夏目漱石には全く興味がないが,そんな私でも『吾輩は猫である』という珍作は知っている。「吾輩は猫である。名前はまだない」で始まる本作は世界中で色々な言語に訳されているという。
ちなみに筆者はイタリア留学時に,イタリアでは三島由紀夫と村上春樹が人気だと聞いたことがある。たしかに書店では三島由紀夫のイタリア語訳がたくさん置いてあった。村上春樹はどのあたりが評価されているのかはあまり分からなかった。
『吾輩は猫である』のヘブライ語訳に話を戻すと,これがえらいことになっている。
表紙がペルシア猫なのである。
もしかして,
「吾輩は波斯産の猫のごとく黄を含める淡灰色に漆のごとき斑入りの皮膚を有している。」
という一節が誤解されて訳されているのだろうか。
現物が手元にないので確かめようがないのだが。
しかしながらどう考えても『吾輩は猫である』に登場する猫はペルシャ猫ではないはずである。上記の一節はあくまで毛色の描写として書かれたものであって,どう考えても雑種の野良猫のはずである。
しかしながら,なんだか面白くなったので,『吾輩は猫である』のペルシャ猫ヴァージョンを考えてみた。
◆ 第一章 吾輩はペルシャ猫である。名は……もちろんある。
吾輩はペルシャ猫である。名は「シャー・ナスルッディーン三世」という。 名が長いのは,吾輩が高貴だからである。 人間どもは面倒がって「ナスル」と略すが,吾輩は不満である。
吾輩は東京郊外の洋館に住んでいる。 主人は美術史の大学教授で,ペルシャ美術を専門としている。 ゆえに吾輩は,教授の研究室の“生きた文化財”として扱われている。
しかし,吾輩は文化財ではない。 吾輩はただの猫である。 ただし,非常に気品のある猫である。
◆ 第二章 教授の家は落ち着かぬ
教授の家には,毎日のように学生や研究者が出入りする。 彼らは吾輩を見ると,決まってこう言う。
「わあ、本物のペルシャ猫だ! 触ってもいいですか?」
触ってよいかどうかは吾輩が決めるのであって, 貴様らが決めることではない。
吾輩はしばしば,教授の書斎の絨毯の上で昼寝をしている。 その絨毯はペルシャ製で,吾輩の毛色とよく調和している。 教授はそれを見て満足げに言う。
「ナスル,君はやはり芸術の一部だね」
吾輩は芸術ではない。 ただの猫である。 ただし,非常に美しい猫である。
悪乗りしすぎたかもです。
書き逃げ失礼!!!