血の系譜 (誤算)
私は F銀行の支店でも毎月定期獲得No.1でいろいろと欲しい物を貰い、転勤で本部に移る際には餞別としてボーナスに匹敵するくらいの金品を戴き、本部でハイヤーの乗り方も習得した。
しかし、21歳の7月7日私は小さんの叔母に呼び出された。
三木助の名前をどうするつもりか?
という内容だった。
今のように女性が噺家になれる時代でもなく つまりは 落語協会会長だった小さんの孫弟子から婿探し といっても既に決まっいたようだった。
談志の弟子でこれにしなさい!と現れたのが最初の旦那様だった。
『盛夫がなれば良いけれどあいつは噺家にならないねぇー』
と小さんの叔母に言われ、私もならないと思い1ヶ月程で結婚を決た。
いずれ三木助を継ぐのに相応しいかどうか解らなかったが 道はそれしかなかった。
4月7日挙式、仲人は談志、両家主賓小さん。
ここまではよくあるパターンだった。
ところが事態が変わった。
挙式の2日前 凄い勢いで小さんの叔父が我が家に飛び込んで来た。
『三平の息子が落語協会へ今日履歴書を持って来た。(こぶ平改め正蔵師匠)ついては 盛夫(弟)ダンヒルのライター欲しがってたなぁ!』
当時は今の百円ライターではなく ダンヒルやカルティエの金むくのライターがオシャレだった。
『買ってやるから履歴書出せ』
『ホントに買ってくれる?』なる会話が聞こえる。
なんじゃこりゃあ
明後日私は噺家に嫁ぐ。
三木助の名前の存続を賭けて…
外車を乗り回し、イタリアンファッションに身を包み夜ごと六本木や西麻布へ繰り出す弟が落語家?
そりゃ弟が噺家になるに越した事はないが私の結婚はどうなる
無意味になる
小さん夫婦は話し合いの元で婿探しした!と思ったのは、私のはやとちりだった。
それを余所に小さんの叔父と弟は揉めている。
前座の名前が気に喰わないらしい。
小さんの叔父は、自分の前座名の栗丸だか栗之介を付けたいらしいが弟は、そんな名前なら噺家にならないと言う。
低レベルの話しで揉めている。
その時は結婚は女の一生に一度の一大事だ。
まさか3回も結婚する未来があるとは思わないから
『栗でも芋でも良い!私の結婚はどうなる?』
と云いたかったがあまりの事にくらくらしていた。
結婚式は明後日なのだ。
結婚式の前日まで揉め、小さんの叔父は妥協案として栗にこだわるのをやめた。
『小太郎ならなる』
と決まりダンヒルのライターと命名
『柳家 小太郎』
と半紙に書き神棚にまつわれた。
明日結婚式
家族会議もしなかったとはいえダンヒルごときに三木助存続の野望は打ち砕かれた。
結婚式も両家主賓小さんの挨拶は
『盛夫が噺家になった。みんな宜しく頼む』
だけで結婚式とは何も関係ない一言だった。
仲人談志は寄席に行き途中で退座はする。
22歳の花嫁はやけくそでデザートのメロンまで食べた。