私の大学に入学してからの2~3年は、

本当に堕落した生活を送っていました。

類は友を呼ぶのか当時いつも一緒に居た

友達もみな同様で、
片道1時間以上かけて厚木の山奥の校舎
までわざわざ行っているのに、

学食に集まりぐだぐだと下らない話をして、

授業をぶっちし(当時そう言ってた)、

必修だからと出席しようとする友達を
「えーー、行くのやめようよー」
と足を引っ張り合い、結局何もしないで

山奥の校舎から下校するという不毛な日々を

送っていました。


当時の我々の仲間の口癖は、
「うぜーー」
「なんかおもしれーことない?」
とかばっかりだった気がします。

それで結局どうなったかといえば、

私含め全員留年した訳ですが、

そのうち学校に全く来なくなったりして、

当時はまだ携帯も普及していなくて

(ポケベルだった)連絡がつかなくなって

いきました。


あれから15年。

あの頃の友達は今こうなった私を見て

どう思っているんだろう?

と時折思い出すことがありましたが、

昨日、うちの社員の知人の、そのお取引先を

通じて会えました。


渋谷ではたらく社長のアメブロ-2010082521350000.jpg
勇樹ちゃん。

学生時代、彼は日焼けサロンでバイトしてたけど

いまだに黒い。

私が出てたドキュメンタリーをたまたまTVで見た

時の驚きなどをリアルに教えてくれました。


彼は卒業できなくて、でも公務員になって、

副都知事を目指しているそうです。

自分の知らない世界の話を「へー」
と感心して聞いていると、都庁に勤めていると

副都知事に上り詰めることが頂点だそうで、

「晋が将来都知事に立候補して、
おれを副都知事に抜擢してくれよ」

と頼まれました。他力本願(笑)


なんだか当時のどうしようも無い悪友たちが、

今思えば、なんだか愛おしく感じました。


中山 は社長をやってますが、ともちゃんや究は

元気にしているかな?

これ見て連絡とれたらよくたむろしてた

下北のバーボンバーで同窓会やりましょう。ウイスキーロック