みんカルビって大好きだよね!!うんうん!!
この場合の「みんな」って誰のことだ?
少なくとも私はカルビが好きじゃない。
だけど、妹の美奈はカルビが大好きだ。
友達と焼肉を食べに行って、誰かがカルビ下さい!と言ったら、あ!いいねー!
私ももう少し食べたかった!と言うだろう。
美奈は「みんな」に入っている。
まあ、まだ中学生だから、友達と焼肉なんて行ったことないだろうけど。
リビングにもうもうと湯気が立っている。
鍋の中では、カルビではない肉が、豆腐やらシラタキやら、白菜やら春菊やらと一緒に煮られている。
わりしたがグツグツと泡立ち、食材に沁み込んでいく。
すき焼きが家の真ん中にあると、その家庭はきっと幸せ寄りの家庭だろう。
一人暮らしの人はすき焼きなんてワザワザしなさそうだし、不幸せな家族はきっと鍋なんて囲まないだろう。
だから、私の家は幸せな家なんだと思う。
お母さんが、肉を足す。
「まだまだあるからね」
お父さんが、ビールを飲みながら
「これ、いい肉だな」
と言って、笑っている。
私は、そんなお父さんとお母さんの前で、眼鏡を曇らせている。
妹の美奈が、ご馳走様と、早くも席を立った。
美奈は3歳下だが、私の背を追い抜いた。眼鏡はかけていない。短く刈った髪に、日焼けした肌、最近筋肉がついたようで、体がしっかりしてきた。
「もういいのか?」
お父さんがそう聞くと、お腹一杯とだけ答えて、自分の部屋に消えた。
「美奈は最近付合いが悪いな」
お父さんが嘆いた。
「まあね、そんな年なんじゃない」
「美奈、サッカー部、試合あったんじゃないか?」
「ああ、練習試合ね、美奈、点取ったんだって」
「話してくれてないぞ」
「弱いところだから、当然とかなんとか、涼しい顔してたわ」
「そうか」
「夏休みも合宿があるから、行けるか分からないって」
「え?」
「お義母さんのところ」
それを聞いて、お父さんの箸が止まった。
そうして、私の顔を見て
「詩織は行くよな?」
と聞いて来たので、行くよと答えた。
そうしたら、そうだよなあと安心したように笑って、ビールを注ぎ足し、喉を鳴らして飲んだ。
私は、ご飯をお代わりして、肉と野菜を更に食べた。
私は、お父さんとお母さんとまだ一緒に居たかった。私は高校2年生だ。高校2年生でこんな風にお父さん達と仲がいいのは普通なんだろうか、そうじゃないんだろうか、分からない。少ない友達とそんなこと話したことがないし。
美奈は少しづつ、親と居るのがうとましくなっているようだ。それは美奈が大人へと変化していることの証のように思える。
私は、大人へと変化していってないんだろうかと、以前は考えもしなかったことが今日は頭に浮かんだ。
★★★★★★★★★★★★
部屋に戻ると、美奈が布団を頭から被って、電話で話していた。
私と美奈は同室だ。
美奈は、私がドアを開けると慌てたようで
「やばっ、お姉だ、じゃ、またね…言えないし、そんなこと…好き、じゃあね」
と言って電話を切った。聞こえていないつもりなのか、聞こえてもいいと思って言ったのか、衝撃的なセリフを妹が発しているのを聞いて、頭に血が昇る。男か、男に好きと言ったと見て、まず間違いがあるまい。ショックを受け、顔が引きつったのをどうすることもできずに、私は自分のベッドに座り、布団の上に放り出してあった漫画を手に取って何でもない風を装った。
美奈が、布団から出てきて、こちらを見ているのが分かる。まっすぐな、私とはまったく違う、利発さと気の強さが入り混じった目で私を見ている。
「聞いてた?」
美奈が単刀直入に聞いてきた。正直に言いなさいと、そのトーンが言っている。
「ん?聞いてないよ」
「聞いてたよね?」
喰い気味に被せてきた。しばしの沈黙、負けるものかと思ったが、数秒で私は音を上げた。
「友達?」
「友達に好きとか言わないでしょ」
「…彼氏?」
「お母さん達に言わないでよ、絶対っ」
「う、うん」
「しつこくて、好きとか言わないと電話切らしてくんないの」
「同じ学校の子?」
「ううん、お姉ちゃんと同い年」
んんんんんんんんん!?美奈、高校生と付合っているのかい!?んんんんんんん!?の部分が声に出そうになったのを必死で我慢した結果
「ぶひっ」
と変な声が出てしまった。
「何ぶひって、豚?」
「ごめん」
小さい頃、小学生の3~4年くらいまでだろうか、美奈はいつも私にくっついて遊んだものだった。私の真似ばかりしたがった。私がジャングルジムに登ればジャングルジムに登ってきたし、私が可愛い文房具にはまればお母さんに同じものを買ってくれとせがんだ。私が友達と遊びに行くと言えば走って着いて来た。そんな美奈はいつ居なくなったのか、いつの間にか美奈は私を置いて先に行き、女子サッカー部のエースで友達は山のようで、休日は家に居ないし、あまつさえ高校生の彼氏まで居る。何だ、この状況の変わりようは。私は変わっていないのに、美奈は変わって行く。同じ血を分けた姉妹とは思えない。何だか、イケてる組とイケてない組に別れて、もう姉妹ではないようだ。胸の中に焦りの感情が沸き起こる。何に対して焦っているのか分からない。だが、私はこのままではいけないと、強く強く思う。お父さんとお母さんとすき焼きを食べて、帰省の話などしている場合ではないのだぞ、お前と、誰かに言われているような気がして仕方がない。
そこまで思った所で、私のスマホにラインが着信した。
三輪くんからだった。明日、また図書館に来るかとのメッセージ。私は更に何だか頭に血が昇り、震える手で行くよと返信した。グッドのスタンプが返って来る。私もスタンプを押そうと思うが、どれが適当か分からなくて、間違えてゲンナリした顔のパンダのスタンプを押してしまい、今度は血の気が引いた。焦っていると、美奈の声が頭の上から降って来た。
「男子?」
顔を上げると、美奈が覗き込んでいた。答えられずにいると、早く返した方がいい、そのスタンプまずいよとアドバイスしてくれた。それで幾分冷静になり、間違えたと一言打って、今度は笑顔のパンダを押すことができた。幸い、また明日と返って来た。ホッとして飛び上がりたいような気持ちになった所で美奈が
「お姉ちゃん、彼氏居るの?」
と笑みを含んだ声で聞いて来た
「ちちち、違うよ」
「そうだよね、居る訳ないよね」
とあっさり否定され、今度は少し腹立たしい。今日は感情が忙しい。
「ねえ、夏休みのことなんだけどさ、お姉ちゃん、お祖母ちゃんの家行くよね?」
「うん、行くよ」
「そっか、よかった」
「よかったって、美奈は行かないの?」
「うん、彼が来たいって言ってるからさ」
「…来たいって?」
「家に」
…それは…………この家に二人きりになると言うことかい?と聞こうとして、聞けなかった。だって聞くまでもないから。
「絶対お母さん達に言わないでよっ」
「う、うん」
「言ったら、そのベッドの下の本のこと言うからね」
「は?」
「は?じゃなくて、いやらしいの、隠してんでしょ。男同士の」
「え?は?え?な、な、なんで、な、なんで…?」
「キモイから嫌だけど、黙っててくれたら黙ってるから。ねっ」
美奈に見据えられて、私は目を伏せるしかなかった。いったいいつから知っていたんだ!?
お母さんがお風呂に入れと言いに来て、美奈はお風呂場に行った。助かった。
ああ!もう!カルビをばくばく食べて、友達がそれを好きだと言えば屈託なく合わせて笑うことができる美奈が、遠い。遠くて、うらやましくて、まぶしい!!
美奈はこの夏、一線を越えるのかもしれない。私は男子と初めて出かける先が海ではないかと想像するだけで頭が真っ白になるのに。
私も、男子をお母さんが居ない時を見計らって家に呼ぶような日が来るんだろうか。
そんな日は永遠にやってこないような気がして収まりがつかず、とりあえずベッドに倒れこんだ。このベッドの下の妹に知られてしまった秘密が、今は疎ましかった。