長周新聞より転載
2020年5月2日

コロナ禍が炙り出す食の脆弱性と処方箋~ショック・ドクトリンは許されない~ 東京大学教授・鈴木宣弘(2)

https://www.chosyu-journal.jp/seijikeizai/16951

ーーー転載開始ーーー(前回の続き)

 

畳みかける貿易自由化と規制緩和にストップを

 

日米貿易協定(FTA)を合意した日米首脳(昨年9月)

 

 TPP11、日EU、日米協定と畳みかける貿易自由化が、危機に弱い社会経済構造を作り出した元凶であると反省し、特に、米国からの一層の要求を受け入れていく日米交渉の第2弾はストップすべきである。

 

 食料だけではない。
医療も、米国は日本に対して米国型の民間保険の導入、営利病院の進出を追求し続けている。
米国では、今回、無保険で病院から拒否された人、高額の治療費が払えず、病院に行けない人が続出した。
こんな仕組みを強要されたら大変であることはコロナ危機で実感された。

 

 国内的には、一部の企業的経営、あるいは、オトモダチ企業に農業をやってもらえばいいかのように、既存農家からビジネスを引き剥がすような法律もどんどん成立させてしまった。

 

 「国家私物化特区」でH県Y市の農地を買収したのも、森林の2法で私有林・国有林を盗伐して(植林義務なし)バイオマス発電するのも、漁業法改悪で人の財産権を没収して洋上風力発電に参入するのも、S県H市の水道事業を「食い逃げ」する外国企業グループに入っているのも、MTNコンビ企業である。

有能なMTNは農・林・水(水道も含む)すべてを「制覇」しつつある。

 

 一連の種子法廃止→農業競争力強化支援法8条4項→種苗法改定を活用して、公共の種をやめてもらい→それをもらい→その権利を強化してもらうという流れで、種を独占し、それを買わないと生産・消費ができないようにしようとするグローバル種子企業が南米などで展開してきたのと同じ思惑が、企業→米国政権→日本政権への指令の形で「上の声」となっている可能性も指摘されている。

 

 すでに、メガ・ギガファームが生産拡大しても、廃業する農家の生産をカバーしきれず、総生産が減少する局面に突入している。
今後、「今だけ、金だけ、自分だけ」のオトモダチ企業が儲かっても、多くの家族農業経営がこれ以上潰れたら、国民に安全・安心な食料を、量的にも質的にも安定的に確保することは到底できない。

 

種や労働力も考慮した自給率議論の必要性

 

 今回のコロナ・ショックは、自給率向上のための課題の議論にも波紋を投げかけた。
日本農業が海外の研修生に支えられている現実、その方々の来日がストップすることが野菜などを中心に農業生産を大きく減少させる危険が今回炙り出された。
メキシコ(米国西海岸)、カリブ諸国(米国東海岸)、アフリカ諸国(EU)などからの労働力に大きく依存する欧米ではもっと深刻である。

 

 折しも、新しい基本計画で出された食料国産率鶏卵の国産率は96%だが飼料自給率を考慮すると自給率は12%の議論とも絡み、生産要素をどこまで考慮した自給率を考えるかがクローズアップされたところである。
例えば、種子の9割が外国の圃場で生産されていることを考慮すると、自給率80%と思っていた野菜も、種まで遡ると自給率は8%(0.8%×0.1)となってしまう。
同様に、農業労働力の海外依存度を考慮した自給率も考える必要が出てくる(九州大学・磯田教授)。

 

 海外研修生の件は、その身分や待遇のあり方を含め、多くの課題を投げかけている。
一時的な「出稼ぎ」的な受入れでなく、教育・医療・その他の社会福祉を含む待遇を充実させ、家族とともに長期に日本に滞在してもらえるような受入れ体制の検討も必要であろう。
また、フランス、ドイツなどEU諸国では、政府がマッチングサイトを運営して、国民への「援農」の呼びかけを強化している(北海道大学・東山教授)。
日本でも、こうした対応が国全体としても、各地域でも必要になっている。

 

水産業界の技能実習生

 

和牛商品券の波紋~コロナ・ショックは追い打ち

 

 もう一つ波紋を広げたことがあった。


 コロナ・ショックによる外食需要などの激減で和牛やまぐろの在庫が積み上がったので、経済対策の一環として「和牛券」や「お魚券」が提案されたが、それが報道されるやいなや、それだけがクローズアップされ、世論を「炎上」させてしまった。

 

 全国民が大変なときに贅沢品に近い特定の分野だけの消費にしか使えない商品券を出すとは利権で結びついた族議員と業界の横暴だという非難だ。
苦しむ農水産業界を何とか救いたい思いが、大きな非難の的にされるという極めて残念なことになってしまった。

 

 長年、日本の農家は農業を生贄にして自動車などの利益を増やそうとする意図的な農業悪玉論に苦しめられ、我々はその誤解を解こうと客観的なデータ発信に尽力してきたが、これでは、やはり農水産業は利権で過保護に守られているのだという誤解を増幅してしまう。
努力が水の泡だ。

 

 過保護どころか、農林漁家からビジネスを引き剥がす法律が立て続けに成立し、かたや畳みかける貿易自由化とで、いま日本の農林水産業界は苦しめられている。
直近では、日米貿易協定が発効するや、1月だけで米国からの牛肉輸入が1.5倍になるなど、輸入牛肉の想定以上の増加で国産が押しやられている。

 

 コロナ禍の影響の前に、こうした打撃が積み重なり、そこにコロナ禍が上乗せされたことを忘れてはならない。

 

 消費者を支援する形で生産者も支援するのは有効な手段だ。
だが、このタイミングで、特定分野が優遇されている誤解を与えたら、国民理解醸成に完全に逆効果である。

 

 米国でも農業予算の64%も食品購入カードの支給で一定所得以下の食費支援に使っている。
米国は価格低下時の農家への差額補填システムも充実している。
生産・消費の両面から徹底的に農家を支えている。
米国は、今回も、追加的に2兆円規模の食肉・乳製品の買い上げ、農家の所得補填などを打ち出した。

 

 

 日本の牛肉農家の所得の30%程度が補助金なのに対してフランスでは180%前後、赤字(肥料・農薬などの支払いに足りない分)もすべて税金で補填している。
農業全体でも、日本の農家の所得の30%程度が補助金なのに対して、英仏が90%以上、スイスではほぼ100%、日本の水産にいたっては所得に占める補助金は2割に満たない。
諸外国に比べたら極めて保護されていない【表参照】。

 

 「所得のほとんどが税金でまかなわれているのが産業といえるか」と思われるかもしれないが、命を守り、環境を守り、地域を守り、国土・国境を守っている産業を国民全体で支えるのは欧米では当たり前なのである。
それが当たり前でないのが日本である。

 

 世界的にも最も自力で競争しているのが日本の農林漁家。
牛肉券の想いはわかるが、過保護と誤解され、国民を敵に回したら元も子もない。
何とか、これを農林水産業への正しい国民理解醸成の再構築の機会に反転させなくてはならない。

 

ーーー転載終了ーーー続く

 

 

 

 

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