小林茂子オフィシャルブログ「生きてみよ、ツマラナイと思うけど」Powered by Ameba -2785ページ目

血の系譜(逃亡)

三木助を継いで貰う必要ないとわかった結婚だったが『じゃあ』と帰るわけにもいかない。

夫なる人の同期や下にあたる前座さんが毎日10人以上新居にたむろする。

麻雀したり酒飲んだりポーカーしたり8畳に6畳に6畳のキッチンそこで合宿み
たいな生活だった。

あまり夫なる人はいなかった。


彼は酒が好きで外で酒を飲んではその後ソープへ通っていたらしい。


楽しかったがこんな生活で良いのだろうか?


私はずっと矛盾と戦った。


結婚して半年ちょっとたった1月2日は小さんの叔父の誕生日で弟子一同はもちろん孫弟子も集まる。


夫たる人はもちろん孫弟子だ。

その日帰ってきた夫は4~5人の仲間を連れて帰ってきた。

彼の当時の欠点は酒癖が悪かった。

帰るなり私に絡み出した途端私は一気に日頃の悩みが爆発した。

家に帰ろう!しかし出口は1ヶ所玄関のみのマンションだった。


そこは悪暗漂う二人の様子にしっかり連れられて来た仲間にガードされていた。

私は奥の部屋に押し込められた。


ネグリジェにガウンでベランダを見た私は雪の降る3階の窓から地上がすぐ近くに思えた。

子供の頃八幡様で飛び降りて遊んだことを思い出した。



中学生で5段階で体育2、高校でも10段階で体育は2だった過去はすっかり忘れベランダの洗濯機から私は『家に帰ろう』と飛び降りた。


しかし気が付くと誰かが何か言っている


『自分で飛び降りたんですか?誰かに突き落とされたんですか』


『いえ自分で家に帰ろうと思って…いたたたた~痛い』

どうやら失敗したらしい。


救急車に乗せられているようだ。

私は両足の骨折と骨盤損傷で病院に運ばれた。

それは昭和53年1月3日の事だった。


平成13年1月3日弟が亡くなる33年前の出来事だった。