞いてないよ」

「聞いてたよね?」

 

喰い気味に被せてきた。しばしの沈黙、負けるものかと思ったが、数秒で私は音を上げた。

 

「友達?」

「友達に好きとか言わないでしょ」

「…彼氏?」

「お母さん達に言わないでよ、絶対っ」

「う、うん」

「しつこくて、好きとか言わないと電話切らしてくんないの」

「同じ学校の子?」

「ううん、お姉ちゃんと同い年」

 

んんんんんんんんん!?美奈、高校生と付合っているのかい!?んんんんんんん!?の部分が声に出そうになったのを必死で我慢した結果

 

「ぶひっ」

 

と変な声が出てしまった。

 

「何ぶひって、豚?」

「ごめん」

 

小さい頃、小学生の3~4年くらいまでだろうか、美奈はいつも私にくっついて遊んだものだった。私の真似ばかりしたがった。私がジャングルジムに登ればジャングルジムに登ってきたし、私が可愛い文房具にはまればお母さんに同じものを買ってくれとせがんだ。私が友達と遊びに行くと言えば走って着いて来た。そんな美奈はいつ居なくなったのか、いつの間にか美奈は私を置いて先に行き、女子サッカー部のエースで友達は山のようで、休日は家に居ないし、あまつさえ高校生の彼氏まで居る。何だ、この状況の変わりようは。私は変わっていないのに、美奈は変わって行く。同じ血を分けた姉妹とは思えない。何だか、イケてる組とイケてない組に別れて、もう姉妹ではないようだ。胸の中に焦りの感情が沸き起こる。何に対して焦っているのか分からない。だが、私はこのままではいけないと、強く強く思う。お父さんとお母さんとすき焼きを食べて、帰省の話などしている場合ではないのだぞ、お前と、誰かに言われているような気がして仕方がない。

 

そこまで思った所で、私のスマホにラインが着信した。

三輪くんからだった。明日、また図書館に来るかとのメッセージ。私は更に何だか頭に血が昇り、震える手で行くよと返信した。グッドのスタンプが返って来る。私もスタンプを押そうと思うが、どれが適当か分からなくて、間違えてゲンナリした顔のパンダのスタンプを押してしまい、今度は血の気が引いた。焦っていると、美奈の声が頭の上から降って来た。

 

「男子?」

 

顔を上げると、美奈が覗き込んでいた。答えられずにいると、早く返した方がいい、そのスタンプまずいよとアドバイスしてくれた。それで幾分冷静になり、間違えたと一言打って、今度は笑顔のパンダを押すことができた。幸い、また明日と返って来た。ホッとして飛び上がりたいような気持ちになった所で美奈が

 

「お姉ちゃん、彼氏居るの?」

 

と笑みを含んだ声で聞いて来た

 

「ちちち、違うよ」

「そうだよね、居る訳ないよね」

 

とあっさり否定され、今度は少し腹立たしい。今日は感情が忙しい。

 

「ねえ、夏休みのことなんだけどさ、お姉ちゃん、お祖母ちゃんの家行くよね?」

「うん、行くよ」

「そっか、よかった」

「よかったって、美奈は行かないの?」

「うん、彼が来たいって言ってるからさ」

「…来たいって?」

「家に」

 

…それは…………この家に二人きりになると言うことかい?と聞こうとして、聞けなかった。だって聞くまでもないから。

 

「絶対お母さん達に言わないでよっ」

「う、うん」

「言ったら、そのベッドの下の本のこと言うからね」

「は?」

「は?じゃなくて、いやらしいの、隠してんでしょ。男同士の」

「え?は?え?な、な、なんで、な、なんで…?」

「キモイから嫌だけど、黙っててくれたら黙ってるから。ねっ」

 

美奈に見据えられて、私は目を伏せるしかなかった。いったいいつから知っていたんだ!?

 

お母さんがお風呂に入れと言いに来て、美奈はお風呂場に行った。助かった。

 

ああ!もう!カルビをばくばく食べて、友達がそれを好きだと言えば屈託なく合わせて笑うことができる美奈が、遠い。遠くて、うらやましくて、まぶしい!!

美奈はこの夏、一線を越えるのかもしれない。私は男子と初めて出かける先が海ではないかと想像するだけで頭が真っ白になるのに。

 

私も、男子をお母さんが居ない時を見計らって家に呼ぶような日が来るんだろうか。

そんな日は永遠にやってこないような気がして収まりがつかず、とりあえずベッドに倒れこんだ。このベッドの下の妹に知られてしまった秘密が、今は疎ましかった。

 

 

 

みんなカルビって大好きだよね!うんうん!やっぱカルビカルビ!!

 

…この場合の「みんな」って誰のことだ?

少なくとも私はカルビが好きじゃない。

ということは、私はみんなに入っていないってことか。

みんなに入らない私は、どこに入るんだろう?

どこにも入っていないということか…。

どこにも入っていない私。

 

そこまで考えて、詩織は顔を上げた。

窓外には新緑の木々が陽光を受けて輝いている。

春である。夏が来る。

生きとし生けるものが、その命をこれでもかと燃やす季節であるらしい。

しかし、詩織の命は燃焼する気配が今年も無い。

クラスメイトが日焼けして夏休み明けに登校し、それぞれの思い出を語りあう日のことを思い、いまから憂鬱だ。夏休みは今年もきっと冷房の効いた部屋で大半を寝て過ごすことになる。

中には、SEXをしてしまったとひそかに語り合う奴等もいるのだから、頭がおかしくなりそうだ。

私は、SEXせずに一生を終えるんではとリアルに胸の奥がグッと縮むのを感じて、ひどく憂鬱になる。

詩織は手にしたスマホの画面を見た。

ラインも、メールも電話も、もちろん着信していない。

 

放課後のしんとした図書館。

数名の生徒が本を読んでいるが、何だかどいつもこいつもイケテいない奴らに思えて腹が立つ。その中の一人である自分を思ってこれもまた気が狂いそうに腹が立つ。

 

と、ラインが着信したので開いたら、お母さんから帰りに牛乳を買って来て欲しいとの連絡だった。今晩はすき焼きよと、文末に笑顔の絵文字。

 

すき焼きは…、好きだ。あれはカルビを使わないからな。

唾液が出るのを自覚して、そんなことで少し心浮き立つ自分がまた腹立たしかった。今の今まで、私は自分の孤独を嘆いていたではないか。

小さくため息をついて、スマホの中にある漫画を見る。

ギャグのキレがいい男子が戯れる漫画。

 

と、何やら気配を感じて、目を上げたら隣のクラスの三輪とかいう小太りの男子が黒縁眼鏡の奥から、私のスマホの画面を見ていた。

三輪はこちらがそれに気づいたことに気づいて、目を逸らすかと思ったら、こちらと目を合わせて来た。

男子と目が合ったことなど高校入学以来、今、二年の春までなかったから驚いてとまどった。

どうしていいか分からずに、えっ…?と情けない声が漏れた。

 

「漫画、好きなの?」

 

三輪が、少し鼻にかかった、子供っぽい声でぶっきらぼうに聞いてきた。

三輪も少し緊張している様子なのが、分かった。

 

「その漫画、面白いよね、俺、全部読んで、結構笑ったよ」

「う、うん…」

 

そう言うのが、やっとだ。

一瞬、会話が途切れて、三輪の片足が引かれ三輪は半身になった。あ、行くんだと思ったが、三輪はまた体を完全にこちらに向けて

 

「三木さんだよね?A組の。漫画、好きなの?いつも放課後ここで読んでるよね?」

 

と聞いてきた。

三輪は、俺もこの時間は図書館で漫画を読んでいると言った。

悪いとは思ったんだけど、私のスマホの画面が見えて、漫画の好みが近いと思っていたと言った。

三輪の手は話している間、世話しなくパタパタと動いた。

今期見ているアニメはあるかと聞かれたので、見ているアニメを二つ三つ答えた。その中に三輪も見ているアニメがあって、そのアニメのキャラクターのことやら、声優さんのことやらを話した。好きな声優さんが一緒だったことが分かった。三輪はその声優さんのライブに行ったことがあるという。えー、本当に?うらやましいと言ったら、チケット代を親に出してもらうのが本当に大変だったとはにかんで笑った。笑い慣れていない、不器用な笑顔だった。

私もつられて、笑った。きっと、ひきつるような笑顔だったと思う。

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

「異世界に転生とかしたくない?」

 

三輪くんは、コーラを飲みながら話を振ってきた。

なかなか気の利いた話題だと思って私は乗っかる。

 

「うん、したいね。魔法とか」

「転生したらめっちゃ強いもんね」

「こっちでは全然冴えないのにね」

「うん。」

 

コンビニの前のベンチ、私たちは陽光に照らされながら、コーラを飲んでいる。からあげくんもある。

かび臭い図書室と比べれば正にここは異世界のようだ。

強い光に全ての物が照らされて、世界が白っぽく見える。眩しい。

男子と並んで座って話すなんて、いつ以来だろう。

三輪くんは、うちの学校に漫研が無いことが残念でならないと言った。私もそれは一緒で、なんだか嬉しかった。

 

同じ学校の男女の生徒が数人、賑やかに話しながらこちらに来た。

私と三輪くんは黙った。

イケテない二人が一緒に居るところを見咎められたら、まずいと思った。

だが、その生徒達は私たちがそこに居ることに気づきもせず、店の中に入って行った。

 

少しの沈黙の後、口を開いてくれたのは三輪くんだった。

過去のアニメの話だった。

話題はアニメのことか漫画のことしかないのだ。それが少し歯がゆかったが、何とか話をつなげようと努力してくれているのが嬉しくて、歯がゆさは薄まって行く。

と思っていたら、三輪くんが

 

「夏休みはどっか行くの?」

 

と聞いてきた。

 

「おばあちゃんの所くらい」

 

と正直に答えた。

三輪くんは

 

「俺も、お父さんの実家に行くくらい」と答えた。

 

青空の高い所を、飛行機が飛んで行くのが見えた。

三輪くんは、最後のからあげくんを頬張って、包みをくしゃくしゃに丸めてゴミ箱まで歩いて行った。

三輪くんは戻ってきて、もう帰らなきゃと言った。

私は、そうだねと言って立ち上がった。

帰り道は反対方向だ。

なんだか去りがたくて、スカートを直したり、重くかかった前髪をいじったりしていたら、三輪くんが

 

「夏休み、どっか行こうぜ」

 

と、やっぱり鼻にかかった声でぶっきらぼうに言った。

緊張した声だった。

ビックリした。言葉がまるで胸に刺さるようだった。

 

「うううう、う、うん、いいよ」

 

意味無くどもってしまった。

三輪くんの顔が見られない。

私たちは、ラインを交換して、別れた。

夏休み、どこに行くんだろう…。

渋谷とか、原宿だろうか?いや、秋葉原か。それなら、アニメショップなどを見て回ればいいから、間が持たない心配は少ないかもしれない。

帰り道をトボトボ歩きながら、もし海に誘われたらどうしようと心配になった。

水着なんか、授業以外で着たことないし、スクール水着なんかで行ったら超ダサいことはさすがに分かる。それに、痩せなきゃいけないではないか。

ラインが着信した。早くも三輪くんからかと急いで開いたら、お母さんからだった。シラタキを買い忘れたから牛乳と一緒に買って来て欲しいと書いてある。

シラタキは、いい、好きだ。

 

お母さんとお父さんと、妹と、私は今晩すき焼きを食べる。

普通はその後また変わりない日常が続くが、私は今年夏が来たら、三輪くんと海に行く。

 

そのことが生きて行くということに確かな手ごたえを与えてくれているようで、私の胸は更に高鳴った。

 

みんなカルビが好きの、「みんな」に入らない私にも、入る場所があるように思えて。