みんカルビって大好きだよね!!うんうん!!
この場合の「みんな」って誰のことだ?
少なくとも、ボクはカルビよりミノの方が好きでござる。
ミノ、マルチョウ、レバー追加で!
えー!そんなの美味しくないじゃん、カルビ追加しようよ~。
追加されよ、だが、ミノとホルモンとレバー、内臓、内臓も追加してスタミナをつけようではないか!
四方田さんは、自分のことをボクと言う。男子がボクと言うのはおかしくないが、四方田さんは女子だから、やはり周りからは少しおかしいと思われているはずだ。実は、私も中学生の一時期、自分のことをボクと自称していたが、クラスメイトの男子にからかわれてすぐに止めた。恥ずかしかったから。四方田さんは私と同学年の高校二年生なのに、ボクという一人称を貫いている。しかも語尾がインチキな侍みたいだ。さっきから、私達の席の横を通りがかる人達が四方田さんの方をチラチラ見ていくが、四方田さんはそんなことには気づかない様子で、喋り続けている。
「いや~、三木氏が仲間に入ってくれるということで大変助かる。これで晴れて、我が清昌高校にも漫画アニメ研究同好会を設立できるというわけじゃ!」
四方田さんは、興奮で白い頬を紅潮させていた。切れ長の目に整った鼻筋。小振りで、白い肌との対比が美しいピンクの唇から覗く歯並びが綺麗だ。サラサラの黒髪は肩の下まで伸び、前髪は日本人形みたいに真直ぐに切り揃えられている。アニメのロゴがでかでかと背中に載っているパーカーの袖をまくっている。腕は、細かった。こういう喋り方をしないで大人しくしていれば、和風の美人高校生で通るんではないかと、私はボンヤリと四方田さんの全体を見ていた。
「三輪氏がまさかこういった逸材を連れて来るとは思いもよらんかったぞ!でかした!」
「うん、たまたま出会ったんだ」
三輪くんは、笑っている。人見知りそうな三輪くんが、四方田さんには心を許しているのが分かった。
一昨日の金曜の夜、三輪くんからラインがあった。今度の日曜、よかったら出かけないかとの誘いだった。秋葉原へ行こうとのことだった。あの春の日、図書室で出会って以来、初めて校外で会おうとの誘いだった。私は上がってしまって、OKの返事を出し、布団に入ってからもなかなか寝付けなかった。何を着て行けばいいのか、思案に思案を重ねて、結局白いブラウスにデニム地のロングスカートを合わせた。いつもはしない、赤いベルトの腕時計をした。イヤリングもしようかと思ったがそれは止めた。気合を入れて来たように見られるのが嫌だったのだ。でも、以前買って、一度したきりだったイルカのペンダントはした。
そうして待合せ場所で緊張しながら三輪くんを待っていたら、一緒に四方田さんが現れたのだ。三輪くんの話では、今日はデートなんかではもちろんなく、漫画アニメ研究同好会の創立作戦会議をしようということだった。それならそうと言ってくれればよかったのにと、胸がちょっとささくれ立った。それ以上に、三輪くんに私の他にも女子の友達が居ることに驚き、腹が立ちさえしたことは自分でも無視した。自分でも狭量だと分かる感情に向合いたくなかったのだ。ハンバーガーショップのボックス席に座ってからは、殆ど四方田さんが喋った。
四方田さんと笑い合った三輪くんは
「俺、ポテトもう少し食べたい。買ってくるよ、何か要る?」
と立ち上がった。
「あ、私はいい」
「四方田氏は?」
「じゃあ、ベーコンポテトパイを頼むでござる」
三輪くんは、注文カウンターへと向かった。その背中に四方田さんは大きな声で
「ポテトはLにするでござるよー!」
と呼びかけた。周りのお客さんがこちらを見ているが、四方田さんはそんなのおかまいなしだ。私の方がドギマギする。
四方田さんと二人きりになってどうしようかと思ったが、そんな心配は杞憂で、四方田さんがすぐに話しかけて来た。
「気が早って、一人でまくし立てて申し訳ない。」
「う、ううん、そんなことないよ」
「ボクいつもこうなのでござるよ、人のことはおかまいなしで喋ってしまうクセがありましてなあ、いかんいかんとは思いつつ治らん。これがために人から疎まれることも多いのだが、いやー治らん。思ったことは喋らんとおられん性分でなあ」
私は、曖昧に笑うしかなかった。
「ところで、意思を確認しておらんでござったなあ、改めて、三木氏は、あ、三木氏とお呼びして問題ないでござりましょうか?」
「う、うん、問題ない」
「三木氏は、漫画アニメ研究同好会にご参加頂けるとのことで、間違いないでござろうか?」
「うん、でも、私、よく知らないんだけど、同好会とかどう作るのかとか」
「ああ、それならば、化学の恩田先生に人数が集まれば顧問になって頂けるとの話はついておるので、ボク、三輪氏、三木氏の三人で同好会設立の最低人数は満たされるので、まあ、部費は部ではないから出ませぬが、活動をすることには何の問題も無いとは思われるでござる」
「活動ってどんなことするの?」
「まあ、当面は放課後に集まって、アニメや漫画の研究、行く行くは会報誌、同人誌の発行などを執り行うと言ったところでしょうかなあ」
四方田さんは、腕を組んでうんうんとうなづいた。
研究に会報誌、同人誌。何だかにわかにはイメージがつきかねた。私は中学時代と高校の今まで、帰宅部なのだ。放課後、部室に集まって、仲の良い友達と好きなアニメや漫画について語り合う。あまつさえ、その活動の成果を紙面に起こして発表しようと言うのだ。リアルが充実しようとしているのかと感じられて(世間で使われているリア充とはまったく意味が異なるだろうが。)気持ちが浮き立つのと、何だか怖いような気持ちが同時に襲って来た。私は新しい事に接するとワクワクより不安が勝るようであるらしかった。
「四方田さんの喋り方って、面白いね」
「ん?そうでござるか?」
「うん、ボクと侍が入り混じってるよ」
そう指摘したら
「いや~、いつの間にかこうなってしまったのでござるよ~。自分でも気づかぬウチになあ~」
と、四方田さんは明るく笑ったが、笑う前に少しだけ、不自然な間があったのを、私は見逃さなかった。四方田さんは、もう無くなったアイスティーをズゾゾゾゾゾッと啜った。それから、窓の外を見て、急に黙った。何か悪いことを言っただろうかと思ったら、四方田さんがポツリと
「やはり、おかしいでござるかなあ…。」
と言った。
その顔からは先程までさしていた赤みが消えていた。心配になって、話題を変えた。
「四方田さんって、三輪くんと同じクラスなんだよね?どうやって友達になったの?」
「ああ、それは…。」
三輪くんがトレイを持ってこちらにやって来る。四方田さんはそれを見つけると
「それは、三輪氏に聞いてくだされ」
とはかなげに微笑み、立ち上がった。
三輪くんに、厠へ行くと告げて、四方田さんは行った。
恐る恐る、三輪くんに四方田さんとどうやって友達になったのか聞いてみた。
「ああ、あいつが助けてくれて」
三輪くんがクラスで誰とも馴染めずに、休み時間一人で漫画を読んでいたら、『あいつキモイ』と声が聞こえた。三輪くんが顔を上げると皆目を逸らす。三輪くんが漫画に目を戻すと、また、キモイと今度は嘲笑の混じった声が聞こえて来る。三輪くんが溜まりかねて教室を出て行こうとした時、そばに来て
「その漫画、ボクにも見せてくだされ」
と明るく話しかけて来てくれたのが、四方田さんだった。四方田さんもその話し方から、以前よりクラスではいじめとまでは行かぬものの、授業中とかイベント事でグループを作らなければいけない時にだれも仲間に入れてくれないとかがあったらしい。だが、四方田さんはそんな時、泣いたりとか落込んだ顔を見せたりせずに、明るく振舞ってどこかに収まれるまで皆に聞いて回ったりしていたとのことだ。それで余計に疎まれていることもあった。そんな四方田さんを三輪くんはスゲエ奴だと思って、半ば尊敬の気持ちで見ていた。三輪くんがキモイと言われた時も、ひとしきり三輪くんと話した後、大きな声で
「人のことをキモイとか言うのは、まったく下衆のすることでござるなあ」
と独り言のように言ってくれた。
それ以来、二人は仲良くなった。
それを聞いて、私は、私にそんなことができるだろうかと思った。答えは、できそうにないだった。
「いや~、お待たせお待たせ!」
四方田さんは戻って来て、ポテトをつまむと
「やはりポテトは最強の食べ物でござるなあ~!」
と、すっかり元のようになって笑って見せた。
私は、何故だか、本当に何故だか分からないがその顔を見て胸が熱くなり、漫画アニメ研究同好会の創立に参加することを二人に告げた。二人はメチャクチャ喜んでくれて、まず三輪くんと四方田さんがハイタッチして、私もハイタッチを求められたがやったことが無いので、うまく出来なくて、笑い合った。
みんながカルビを好きだと言って、好きでもないのに合わせるでもなく、好きでもないから黙るのでもなく、私はカルビよりミノが好きだとはっきり言って、自分を表すことができる。例え、変に思われても。それは尊敬できることだと思う。
三輪くんだって、たまたま私と会ったなんて言っていたが、本当は自分から私に話しかけて来てくれたのだ。
私も、自分から、誰かに話しかけられるようになりたいと、二人を見て切に思った。