沖縄のひめゆりの塔に行ってきた。

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おそらく、女学生には、戦争の意味も、意義も分からなかっただろう。御国のためと命じられるままに組織されたひめゆり学徒隊は看護隊として、兵士の手当等に従事した。

激化する沖縄戦で、敗戦が濃厚となった1945年6月に突然の解散命令が下され、牛島司令官は自決。
解散命令のあと、米軍のガス攻撃を受け、多数の命が失われた地にひめゆりの塔は建っている。

自らの都合で招集し、そして勝手に解散を命じる日本軍の無責任さ。もう少し、学徒隊を守ることはできなかったのだろうか。

そして、沖縄市民を南へ追い込み、人道に反する罪を犯した米国は、その後も広島、長崎で原爆という大量破壊兵器による大虐殺を行う。

もう少し早く戦争が終わっていれば、これらの悲劇はなかったのかもしれない。

平和祈念公園には、沖縄の青い海に向かって、平和の礎が建っている。
多くの人が身を投げ、命を失った海である。

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