長周新聞より転載
2020年5月2日

コロナ禍が炙り出す食の脆弱性と処方箋~ショック・ドクトリンは許されない~ 東京大学教授・鈴木宣弘(1)

https://www.chosyu-journal.jp/seijikeizai/16951

ーーー転載開始ーーー(長い記事なので3回に分けて転載)

 

 

はじめに

 

 新型肺炎の世界的蔓延への対処策で、物流(サプライ・チェーン)の寸断や人の移動の停止が行われ、それが食料生産・供給を減少させ、買い急ぎや輸出規制につながり、それらによる一層の価格高騰が起きて食料危機になることが懸念されている。
日本の食料自給率は37%、我々の体を動かすエネルギーの63%を海外に依存している。
輸入がストップしたら、命の危険にさらされかねない。

 

 輸出規制は簡単に起こりうるということが、今回も明白になった。
FAO・WHO・WTOは共同で、輸出規制の抑制を要請した。
しかし、輸出規制は国民の命を守る措置であり、抑制は困難である。
かつ、3国際機関は、いっそうの食料貿易自由化も求めている。
自由化しすぎて輸出規制も起こりやすくなり、自給率が下がって輸出規制に耐えられなくなっているのに、もっと自由化しろ、とは論理破綻も甚だしい。
コロナ・ショックに乗じた「火事場泥棒」的ショック・ドクトリン(災禍に便乗した規制緩和の加速)であり、看過できない。

 過度の自由化への反省と各国の食料自給率向上こそが解決の処方箋である。

 

輸出規制の抑制はナンセンス
 ~自給率向上策とともに国民を守る正当な行為

 

 すでに、小麦の大輸出国ロシア、ウクライナ、コメの大輸出国ベトナム、インドなどが輸出規制に動き出している。
輸出規制は簡単に起こりつつある。
これを受けて、4月1日、FAO・WHO・WTOの事務局長が連名で共同声明を出し、輸出規制の抑制を求めた。
しかし、これは無理だ。

 

 2008年の食料危機に際しても、筆者は指摘した。
「輸出規制を規制すればよいだけだ」との能天気な見解もあるが、国際ルールに、かりに何らかの条項ができたとしても、いざというときに自国民の食料をさておいて海外に供給してくれる国があるとは思えない。
もしあったとすれば、むしろその方がおかしい。

 

 食料確保は、国家の最も基本的な責務だ。同様に、最低限の食料自給率を維持するための措置も、当然のことであり、他国から非難されるべきものではない。
(鈴木宣弘・木下順子『新しい農業政策の方向性~現場が創る農政』全国農業会議所、2010年など参照)

 

原因は自由化なのに解決策は自由化だと言うのは狂っている

 

 しかも、FAO・WHO・WTOのトップの共同声明では、九州大学の磯田教授が指摘しているとおり、食料貿易を可能な限り自由にすることの重要性も述べている。
輸出規制の根本原因は貿易自由化の進展なのに、解決策は自由貿易だというのは狂っている。
2008年の食料危機の経験から何も学んでいない、情けない提言である。

 

 2008年の食料危機、輸出規制について、筆者は次のように解説した【図も参照】。

 

 米国は、自国の農業保護(輸出補助金)は温存しつつ、「安く売ってあげるから非効率な農業はやめたほうがよい」といって世界の農産物貿易自由化を進めて、安価な輸出で他国の農業を縮小させてきた。
それによって、基礎食料の生産国が減り、米国等の少数国に依存する市場構造になった。
そのため、需給にショックが生じると価格が上がりやすく、それを見て高値期待から投機マネーが入りやすく、不安心理から輸出規制が起きやすくなり、価格高騰が増幅されやすくなってきたこと、高くて買えないどころか、お金を出しても買えなくなってしまったことが今回の危機を大きくしたという事実である。
つまり、米国の食料貿易自由化戦略の結果として今回の危機は発生し、増幅されたのである。

 

 米国などが主導する貿易自由化の進展が、少数の輸出国への依存を強め、価格高騰を増幅し、食料安全保障に不安を生じさせると考えると、「2008年のような国際的な食料価格高騰が起きるのは、農産物の貿易量が小さいからであり、貿易自由化を徹底して、貿易量を増やすことが食料価格の安定化と食料安全保障につながる」という見解には無理がある。
(鈴木宣弘『食の戦争』文春新書、2013年参照)

 

 ハイチ、エルサルバドル、フィリピンで2008年に何が起こったか。
コメの在庫は世界的には十分あったが、不安心理で各国がコメを売ってくれなくなったから、お金を出してもコメが買えなくてハイチなどでは死者が出た。
米国に強要されてコメの関税を極端に低くしてしまっていたため、輸入すればいいと思っていたら、こういう事態になった。原因は貿易自由化にある。

 

正しい処方箋は各国の食料自給率向上

 

 コロナ・ショックにおいても、またしても、自由貿易が原因なのに、うまくいかないのは貿易自由化が足りないのだ、というショック・ドクトリン(人々の苦しみにつけ込んで規制緩和を加速して自分たちが儲ける)のような議論になってしまっているのは、まさにショックである。

 

 貿易自由化も含めた徹底した規制緩和を強要して途上国農村の貧困を増幅させて、グローバル企業が儲け、貧困が改善しないのは規制緩和が足りないせいだ、もっと徹底した規制緩和をすべきだ、と主張しているのと同じである。

 

 我々は、このような一部の利益のために農民、市民、国民が犠牲になる経済社会構造から脱却しなくてはならない。
食料の自由貿易は見直し、食料自給率低下に本当に歯止めをかけないといけない瀬戸際に来ていることを、もう一度思い知らされているのが今である。

 

ーーー転載終了ーーー続く

 

 

 

 

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