おはようございます
ー Anera&Kanoa ー です。
晴れた昨日。
昨日は東日本大震災から13年。地震が多い日本、災害時の生活や対処方など被災した側からの記憶を伝えていかなければなりません。
幸い、犬目線にはなりますが、もう18年続けてるブログに少しだけ書いてますので、良ければご覧ください。
震災から5日後、2011年3月16日↓
近況 | 海辺の天使 Borzoi ANERA&KANOAのブログ (ameblo.jp)
ライフラインが止まっていたし、とても地震の当日にはブログを書くような状況ではなく、震災当日から5日経って、心配してくださるワンコ好きの方々へのコメント返信のためにUPしたのが上の記事です。
当時のYAHOOブログは現在閉鎖され、移行によりコメントは残ってませんが、いろいろな方から励ましの言葉をいただき本当にありがたかったです。
震災から半月経った3月26日、お風呂に入るため隣の山形県天童へ行ったのが下記の記事。
温泉・おそば 天童へ | 海辺の天使 Borzoi ANERA&KANOAのブログ (ameblo.jp)
とにかくガソリンが手に入らないので移動が出来ず、車に頼る地方都市は家から出ることもままならない状況でした。
都市ガスが復旧したのが18日後の3月29日。全国からの支援でウチの地区は広島県のガス会社が来てくれました。
ガスが来ました | 海辺の天使 Borzoi ANERA&KANOAのブログ (ameblo.jp)
そして4月1日のブログ、ママさんの親戚を荼毘に付したちょっと重たい現実。
区切り・・ | 海辺の天使 Borzoi ANERA&KANOAのブログ (ameblo.jp)
あまりに多い死者数で火葬場、霊柩車が足りず、東北各地から都内やその近郊での弔いのために、報道はされてないけれど、当時の東北道は復旧支援車両に加えて、マイカーにご遺体を乗せていた通行していた車両も沢山あったようです。車に乗せると言っても、五体満足で見つかった方より、体の部位だけ発見の方のご遺族が多かったので、人が特定出来るなる何かをつけてなければ、頭部以外それもかなわないですからね。
仙台市内では石巻をはじめとする沿岸部の親戚も多いから、震災後半月ほど経ってから自宅の庭で、流されてきた車を撤去したらその下から全く知らない方のご遺体が見つかったとか、行方不明の現場から40Km以上離れた海上で見つかった方など枚挙にいとまがないほどたくさんの出来事がありました。
きっとそれぞれの人の数だけ物語があったはず。
電気が止まった真っ暗の夜。街の灯りがすべて消えて、太古と同じような満点の星空。
星に願いを・・ | 海辺の天使 Borzoi ANERA&KANOAのブログ (ameblo.jp)
この頃沿岸部では亡くなった肉親の方を見たという人がたくさんいたんです。声を聞いた、光を見たというのはもう本当に多くの方が言ってたようですし、TVでも報道されてました。この頃から人間の魂や死後の世界など、死生観に対する考え方が今までの概念とはガラッと変わりました。
被災者が書いた本も出てるようですし、亡くなった方は無念というより『笑ってた』と言ってるのが印象的でした。
さてそんな時期を乗り越え、今はとても幸せに暮らしてる自分達。
2頭のボルゾイ達と晴れて暖かい穏やかな散歩です。
仕事が休みだった末娘と家の周りを散歩。
折り返し地点の小さな空地。
帰りはアネラも駆け足です。
穏やかな日々、庭には食べきれないほどのレモンや柑橘類
昨日も海へ行って震災時のことを考えてました。
今日のブログ、ちょっと重たい内容になってしまいすみません。
ここまでお付き合いいただきありがとうございます。
近頃も地震が多いようですが、準備や心構えはするけれど、いたずらに不安をあおる報道には一定の距離を置いて、心穏やかに過ごして行きたいですね。
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