Heat Wave Warning!

今日も暑いなーと、マンハッタンをうろうろしてたんですけど。アパートに帰ってきても異常に暑い。
東海岸熱波だって、何十年ぶりらしい。
今日は92°F(34℃)、明日は00°F(38℃)明後日は103°F(40℃)だって。先週末までカリフォルニア中部もそれくらい、いやもっとあったらしいけど120°Fとか(49℃)それに比べたら大したことはなさそうだけど。暑くなりそうです。ずっと前にラスベガスにクルマで行ったときには125°F(52℃)っていうのを経験したことあるけどヤバかった。空気を吸って胸が焼けそう(サウナで深呼吸に似てる)でした。
エアコン使うなとかNY紙にも書いてあるけど、ムリよね。
停電とかになったらどうしよう。
それはそうと、my own warningも。いつもNYに来るとユニオン・スクエアにある、Strand Booksっていう新書&古本を扱っているお店があるんですけど(非常にデカい、こっちの大きなスーパーなみに大きい)。いつもは僕は観光でしたからまぁテキトーに本棚見てて安いけどアマゾンと変わらないし画廊のディスカウントを考えたらそんなに安くはない(こないだのサンフランシスコのように)と思ってたんです。
でも今日あたらめて見にいったら、あるある。出てくる出てくる。
http://www.strandbooks.com/home/
大抵のは30%オフくらいなんだけど、探すと75%オフとか。$60ドルの本が$15とか。
今日はRay K. Metzkerの「Landscapes」というApertureの写真集を買った(古本ではなく)。
これは「ジョ」画廊時代に小さな個展をやった写真家でちょっと思い入れもあり、森や木の写真ということで今の自分のプロジェクトのブルックリンの公園の森の写真なんかへの参考にもなるしとか自分のなかで強引に理由と作って買ってしまった。
あと、その他ににももう一冊買っちゃったし。
不味いなぁー、これからユニオン・スクエアに行ったらあの本屋を必ずチェックしてしまうんだろうな。ユニオン・スクエアと言ったら夕方には仕事帰りにみんな恋人と待ち合わせなんかしてて初々しいスポットなのに、僕はそんな待ち合わせをしてても本屋が気になって仕方ないんだろうなぁ(っていうか、本屋で待ち合わせになったりして)。
う・・うん・・・ニューヨーク生活たいへんそう。
今は夜中の2時なのに外は27℃、明日は暑くなりそうです。
ホイットニーからメトロポリタンへ
今日は昼前にはブルックリンのアパートを出てマンハッタンに行った。今日は日曜日。
74丁目にあるホイットニー美術館へお目当ての「絵」に逢うために。今までの経験上、彼女は日曜にしか観れないようだったのだが今日はその予想は外れた。12時半、2時、3時まで待ってみたが現れる様子はなし。もしかしたら違う美術館に借り出されてしまったのかも知れない。
ホイットニーでは75周年記念ということで一階から五階までパーマネントコレクションづくしの展覧会をやっていた、その名も「Full House: View of the Whiteney's Collection at 75」
http://whitney.org/www/exhibition/full_house.jsp
一階のカルダーの古いサーカスのイントレーション、二階のバスキアやバーバラ・クーガーをはじめとしたポップ・アート。三階のモダン・アート。四階の彫刻や建築を含めたコンテンポラリー。そしてホイットニー自慢の五階のホイックニーたち。
解説のラジオを片手にポロックやロスコに酔う、聞いたこともなかった60年代のアーティスト。いくら覚えても覚えきれない数学の式のような現代美術の作家たち。展示されているとは思わなかった幾つかの巨匠写真家たちの作品、小さな写真というのは時に建築よりダイナミックなメッセージを残し、抽象より不可解な可能性を魅せる。まだまだ我々のチャンスは大きい、やり残されたことが無限にある。
絵画よ写真作品の違いは、小説と詩のようなものではないか?
掘り尽くされ語りつくされた小説、同感するものや懐かしく思う一面のある物語。果たして僕たちの気持ちやメッセージはそこまで複雑なものなのか? 何百ページと刻まれた文字に隠されてしまう大切な君のこころ、哀しさや愛おしさを語るのに何故そんなにページが必要なのか。
ひと言、ふたことで良いではないか。自分の気持ちを伝えるのはそれで充分。君は30分も一時間も歌を唄えるのか?
最近、君は良い「詩」を聞いたことがあるか?
写真で表現できることは大きい、鉛筆と紙さえあれば描ける詩のように。カメラとフィルムさえあればよいのだ。
キャラメル色の髪の美しい彼女の絵に巡り会えないまま美術館を出た。彼女のハスキーな声、響きのいい足音。
(もしかして彼女はこの美術館を去ってしまったのだろうか? この冬のニューヨークでの出会いはこれで終わってしまったのだろうか?)
三時きっかりにホイットニーを出る、地下鉄の駅に向ったが構内に入った時にふとメトロポリタンに行こうと想う。レキシントンを上がり82丁目へ。
メトロポリタンの二階のスーザン・ソンタグ展。
http://www.metmuseum.org/special/se_event.asp?OccurrenceId={D612DB6F-11F7-45FB-B519-F033C602C328}
30点くらいの小さな小さな写真展だったのだが2時間くらい魅入ってしまった、後5分で満足と言う時に警備員に閉館だから出ていけと追い出されてしまった。あと少しで気持ちよく起きれる夢から強引に誰かからの電話で朝を迎えてしまったように。
74丁目にあるホイットニー美術館へお目当ての「絵」に逢うために。今までの経験上、彼女は日曜にしか観れないようだったのだが今日はその予想は外れた。12時半、2時、3時まで待ってみたが現れる様子はなし。もしかしたら違う美術館に借り出されてしまったのかも知れない。
ホイットニーでは75周年記念ということで一階から五階までパーマネントコレクションづくしの展覧会をやっていた、その名も「Full House: View of the Whiteney's Collection at 75」
http://whitney.org/www/exhibition/full_house.jsp
一階のカルダーの古いサーカスのイントレーション、二階のバスキアやバーバラ・クーガーをはじめとしたポップ・アート。三階のモダン・アート。四階の彫刻や建築を含めたコンテンポラリー。そしてホイットニー自慢の五階のホイックニーたち。
解説のラジオを片手にポロックやロスコに酔う、聞いたこともなかった60年代のアーティスト。いくら覚えても覚えきれない数学の式のような現代美術の作家たち。展示されているとは思わなかった幾つかの巨匠写真家たちの作品、小さな写真というのは時に建築よりダイナミックなメッセージを残し、抽象より不可解な可能性を魅せる。まだまだ我々のチャンスは大きい、やり残されたことが無限にある。
絵画よ写真作品の違いは、小説と詩のようなものではないか?
掘り尽くされ語りつくされた小説、同感するものや懐かしく思う一面のある物語。果たして僕たちの気持ちやメッセージはそこまで複雑なものなのか? 何百ページと刻まれた文字に隠されてしまう大切な君のこころ、哀しさや愛おしさを語るのに何故そんなにページが必要なのか。
ひと言、ふたことで良いではないか。自分の気持ちを伝えるのはそれで充分。君は30分も一時間も歌を唄えるのか?
最近、君は良い「詩」を聞いたことがあるか?
写真で表現できることは大きい、鉛筆と紙さえあれば描ける詩のように。カメラとフィルムさえあればよいのだ。
キャラメル色の髪の美しい彼女の絵に巡り会えないまま美術館を出た。彼女のハスキーな声、響きのいい足音。
(もしかして彼女はこの美術館を去ってしまったのだろうか? この冬のニューヨークでの出会いはこれで終わってしまったのだろうか?)
三時きっかりにホイットニーを出る、地下鉄の駅に向ったが構内に入った時にふとメトロポリタンに行こうと想う。レキシントンを上がり82丁目へ。
メトロポリタンの二階のスーザン・ソンタグ展。
http://www.metmuseum.org/special/se_event.asp?OccurrenceId={D612DB6F-11F7-45FB-B519-F033C602C328}
30点くらいの小さな小さな写真展だったのだが2時間くらい魅入ってしまった、後5分で満足と言う時に警備員に閉館だから出ていけと追い出されてしまった。あと少しで気持ちよく起きれる夢から強引に誰かからの電話で朝を迎えてしまったように。
プチ時差ボケ

ビーサン買った(やっとゆっくりとリラックス出来るんで、8月はのんびりしようということもあるし。ホントはラコステあたりのカッコいい~の買おうとマンハッタンに出掛けたんですが、$3ドルでこんなの見つけてしまいました。最近は「鳥」ブーム(マイブーム)なんで、これでいいや。とかなんとか)
カリフォルニアーニューヨークで移動すると微妙にこの3時間に悩まされます。今も普通に起きてみたらもう朝の10時だし(CAでは7:00)。今までNYに出張などで来て長くて2週間いても身体はカリフォルニアのままで。今回10日前くらいにNYに来てまたCAに行っていたからヘンな感じ。
7月、ほんとにあっと言う間だったな・・・と書きたいのですけど、すごいゆっくりしたスピード。7月4日なんてたかが、3週間前なのに何だか数ヶ月前の出来事みたい。
30過ぎたら、あっと言う間だよ。なんてよく言いますが、全然遅い。遅い、遅い。別にいいんですけどね、なんだかんだ言って充実してますから。
カリフォルニアは常に同じような景色や季節で時間の感覚が「無期限」っぽく感じられてしまうけど(クルマ生活っていうのもあったし)。ニューヨークでは日本のように四季もあって地下鉄の存在などに「街に時間をコントロールされる」感覚。だいぶ違うライフ・スタイルなりそうです。
まっ、その東西ブレンドしたのを、みやた時間として上手くいかしますけどね、いろいろ。ひひひ。
なんて9月にカリフォルニアで友達の結婚式と「ジョ」ギャラリーの個展が重なるので行くことになりそうです。12月もたぶん行くと思う。そして1月には今回のサンフランシスコのようなイベントがロスであるからまたカリフォルニアです。
まっ・・・ニューヨークではフリーで仕事をしていきたいと思っているから、こうやって考えられるスケジュールですけど。NYで思わぬ大きな仕事とかあったらどうしよう。何もかも何とかやっている僕ですがいつもスムースに行かないので、いつもギリギリだし。これはもう癖ではなく才能なんだと自分で勝手に決めました。
さて、みやた時間。なにして過ごそうかな~。
写真集の整理

引っ越しの片付けをしないまんまサンフランシスコに行ったんで今、片付けの真っ最中です、とほほ。
特に写真集の整理がたいへん。
写真集は画廊では仕事で使うものなのでAからZまできちんと並べてあるので、その癖でこの純B型人間(みやた家は不純物ゼロです、B型以外いません)なのに自分の部屋の本棚もAからZまで並べてます。
画像の本箱、これはモノグラフ写真家のみの棚。
これ以外にグループ展&美術館カタログ系の棚と、シャカーフキーを始め写真評論つきの写真集と写真史の棚。その3つの本棚に分けています。
文章だけの評論などは「本」として違う読み物の本棚へ。
壁いっぱいに本を並べる人がいますけど、僕はあれは嫌。こうして2段式の本箱を使っている理由はこれなら壁に作品の入ったフレームを掛けれるから。自分の撮った作品はもちろん、友達のや、先生から貰った作品。無理して買った作品。こうした作品たちと一緒に生活することは大切。作品はチラリと観て愉しむものではなくベタベタした関係になるべきだと思ってます。
この本箱はIKEA製、安いやつ(高いの買うお金があったら写真集を買おう)。でももう作っていないんです、これで150冊くらいは入る。もう一つ欲しいんだけどIKEAには同じようなのが無い。
どこかで似たようなの売ってないかなぁ、誰か知りません?
サンフランシスコ

サンフランシスコから帰ってきました。
何だカンだいって忙しかった、うちのギャラリーのブースは一番カッコよかったって沢山の人に言われました。「あなたのスペースにはエアコンが付いているみたい」なんて嬉しいことを言ってくれる人もおり、best of the showはウチのモノです。
このスケジュールのなか何人か新しくギャラリーで扱ってみようと考えているアーティストのスタジオ訪問をしたり、某コレクターのコレクション買収作戦をやったり。San Francisco Museum of Modern Art, SFMoMAのキュレーター、サンドラ・フィリップスとランチに行ったり、写真家Linda Connerと食事に行ったり(好きな写真家なのでプリントの仕方など参考になった、ほんとに最近この人のプリントの仕方でブルックリンの写真を撮ろうとおもっていたので奇遇だなぁ、よかったなぁ)。
ゆっくりしてからNYに帰りたかったのですけど贅沢できないんで。
空港に行く前に2時間ほどヒマがあるんで美術館に行って来ました、そのうち感想でも書いてみます。
画像は滞在していたホテル、手違いでベットが2つある部屋?で広くて落ち着かなかった。
贅沢に19階です。

ちょっとニコラスニクソンっぽい、はは。

思わずDAPから買ってしまった写真集6冊(50%オフだったんです)特にこの杉本とMeatyardの写真集は欲しかったんで(ブルックリンの本箱に入るか心配)。

さてさて贅沢な出張もこれで終わり(飲みすぎ&食べ過ぎた)ブルックリンでのチビチビした生活に切り替えなければ。ちょっと8月はゆっくりこれからの事など考えます、仕事のことやなんや。