ニューヨーク自然博物館

American Museum of Natural Historyに行ってきた、自然博物館。
10年くらい前にニューヨークに遊びに来たとき以来、ここ数年NYに来ていても何故か自然博物館には来なかったのです。
8番街の77丁目と81丁目の間にある、つまり4ブロック分の広さの博物館。
「ライ麦でつかまえて」でホールデンが妹フィービーを探しに、こうしてMuseum of Natural History(英語原本P155野沢考訳P186)に行ってる。
僕がここでちょっと「ライ麦」で好きなとこはホールデンがフィービーを探しているときに(フィービーがよく遊んでいるセントラル・パークの遊歩道の近く)同じ年頃の子供と話をするところ。
"Do you know Phoebe Caulfield, by the way?"
...
"She's prob'ly in the museum, then. We went last Saturday," the kid said.
"Which museum?" I asked her.
She shrugged her shoulders, sort of. "I don't know," she said. "The museum."
"I know, but the one where the pictures are, or the one where the Indians are?"
"The one where the Indians"
"Thanks a lot," I said.
つまりこの"The museum."というのは公園(セントラルパーク)を上からみて右側(東側)にあるメトロポリタンか、左側にあるナチュラル・ヒストリーか?(つまりそこは絵があるとこ?それともインディアンがいるとこ?)なかなかキッズのことを理解しているホールデン。
そんなことを考えながらちょっと公園のなかを散歩しながら博物館に行ったわけです。
(たぶん、ホールデンやフィービーのころはこの恐竜のホネはいなかっただろうけど)

いやいやでもなかなかオモシロかった。
展示してあるものも面白かったけど、見ている人のほうがもっと面白かった。
このゴリラの剥製は写真家、杉本博司も「ジオラマシリーズ」で撮影してます、彼がNYに来てからはじめて考え出したTime Exposureシリーズの一部。
手元に杉本氏の写真集またはカタログがあるひとは参考に(ちなみにこないだの森美術館のカタログではページ51)。

カリフォルニアにいたころは動物園にゴリラも象も白熊もみんないたからちょっと不自然な感じだったけど考えてみればニューヨークの子供たちはそんな本物を見る機会も少ないからやっぱりここで観るのだろうか?

これは81丁目のほうにあるImaxシアターがある宇宙のセクション。
このデカい(写りきってませんけど)球のなかが映画館&プラネタリウムらしんです。

土星と木星、なぜか「さようならボイジャー」を思い出した(天文学者になりたかったんです、僕はこどものころ)。
一階には本物の隕石?とかあって(鉄だってさ!)感動、触った。

バッファロー(なぜかモッツレラチーズのことが頭から離れなかった!)

白熊。
(近々このブログにシロクマが登場するのでよく見ておくように)
そ、そして!

ここかららはホールデンも生きてたらビックリの恐竜コーナーです。
Tレックスのホネホネ。いやー、嫌な感じ。
うわー。
ほんとにこんな奴がいたんでしょうか。
さっきの宇宙コーナーでも月のアポロ写真があったけど(マイケルライトの作品、別にライト氏が月に行って撮影したわけじゃないんですけどね)もしかしたらこれはセットだったんじゃなかったの?(実はそんな説ありますよね、だからアメリカは中国が月に行く前にもう一回行ってくると言い出しているとかなんとか)スケールがデカすぎてウソっぽいというか、何だか信じられません。
これもでっち上げなんじゃないですかーと疑うくらいに大きかった。
ホントの頭蓋骨の化石もあった、歪んでました。良く考えたらあんなにデカい頭蓋骨って今の世界じゃないんだろうなと勝手に関心してた。

コイツ!
ナントカザウルス、嫌な顔してますねー。
こんな奴に食べられて死ぬの嫌だなぁ。
僕なんかガリガリでそんなに肉もないから美味しくないよ。
(でも畳イワシをあぶってパリパリ食べる感覚だったら旨いかも)
きっとそんな感じで肉を引きちぎってバリバリ嫌な音たてて食べてたんだろう。

こんなシッポを振り回されて歩いていたらそうとう迷惑です、木とかに当たったら折れたりしてたんだろうか?
その時代。
(ウチで前に飼ってたワンコのハナちゃんも強烈なシッポでワイングラスとか叩き割ってしましたから、ワンコであのパワーだったから恐竜クラスになったら凄いんだろうな)
なんて、結局ホールデンは本のなかでは自然博物館のなかに入らないで帰っちゃうんですけど(フィービーはいないし)それは、あの頃の自然博物館だったからで、もし「ライ麦」の舞台が今日だったらホールデンもTレックスの化石を見にいって
「あのキチガイみたいな恐竜の化石の野郎がさ・・・」
なんて言ったんじゃないかな、と僕は思ったりしてたわけです。
つづく。
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セントラルパークの家鴨について

「ライ麦畑でつかまえて」で・・・
ホールデンがセントラルパークにいる家鴨は冬の間は何処に行くのだろう? というセリフがある。
" Well, you know the ducks that swim around in it? In the springtime and all? do you happen to know where they go in the wintertime, by any chance?"
"Where who goes?"
"The ducks. Do you know, by any chance? I mean does somebody come around in a truck or something and take them away, or do they fly away by themselves-go south or something?"
(以上「The Catcher in the Rye」の原本107ページより、野崎孝訳では128ページ)
「ライ麦」ではやたらとホールデンは家鴨のことを気にしている、上に書いた文はタクシーの運転手との会話。この前の第9章でホールデンがペン・ステーションから乗ったタクシーの運転手にも同じことを聞いている。それから「ライ麦畑でつかまえて」で、けっこう重要なアイテムだと僕個人は思う妹フィービーにあげるレコードを落としてしまったのもセントラルパークだし、そのときにもホールデンは家鴨について考えている。
確かに冬にニューヨークに来たときはセントラルパークの池は完全に凍っていて家鴨など見たことない。ほんとうに一体どこに行くのだろう? 公園内にあるZooで冬の間は面倒を見るのか? それともホールデンが聞いているように冬の間はトラックかなんかで何処かに運んでしまうのか?
(ちなみに検索してみても無駄だよ、このグーグル検定第一級を持っているみやたとしても探しても出てくるのは「NYで冷凍ダックはどこで買える?」とかしかないですから)
も、もしかしたら自然博物館の図書室の奥にその家鴨のヒミツのレポートがあってそこにはまだ誰も読んでいない「ライ麦畑でつかまえて・続編」が発見できるとか・・・?
いったい何処でこれを調べられるのだろう、Museum of the City of New Yorkとか? New York Historical Society?
セントラルパークのパークレンジャーに聞くのが一番早いか・・・?
(それじゃぁ現実的すぎてつまらないよなぁ・・・)
って言うかまともに取り扱ってくれるのだろうか?
あの・・・セントラルパークにいる家鴨は冬の間どこに行くんですかって、「ライ麦」でホールデンが気違いあつかいされた以上に変なあつかいを受けたりして。
「ライ麦」を何度か読んだことがある人はきっと気になっていることだろうと思う、この冬の家鴨については。
「ライ麦畑でつかまえて」を研究とか論文とかそんなことじゃないんです。とても個人的なことなんです。とても個人的でしかも無意味なレポート。これはいっそのことドキュメンタリーのテーマにしてしまおうか?
「セントラルパークの家鴨をつかまえて」とかドキュメンタリー写真で、今までに巨匠写真家が撮ったセントラルパークの写真をもう一回見極めてから僕なりにセントラルパークに住んでいる家鴨が冬に何処に行くのかを追いかけて撮影する。
面白い企画じゃないですか、さてどうしよう。っていうかこうして何時でもワケわからないことを追いかけていたい。そんなニューヨークからでした。
(注)「ライ麦」でホールデンがカモのことを言っているのはセントラルパーク・サウスだから~(写真は公園中央の西側なんで)なんていちいち細かいこというヒトはこのブログ読んでいないと思うけど。一応ことわっておきます。
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セントラルパーク・ウエスト
今日はマンハッタンのupper west side, セントラルパーク・ウエストあたりを散歩してきました。

先週まではNYは猛暑だったのですが、週末から過ごしやすくなり、きょうは快晴。とてもいい天気。
気温はだいたい85°Fくらい、日本の30℃くらい。

NYに来るとどうも歩いてしまう、カリフォルニアでは5ブロック以上歩くなんて信じられないくらいの距離なのですけど、こっちにいると50ブロックくらい平気で歩けてしまう。
なぜなんだろう。

この辺りや公園の反対側などよく僕が好きな小説に出てくる場所なんで本当の意味で足跡を辿れる気がします。
僕の好きな写真家たちもこの辺りに住んでいたり。

もちろんこのブログの新しいタイトルにもなっている「ライ麦畑でつかまえて」でもホールデンがメトロポリタンから自然博物館までセントラルパークを横切って歩くあたりなど特別な感覚になれる。

散歩なのか、小さな探検なのか。
でもいつでも新しい発見がいっぱいです。

でも何となくだが「懐かしい」という感覚もある、もちろん住んだこともない街だったのに。
そういう気持ちは「東京」とかそんな街ともダブっているのであろうか、昔過ぎて都会というだけでなんとなく懐かしい感じにさせてくれるのか。
一時、東京に住んで居たころにもそういえばこうして探検散歩をよくしたからそのフィーリングのデジャブなのか?
その記憶はなんとなく若く、切なくもあり、そしてもちろん愉しさたくさんで考えただけであの頃のドキドキやそわそわも思い出せる。
それとも子供のころ聞いていた音楽(正確に書くと「聴かされていた」なのだが、父親や母親が聴いていたレコードたち。60年代のロック&ポップ)それらの曲で歌われているニューヨークの街の「記憶」が知らないところで僕のなかに潜んでいるのだろうか?
。

先週まではNYは猛暑だったのですが、週末から過ごしやすくなり、きょうは快晴。とてもいい天気。
気温はだいたい85°Fくらい、日本の30℃くらい。

NYに来るとどうも歩いてしまう、カリフォルニアでは5ブロック以上歩くなんて信じられないくらいの距離なのですけど、こっちにいると50ブロックくらい平気で歩けてしまう。
なぜなんだろう。

この辺りや公園の反対側などよく僕が好きな小説に出てくる場所なんで本当の意味で足跡を辿れる気がします。
僕の好きな写真家たちもこの辺りに住んでいたり。

もちろんこのブログの新しいタイトルにもなっている「ライ麦畑でつかまえて」でもホールデンがメトロポリタンから自然博物館までセントラルパークを横切って歩くあたりなど特別な感覚になれる。

散歩なのか、小さな探検なのか。
でもいつでも新しい発見がいっぱいです。

でも何となくだが「懐かしい」という感覚もある、もちろん住んだこともない街だったのに。
そういう気持ちは「東京」とかそんな街ともダブっているのであろうか、昔過ぎて都会というだけでなんとなく懐かしい感じにさせてくれるのか。
一時、東京に住んで居たころにもそういえばこうして探検散歩をよくしたからそのフィーリングのデジャブなのか?
その記憶はなんとなく若く、切なくもあり、そしてもちろん愉しさたくさんで考えただけであの頃のドキドキやそわそわも思い出せる。
それとも子供のころ聞いていた音楽(正確に書くと「聴かされていた」なのだが、父親や母親が聴いていたレコードたち。60年代のロック&ポップ)それらの曲で歌われているニューヨークの街の「記憶」が知らないところで僕のなかに潜んでいるのだろうか?
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羊をめぐる冒険とウッディ・アレン

「羊をめぐる冒険」の上巻を今日、地下鉄のなかで読み終えた。「ダンス・ダンス・ダンス」はすでに読んでいてしまっているのだがはじめて読んだ。
村上的比喩はもしかしたらこれがピークだったんじゃないか? とふと思うくらい面白かった。
(個人的に村上春樹の小説のなかでは「ダンス~」と「国境の南、太陽の西」がベストだと思っています)
単行本で読みたかったのだが、たまたま文庫を持っていたこととハードカバーがNYの古本屋でも見つからなかったので仕方なくソフトカバーで。
小説の単行本と文庫本の違いは天井の低い画廊と高い画廊の違いや、その紙質と明朝体は安い光沢のあるペンキと質の高いペンキで塗られたギャラリーの壁のような違いに通じるものがあると思うのだ。
http://www.apple.com/trailers/focus_features/scoop/trailer/
そしてWoody Allenの新作「Scoop」を観た。
最高、彼独自の天才的なボケ。
ビートたけしや松本人志の「剣道ネタ」のような古典的ながら新鮮な机をひっくり返すようなボケとつっこみに終始大笑いしてしまった。
http://www.scoopmovie.net/
(↑オフィシャルサイト)
写真は今週末ニューヨークは、tax free weekend, 消費税なしという事と50%オフだったので買ったアディダスのStan Smith Vintage(復刻版)。
なぜか僕が欲しいと思う洋服や靴は結局セールの対称になるものがほとんど、買い物上手だと今までおもっていたが実はただ単に自分はダサい奴なんじゃないかと不安になった。流行りのスニーカーやシャツなどがどうしても似合わないのはそういう事なのか。
このソールの「くびれ」に注目してもらいたい。これはストンと落ちた最近のゴムでできた最近のスニーカーとは違うのですよ。これはラバー、スニーカーとテニスシューズの違い。
これは昭和チックなものだと個人的に納得している、蛍光灯と裸電球の違い。上記した単行本と文庫の違いにも似ている。
暑い・・・

・・・けどなんかワクワクしてきた。
ニューヨーカーはこういう時になんだかんだ云って楽しんでいるようです。
(アパートの近くで消火栓が全開で子供たちが大騒ぎしてはしゃしでた、あんなの写真史の教科書でしか観たことがない)
今日はグッゲンハイムに行ってたんだけど外に出たら熱風がビュービュー吹いてた。ニューヨークの街がエネルギーを持て余しているって雰囲気だった。
いただきまーす。
この熱を自分の力にしてやる。観るもの聴くもの読むもの全てが身体が乾ききっていたスポンジみたいに吸収していく感覚。
街全体が満月の夜の満潮の海のようにビリビリしてる。
ニューヨークの美術館のなかにいるとエスプレッソ飲み過ぎたように目が覚めている気分。
新鮮というか充実、蕎麦をズーズー食べてるみたいに本も読めるし。展覧会を見終わったらゲップが出た。いい音楽も耳から聴こえたのが爪の先でもウズウズしてる。
いい気分、入学式みたい。
何でもできそう、っていうか何でもできるんだよな。