「ホールデン・コールフィールドを追いかけて」 -11ページ目

仕事



僕の自宅の裏にある仕事場というか作業場にあたるスタジオです。







大きな作品を扱うのでドアはシャッターで出来ています。







そして、その向こうにあるのは・・・







「海」です!!






いやいやアート系の仕事なんてコンクリートの建物のなかで一日中という印象かも知れませんが、そんなことはない。

波が良かったら仕事はほっといて波乗りしに行っちゃいます。

なんて。





・・・・・・。


・・・というのは大うそです。






(これは某コンテンポラリー美術館の作業場)


ちょっと仕事の依頼があったので行ってきました。






いやいや、海の真ん前のこんな美術館。






こんなトコで毎日しごとが出来るなんて・・・

・・・いいなぁ。





これはさっきの作業場に行ける道。





いやいやさすが、大きな美術館だけあって良いスペースのスタジオ。工具や道具もズラーリ揃っていて仕事しやすそう、しごたえありそうです。

こういう美術館なら展示で部屋のなかに、いきなり壁をつくってドアをつけるとか。美術館のなかに小さな家を建てるとかそれくらいのことはしますから、何でも揃ってます。






特にここの美術館のチーフプリペアター*は家具デザインを大学で選考していたらしく、どうやら木工のプロのようです。

*英語で美術館で展示の作業をする仕事は「Preparator」という名の仕事になります、ちなみに辞書に載ってません。

ちなみに僕の仕事はそのプリペアターとExhibition Designer (カッコいいタイトルですけど大したことないです)を足して2で割ったような仕事です。



日本語で書くと「なんでもやさん」です。




これは写真としては大きい作品で150センチX150センチくらいはあるんですが、随分前に個人的にコレクターのために額装したものなんですが、どうやら落としたらしくマウントされていた作品自体が額のなかでズレてしまっていて、それを修復する仕事だったのです。

今月末にこの美術館で大きな展覧会があり、この作品をそのコレクターの方から借りたらしい。

僕も今のギャラリーで働く前は某写真美術館で働いていたのですが(写真専門ですので)こんな設備ではなくどちらかというと「保存」に力をいれている美術館でしたのでノコギリどころかホコリひとつない環境でした。






なんてこんなモノが美術館の目の前にあるくらいですから。



こんなモノってのAndy Goldsworthyの作品です。



Sheepfolds、というタイトルで世界中でインスタレーションアートを展示されている巨匠アーティストの作品。

(クルマが突っ込んでも大丈夫そうですし保存も大丈夫でしょう)


でした。


こんな感じの仕事もあとちょっとです。




↑ランキング、よろしく。ランキングなんてどうでもいいようで、ココからこのブログに来てくれる方たくさんいるんです

ルームメイト

ニューヨークで僕のルームメイトになる「No」さんです。

カメラを持っているようなので一緒にマンハッタンで写真を撮りに行った日でしょうか。





今はこんなに髪の毛は長くないです。

自分の写真を持っていないというので、ブログを通してあげることにします、

先週末に電話して引っ越しの準備なんてまだしてないよ~なんて云ったら、怒られました。

はやく来い!

と。

確かにもう1ヶ月ちょっとしかないのに、そろそろ準備はじめないと、ヤバいな。

ずっと前にアメリカに来たときも、こうだったんです。

行こう行こうと延ばし伸ばしにして、よし!来月に行くか!っていきなり来ちゃったんです。

今日載せる写真は3年前の夏に7年ぶりくらいにNYに行ったときの写真。

今は、あコレはブログに載せようとか、ブログのネタになるな、とか「取材」っぽくなっているんですが、これはそういうつもりは勿論なくて。ただ自分のために撮った写真。

記録っぽくシリーズでもプロジェクトでもないので「タイトル」もなしです。

自分が撮った写真をあるていどの時間が経ったあとに見直すというのは大事な行動だと思うんですが、こうしてブログに載せるっていうのもオモシロイかなと想ったので。


「ニューヨーク、Summer 2003」です。





コレはチャイナ・タウンかな、ホームレスのおじさんではなくて、もの売りのおじさんです。

ニューヨークのチャイナ・タウンは中国そのものというか、英語が通じないヒトも多いです。そんなふうに勝手にニューヨークするっていうのもニューヨーカーの醍醐味かも。

郷に居ては郷に従わない。





ドリアン? が、はっさくの袋のような(あの袋なつかしなぁ!)のに入ってブラさがってまして、それが何か奇妙です。

こうして見ると同じようなオレンジが別々に売られていますが、それぞれ違うんでしょうか?

ニューヨークのビニール袋ってドコのもカッコ悪いなぁといつも思うのですが、皆はそう思いませんかね。

買い物したあとに美術館なんかに寄るのが恥ずかしいビニール袋が多い。





夏でしたから、雨がザザーっといきなり降ったりして、カリフォルニア(南)では夏に雨なんて絶対に降らないので、雨が降るってこと自体が新鮮でした。

それがしかも真夏のニューヨークで、壮快というかなんかスイッチが入った気分のような。

こんなでっかい水たまりもあってニュ-ヨークがちょっと広がってるようです。





これはローワァー・イースト・サイド。

チャリンコとハーレー。

どちらもNYで乗ってみたいです(モペットっていうですかね、チャリンコに小さいエンジンがついたヤツ。あれが欲しい)。

ハーレーのナンバーが「DIE」だっていうのに気がつきました??





これはウエスト・ビレッジで。

なぜコレを撮ろうと考えたのか覚えていません。

こんなに近くでこんなコワそうなヒトをよく撮ったなぁと自分で感心してしまいます。





コレは3人写っている人たちが何だか流れているようでオモシロイと自分でも気にいっている一枚です。

おもいっきり女のコをみてるオジサンと、開店前になにか勉強しているお兄さんと。

そして歩き去るスカートの女の子。





夏はこうしてスフトクリーム屋が甘ったるそうなトラックであちこちに居るんですが、

僕は一度も食べたことがありません。

今年の夏はトライしてみよう。

レンズを向けたら嫌そうに傘でかくれたオジサン、かえっていい写真になった。





何かを撮っているルームメイトの「No」さん。

彼のとこにある、もう使われていない可哀想なハッセルはどうしているんでしょうか。

いいカメラなのに。

引っ越したら、みやたおじさんが可愛がってあげましょうかね。

真四角のNYってのもいいかも知れない

(ハッセルというのはスエーデンのカメラでフィルムに真四角に写るんです、タテとかヨコとかいう概念がないレコードジャケットの感覚でプリントを思い浮かべてもらうとわかりやすいかも)

何だか仕事も忙しくて、他にもやることたくさんで。

はやくニューヨークに行く準備しないとっていう気持ちはあるんですけど。

よしやろう。

僕の足下には小さいホールデン・コールフィールドの亡霊がたくさんいて、新聞を丸めて火をつけようしているのです!

NYタイムズかな? はは。


『はやくニューヨークに行け!』


(このジョークがわかった人は偉い)




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家族の写真(究極のファミリーアルバム)

トモダチの「マ」と「ヘ」に赤ちゃんが生まれて、昨日見に行ったのだがまじまじとしばらく見入ってしまいました、バブちゃんかわいいです。

先週の月曜日(May 1st)に生まれたばっかのときに見たときとすでにチョっと変わっており。

「マ」は才能ある写真家。これからアメリカ写真史に名を残す(断言します、10年後の教科書をみよ)才能がある。「マ」は「ヘ」と出会ってから「ヘ」の写真を撮り続けているのだが、バブちゃんが生まれて新しいプロジェクトができたと違う意味で喜んでいました。

やはり写真家として生まれたからには自分の好きなヒトを撮り続けるというのは重要な「シリーズ」であり、それを記録しつづけること自体が写真家として大切だと想う。



これらの感覚はふつうに普通の家にあるアルバムをつくるのと同じ「気持ち」なのだが、もちろんその密着度や執念度の深さが違う。

その究極の「ファミリーアルバム」についてモダン写真を考えてみたい。



と、いう訳で働いている画廊のコレクションから気に入っている数点をひっぱり出してみた。

と、いうのはウソで画廊の本箱からひっぱりだしてきた写真集からです(写真集をさらに撮影するなんて学生時代に授業でつかうスライド作りをやったのを思い出すなぁ)。







これはバージニア州の女性写真家、サリー・マンの作品たち。

彼女は自分の子供3人を生まれたときから撮り続けている。室内の作品も多いのだがバージニア州、つまり「サウス」のじっとりした空気感やみずみずしい光があると想う。

女性が写真を撮るときになぜだか一目でわかるようなときがある「やさしさ」をフィルターにして撮っているような違った空気が写っている。

その「フィルター」が古いレンズのようにプリントのなかに存在しているのがサリー・マンの作品の特徴だと想う。





疲れきった後と、噛み付いた痕が「時間」を撮影しているよう。

何かの発表会の後なのか、ただ庭で遊んでいただけなのか、そしてそこで何があったのか「家族ドラマ」がある。

「後」と「痕」のタイムエクスポージャーに見える。





転んでしまったのか寝ているのか泣いているのか、背中についた芝生が夏のみずみずしさにも見えるし秋の枯れた草でいたいたしくも見える。でもそれらを調和しているのは「やさしさ」のようでなぜか安心できる気がする。





これはフツーの人はやらないだろう(しかもこの作品は大型カメラで撮影されている、手術室に8x10を持ちこむなんて)しかしこの気持ちは僕にはわかる気がする。

これだけ大きな傷なら家族のなかでも「大事件」だったろうし今でもこの傷は顔に残っているかもしれない。

麻酔しているであろうな無表情な寝顔にマスクに流れる「黒い血」が美しく見え、そしてなぜか見てはいけなかったような気持ちにもさせる。







ニコラス・ニクソン、ボストンの写真家。

この人は自分の奥さんとその3人の姉妹をここ30年以上撮り続けている「ブラウン・シスターズ」で有名だが、その他のプロジェクトで自分の子供と奥さんを撮り続けている。

ニコラス・ニクソン独自の「距離」が絶妙というか見事でフレームのなかに存在しているモノには全て理由があるような。

そして写真で使うコトバ「シャープ」と「ソフト」は反対のコトバのようで実はつり合っている。漢字で書く「対象」と「対称」のような。

写真を撮るということは、撮るヒトやモノの前にある目に見えない「紙」のような「存在」を撮るというコトなのだと実感できる。それをプリントすることでその「目に見えない紙」は平面的な存在になる。

そんな風に難しく考えることで、自分のなかのモジャモジャのような気持ちをシンプルにしていくようなコトが写真。

すべては一枚の紙ペラというのも好き。





バスタブのなかにライトがあるのかというくらいドラマチックな作品、最近見かけないカタチのバスタブと疲れているのかホっとしているのかわからない奥さんのベベ。







これはシカゴの写真家、ハリー・キャラハン。

奥さんのエレノアを撮った「エレノア・シリーズ」はこうした自分の妻を作品の対象にしたなかでもパイオニア的な存在。

娘、バーバラが生まれた後にはそのシリーズにバーバラも加わり、キャラハン独自の「無重力感」を写真に撮るような感覚で、無機質なバックのなかでの存在感の重さが僕は好きだ(というか憧れる)。





建築写真のような「線」とそのなかに浮くポートレイト。

「堅さ」と「柔らかさ」その2つがさっき書いたように「ソフト」と「シャープ」のように並んでいる。





着込んでいる様子からしてたぶん冬だろう、しかもシカゴの寒さ。冬の光が写っている、そして写真という世界でもしかしたら「光」というのは「風」のような存在じゃないのか?

などと新しい発見をしてみたつもりのような。





シカゴには5大湖がある浅瀬がずーっと続いているのだろうか、風や波のない海のようでどこで水と空はつながっているのか、それがわからないようでプリントにはその「線」が存在する、しかに実際に向こうまで泳いでいってもあおの「線」は存在しない。

目には見えるが絶対に存在しないモノ。

まるで「空」の写真を撮るというようなことだ、いったいドコにピントを合わせればいいのだろう?



こうして観て書いてみるとコトバにして恥ずかしいようだが「愛は写真に撮れる」と想う。

それは可愛いコをかわいく撮るとか、いい笑顔とか、いい表情とかではない。

「写真を撮る」という行為で写真家はそのプリントのなかに写ってはいないのだが実は一緒に写っているのだ。その写真家の存在感がないプリントはただのアイドルのポートレイトになってしまう。

美しい花をうつくしく撮ろうという行為とは全然ちがうのだ、愛のレベルがちがう。

上に書いたニコラスニクソンのブラウンシスターズが2月にニューヨークに行ったときに近代美術館で展示していて説明のレコーダーでニコラスニクソン自身の声で作品についての説明が聞けたのだが、そこで「写真と撮るということは自分にとって、part of my love だ」と云っていてなんともジンときた。


僕もそういう写真を撮りたい、とシンプルに想った。


*




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さようならアイダ


ちょっと前のハナシです。


ビーチの近くに住んでたんですけど(ボロ家)ちょうど今の季節、


なんか家の下からガサガサ音が聞こえる訳です。

ベットルームの下からは「ピーピー 」なんか鳴き声が聞こえるし、

絶対なんかいる。


もしかしてスカンク・・・?



とか思ったわけです。


スカンク親子が家の下で巣なんて造っていたら最低最悪だ・・。


「ピーピー 」 鳴くスカンクの赤ん坊なんて考えただけで気持ちわりぃ。




とりあえず姿を拝んでやろう、と。




『しかけ』をつくったんです、ツナ缶をエサにして。音がしたらわかるようにガサガサ音がするビニールのシートを家の裏に敷いといて。




キッチンの横にあるドアから、こーっそーり。覗いて。




(化け物だったら業者?のヒトでも呼んで捕まえてもらおうとか)




さっそく、ガサガサと音が・・・・・・。








そこで見たのは・・・・・。







・・・。











ニャオス!!



コイツです。*

猫でした。

その辺のノラ猫がウチの下で仔猫生んでた(こんなのが5匹もいたんです)。

*(この画像は今つかってるの2コ前のデジカメ。こんな風にブログにつかうなんて考えてもみなかった)

母猫がいるのかどうかはわからなくて、とりあえず皆取っ捕まえて。もう臭くてノミだらけだし、シャンプーして(ネコ用なんてなかったから僕のシャンプーで洗っときました)。


すぐ僕にも慣れましてね。


5匹しばらく飼ってたんですけど、それはまずいと、みんなあげてしまったんです。


ポスター書いて「ミャンコあげます」とかなんとか。


でも、コイツだけはとっておこうと・・。


名前は「Ida:アイダ」ってのにしたんです。






なんでアイダかというと、あの頃フリーマーケットで見つけた古いアルバムがあったんです。

普通こう言うのはただ古いっているだけで、写真としてのオモシロさとかはないんですけど、

このアルバムの写真は素人じゃないだろっていうくらい好い写真がズラリで。

よく観ていったらこのアルバムの昔の持ち主は「アイダ」っていう名前だったんです。

「そうだ、その名前にしよう」と仔猫は『ida』って呼ぶことにしたんです。

見つけてきたネコとみつけたきたフォトアルバム。

なんかいいな、と。





しかし、いいセンスしてるでしょ。

これなんかどこぞの写真家ですよ。

この時代だからブローニーカメラで撮ったコンタクトプリントです。





これは「N.Y. trip 1925」って書いてあります。

旅好きな女性だったようで、いろんな場所で撮影されてました。





これには「Margaret + ME」右の帽子の方がアイダさんです。

今ぼくらがデジカメでフザけてるように、1920年代とかのヒトたちもこうして陽気だったみたい。

仔猫のアイダもとっても元気で、ネコというより「犬」のような行動が多かった。

変なふうにシッポをふるんです。





このプリントはワシントンDC。

ちょうどこの後ろに大きいリンカーン大統領が座っているハズです。

(映画のフォーレストガンプでフォーレストと女のコが再会してこの池のなかをザブザブ歩くシーンがあったの覚えてます?)

いいプリントだ(この日傘をさしている人たちなんてパーフェクト)。





一応その頃から僕は美術館や画廊で写真にたずさわる仕事をしてましたから、保存はキチンとしようと(いい作品へのリスペクト)こうしてミュージアムケースに入れてちゃんとした環境で保管しとこうと。

ま、画廊や美術館でやるように良いプリントは分けておいた。

僕もこの仕事ながいですから、友達に貰ったプリントとか、仕事で貰ったプリント。ちょっとムリして買った作品とかチョっとしたコレクションがあるんですが、このハコは「found photographs」 unloved photographs。そんなタイトルです。

ネコのアイダも「found」だし「unloved」だから、UNLOVED CAT.

僕は愛してましたけどね、アイダ







これがidaさんのポートレート。

「IDA」ってボールペンで書いてあるのわかります?

1918年って書いてある、他のプリントよりちょっと古い時代。

なんかいい顔してますよね。




仔猫のアイダは飼いはじめて一ヶ月ちょっとくらいした、ある日。急に元気がなくなってしまった。




おかしいな、ゴハンも食べないな。

そう思っていたら、夜にはもう虫の息で、

これはマズいぞ、とワンコやニャンコの救急病院に連れてったんです「助けてー!」って。

医者は、

「もうたぶん駄目です・・・」

・・・うそだ、前の日はピンピンしてたんですよ!!


do you want to let her sleep?


(安楽死させますか?)


NO WAY.






このIdaのプリントのうらにはIda自身のメモなのか詩なのか「world war I・・・」についての彼女のメッセージが書いてありました。

1918年、キャンプ・ケネディ

San Diego って書いてあるの読めます?

あえて訳しませんけど(英語わかるヒトは読んでみてください)。


NO WAY.


って、書いてあります、最後に。




仔猫のアイダは結局3日間病院にいて、毎日見舞いにいって。




もう、ハナミズと涙でくしゃくしゃになったアイダには何本も注射やら点滴やらで、

看護婦さんから「明日でんわします」って、We will call you tomorrow, if she・・・

たぶんアイダは死んじゃうんだって。

次の日、病院から電話が来て。携帯電話に病院の番号が出てて。

あの頃は通っていた大学で僕はバイトしてたんです、先生のアシスタントみたいな仕事で。

電話がきたときは授業中だったんですが「死んだ」って言われると思って半分泣きながら電話に出たら、

「you can pick her up」

迎えに来てくださいって。


てっきりダメだと思って病院に行ってみたら、ニャーニャーいうくらい元気。


医者が「she decided to live」だから、安心していいよ、と。

こんなに小さいヤツなのに「スゲーな!」って。

それからはとっても元気。チビネコ用の栄養たっぷりそうな缶詰のエサを食べさせて。

トイレも覚えたし。

家に帰ってきたら「ニャーー」って。

『かわいいヤツだ!』



でもその何週間か後にアイダはまたぐったりしてしまった。



ごめんね、ごめんね、ごめんね、アイダ。

かわいそうに、かわいそうに、かわいそうに。

アイダはまたしてもハナミズと涙でくしゃくしゃになって、死んでしまいました。

こんなに小さいのに。

ごめんね、ごめんね、アイダ。


僕はネコを飼う資格なんかなかったのかも知れない。


アイダの遺体はどうしようかなと、そのままタオルで包んで埋めようかなと思ったんですが何かに入れてあげないと、かわいそうな気がして。

なにか適当な箱にいれてあげようと。上に書いたような作品保存用の無酸性のハコに入れて埋めることにしました。

かわいそうな、ちいさなアイダは、8x10のちいさな箱にスッポリ入ってしまうくらい、ちいさくて。

上に載せたプリントたちのように切なくて小さい。

見捨てられた哀しいアルバムのなまえなんかつけたから死んでしまったのかも知れない。

今、考えれば。このIdaさんのプリントも一緒に入れてあげればよかったな、と思います。


さようなら、アイダ。





それにしても面白いカタチをした、かわいいヤツだ。

あのビーチの家からは今のダウンダウンの家に2年以上前に引っ越してきたんですが、こないだあのビーチの家を改装したって聞いたんです。

何かで庭を掘った工事の人が「宝の箱?」なんて思って開けたらアイダのミイラが出てきてビックリしてると思うんですが(何せ、美術館で使うアーカイバル処理された保存用の箱ですから)。

なんて、冗談です。

美術館で保存で使う箱の「無酸性」っていうのは100%コットンで出来た「紙」なんです。防腐剤とかそういったケミカルも一切使われていない。接着する糊ですらスターチを使っています。だからカビたりすると、あっと言う間。だからもう、とっくにハコもアイダも土のなかで朽ちているはず。


さよなら、アイダ。


ダラダラと長々とした文につきあってくれてありがとうございました



テスト(4)

画像のテスト中です(ブログの)。

自分の写真・・・。

調子にのって(コレもテストですから!)そちらのパソコンが汚れるから消せ!というコメントが来るでしょうから、そのウチ消します。





これはこの前にNYで仕事してたときに(なぜか屋上で)。


はは。




↑ブ男ボランティアありがとうございます!