先週日曜日にお寺に行きました。
座禅瞑想コースに参加したかったのですが、その日行われていなかったので、参拝だけしてきました。参拝する人は誰もいませんでしたが、観音さまは微笑んでおられていました✨観音さまのお姿を拝見できて、とても嬉しくなりました♪
参拝客がいてもいなくても、観音さまは誓願のとおり人々を救ってくださるのですね✨
花も誰かのために咲くのではなく、ただ懸命に咲こうとしているだけ🌸
どんな状況であっても、一心不乱でありたいものですね!
先週日曜日にお寺に行きました。
座禅瞑想コースに参加したかったのですが、その日行われていなかったので、参拝だけしてきました。参拝する人は誰もいませんでしたが、観音さまは微笑んでおられていました✨観音さまのお姿を拝見できて、とても嬉しくなりました♪
参拝客がいてもいなくても、観音さまは誓願のとおり人々を救ってくださるのですね✨
花も誰かのために咲くのではなく、ただ懸命に咲こうとしているだけ🌸
どんな状況であっても、一心不乱でありたいものですね!
来る2026年の十干十二支は「丙午」。十干の丙は「木、火、土、金、水」という世界を構成する五要素・五行の「火」に属しており、太陽のような激しい熱を、十二支の午は元の植物の状態を表す字では「仵」であり、前の巳年(植物の状態を表す字も同じく「巳」)で成長した植物が、成長を止める時期を表している。この二つを掛け合わせて読めば、全力で最大限の成長を目指し、それを成し遂げる年という読むことができる。
前述のとおり、火のような強さで最大限の成長を実現する「丙午」は、一つ間違えばすべてを焼き尽くすほどの勢いを持っている。手綱を締めて、目標をしっかりと見定めて進んでいけば、次の大きな実りを得るために、勢いに乗ってラストスパートをかけていく、そんな2026年になるのではないだろうか。
なお、午年の守り本尊は、知恵の光で世界を照らす勢至菩薩。その光で人々を迷いから解き放つという。混沌の中から勢いよく抜け出す、迷いを捨てて夢に邁進する、そんな一年になりそうだ。
参考サイト
2026年の干支「午年(うまどし)」どんな年になる?馬が象徴する意味とは? | Discover Japan | ディスカバー・ジャパン
勢至菩薩とは、智慧の光で生あるものはすべて救済し、菩提心の種を与えるという菩薩です。観音菩薩とともに、阿弥陀仏の脇侍として知られています。大勢至菩薩とも言われ、力が強く、足を踏み下ろすと大地が揺れるという怪力の持ち主です。偉大な勢力を持つことから、大勢至の名がついたと言われています。 観音菩薩に似た姿を持ちますが、宝瓶を頭の上に持ち、智慧の水が入った水瓶があるのが特徴です。右手の親指・人差し指を伸ばされ、他の指は軽く屈する印を結ばれ、左手には未敷蓮華茎を持たれています。この未敷蓮華茎は「大日経疏」によれば、「衆生の心の中に大いなる慈悲の蓮華を発育され、清い心を譲り増長させる」と説かれています。阿弥陀三尊では、観音菩薩は阿弥陀仏の慈悲を、勢至菩薩は智慧を表すことでも知られています。勢至菩薩の智慧の光は、地獄道や餓鬼道へ人々が落ちないように、すべてを照らして救ってくれるといわれています。 勢至菩薩の智慧は、文殊菩薩の釈迦の智慧、虚空蔵菩薩の記憶の智慧とは異なり、人を救う強さの智慧を表していると言われています。
「観無量寿経」の中には「智慧を持って遍く一切を照らし、三途を離れしめて、無上の力を得せしむ故、大勢至と名ずく」とあり、この三途とは、地獄・餓鬼・畜生で、迷いと戦いの世界のことで、皆さんよくご存じの三途の川とは、亡者の罪の軽減によって渡る川があり、その苦しみから、智慧を持って救い、その亡者を仏道に引き入れ、正しい行いをさせる菩薩なのです。仏教が本来持つ教えと姿勢を、正しく単刀直入に、わかりやすく導いてくださる仏様でありましょう。
参考サイト
勢至菩薩 人を救う強さの智慧を持つ仏様 | 高野山真言宗紫雲寺(北九州市八幡西区)
写真はネットより ギメー美術館(フランス)鎌倉時代
一昨日から頭が痛くて、今も少し残っていますが、「色即是空」という四文字を280枚ほど書き続けました(笑)。その中で自分でも「これだ」と思えたのはわずか一枚だけです。幸いその一枚が残せたのは良かったのですが、どれもなかなかピンと来ず、やはりお経というのは難しいものですね!
「色即是空」とは、「色」は目に見えるもの、 「空」は目にみえないものを表します。
簡単で言えば、体の中に魂が宿っているということです。体がなければ、魂も存在できません。
今の私は頭痛を感じています。私は「色」であり、頭痛という「空(見えないもの)」を、この体があるからこそ感じています。
赤ちゃんが生まれくることも、まさに「色即是空」だと思います。お父さんの精子が、お母さんの卵子という空間に入り、受精卵となり、やがて子宮という空間に宿る。そこにお母さんが命を吹き込むからこそ、赤ちゃんは形となり、産道からこの世に生まれてくるのです。
人間という目に見える存在(五感を感じる)があるからこそ、愛や喜び、悲しみや欲望といった目に見えないものを受け取ることができます。人間は本当に幸せな生き物です。しかし、「色」と「空」のバランス(中道)をうまくとれないから、おかしくなってしまうのです。
食欲による食べ過ぎ、ブランド品に執着する虚栄心、歪んだ欲望による殺人、支配欲からの暴利や戦争などがその例です。
もし「色」と「空」を程よく調和させることができれば、「足りるを知る」心を持ち、もっとシンプルに、平穏で平和な生き方ができるのではないでしょうか?
般若心経には旧訳と新訳があります。「色即是空」という言葉は、四世紀に訳経家・鳩摩羅什(くまらじゅう)によって、「摩訶般若波羅蜜大明咒経」の中で訳されたのが始まりで、これが旧訳にあたります。その後、玄奘三蔵法師が翻訳した「般若波羅蜜多心経」にも再登場し、新訳として広まっていきました。
こちらの旧訳と新訳は大蔵経などを参考し、まとめさせて頂き、タイピングさせて頂いたものです。
熊に襲われる事故や水難事故などで、実際に命を落とされた方々も多くいっらしゃいます。
もしそのような状況に遭遇したときは、
「観世音菩薩 かんぜおんぼさつ」
「薬師瑠璃光如来 やくしるりこうにょらい」
と声に出して唱えてみてください。加護があります。
「妙法蓮華経観世音菩薩普門品」
「薬師瑠璃光如来本願功徳経」
には、衆生を救うという誓願が説かれています。
是非、日頃から唱えて続けてみてください。
自然と身につき、いざというとき、自分を守るおまじないとなります。
「観世音菩薩 かんぜおんぼさつ」

観世音菩薩の名前を聞き、お姿を拝み、心に念じなさい。
そうして空しく過ごさなかったら、すべての苦から必ず解放される。
たとえ害意を持たれて火の中に落とされても、観音を念ずれば、火の坑は池に変わる。
或いは、大海に漂流して、波風が激しく荒れても、観音を念ずれば、波に溺れることもない。
或いは、羅刹や毒龍、鬼に出会っても、観音を念ずれば、危害を受けずに済む。
もし猛獣に取り囲まれて、牙や爪が恐ろしくても、観音を念ずれば、どこかに走り去っていく。
毒蛇やまむしに襲われて、火焔の毒気を吐かれても、観音を念ずれば、念仏の声と共に向きを変えて去っていく。
雷鳴がとどろき、雨あられが降っても、観音を念ずれば、ただちに鎮まるのである。
参考サイト:観音経偈文 全文(ふりがな・縦書き)と意味の解説 - 本とか旅とか悟りとか。
「薬師瑠璃光如来 やくしるりこうにょらい」

住處において百怪出現せんに、此人若し衆妙資具を以て彼の世尊藥師琉璃光如來を恭敬供養せば、惡夢惡相
諸不吉祥皆悉く隱沒し爲患を為すこと能能はず。或は水火刀毒懸嶮惡象師子虎狼熊羆毒蛇惡蠍蜈蚣
蚰蜓蚊虻等の怖あらむに、若し能く至心に彼の佛を憶念し恭敬供養せば一切の怖畏は皆な解脱を得ん。若し他國侵擾し盜賊反亂せんに、彼の如來を憶念恭敬せば亦た皆な解脱せん。
参考サイト:藥師琉璃光如來本願功徳經(全巻書き下し) - 福聚講
こちらの「※四合経」は私の故郷、台湾のお寺でいただいたものです。
台湾のお寺では、多くのお経が印刷されており、無料でいただくことができます。
私はいつも、お賽銭を多めに入れてから、いただくようにしています。
「※四合経」とは
「金剛般若波羅蜜経」「薬師琉璃光如来本願功徳経」「仏説阿弥陀経過」「妙法蓮華経観世音菩薩普門品」
この4つのお経を一冊にまとめたものです。
昨年10月に母が他界しました。 ですので、今年の母の日は私にとって、人生で一番辛い母の日になります。これからもそうなると思います。
母が亡くなってから、その悲しみを受け止め切れず、毎日泣いてました。気付いたら眩暈が再発してしまい、勿論…残業等で、眠れないなどもありますけど…
すべてのことは、「中道」であると改めて思い知りました。
悲しみも含めて、どの感情も程よくにしないと、おかしくなるのを体感しました……
媽媽我永遠愛你
先月京都の醍醐寺に行くまでは何故、弥勒菩薩さまは宝塔を持っているのか分かるようで分からない自分でしたが、お目にかかってからその理由を知ることができました。 その本当の理由は「一切如来心秘密全身舎利寶篋印陀羅尼経 いっさいにょらいしんひみつぜんしんしゃりほうきょういんだらにきょう」というお経の中に書かれていました。
ネットより写真をお借りしました。
リンク:宝篋印陀羅尼経御利益など
一切如来心秘密全身舎利寶篋印陀羅尼経 梵字
唐三藏沙門大廣智不空訳
大正新脩大藏經密教部二第十九卷P711~713出之
その理由について
➀この塔は、一切如来の全身舎利が、ギッシリと積み集まった如来の宝塔である。
この塔の中は、一切如来の無量の肝要(最も大切)の法でる、心陀羅尼心秘密の蔵庫である。
この塔の中は、無量百千の如来身が、胡麻の子のように、隙間無く満ちているのです。
八万四千の仏の妙法のすべてが、この塔の中に満ちています。つまり、この塔は、一切如来の全身舎利そのものなのです。
以上の文章はhttp://www8.plala.or.jp/kanjizai/M198.html より引用
②宝塔を持つ仏像もありますが、大事なお釈迦様の仏舎利です。いかな菩薩や如来でも中々持つことは許されなかったご様子。 その中で持つことを許されたのが、弥勒菩薩でした。何故なら弥勒菩薩はお釈迦様の後継者だからです。「菩薩はいっぱいいる」とお思いかもしれませんし、直弟子のマハーカーシャーパですら持っていません。が、弥勒菩薩には「末法と呼ばれる世の終わりに現れて、仏の教えを持って全ての衆生を救う」という使命があります。未来の救世主としての重要な役目がある為、その証として宝塔を持つのです。 「ちょい待ち。弥勒菩薩ってあの片足組んだあの像でしょ?何も持ってない気がするけど?」という方。確かにそうです。 しかしあの半跏思惟像はごく初期の形態で、平安時代辺りからは違うポージングをとることが多くなります。時には僧形になったり、分かりやすい菩薩の姿(着飾った姿)をしていることもありますが、片手の宝塔が弥勒菩薩だと見分けるためのポイントです。
以上の文章はhttps://hobbytimes.jp/article/20171020l.html より引用
ここからは私自身が体験した話となります。梵字とのご縁の始まりはこの一切如来心秘密全身舎利寶篋印陀羅尼経がきっかけでした。長くなりますが、以下を読んで頂けると幸いです。
大学1年の時、当時留学生だった私がテストに追われ、徹夜の勉強に疲れて、そのまま机で頭を伏せて寝込んでしまった時、ある夢を見ました。夢の中、自分の部屋が浸水、そして呪文のような声が聞え、まもなく全身が痺れて動けなくなりました。。。とても怖くて、ただ一刻も早く机の上に置かれているお守り『一切如来心秘密全身舎利寶篋印陀羅尼経』の宝塔の写真に触れたかっただけでした。最初はほとんど動けなかった体が右手でお守りに触れた瞬間、その痺れが噓みたいに一瞬で消えていきました。その後、夢から覚め意識が戻りましたが、あまりの恐怖に私はそのまま動くのができませんでした。やっとの思いで目を開けようとした時、お守りに触れていたはずの右手が寝ている時のままの体勢だったことに気づき、その瞬間恐怖に耐え切れなく大泣きしてしまいました。。。
実際のところ、今回醍醐寺の弥勒菩薩さまを拝むまでは忘れていた記憶でした。今思うと、あの出来事は私の中で何年も神経質な出来事だったと思います。しかし、一方でこの出来事のおかげで私は日常で心の中でお経を唱えるようになり、また梵字とも出会えました。そして、今の自分があると思っています。
すべての出来事には、それなりの由縁があると思い知らされ、仏教の世界に導いてもらえたと思うと同時にすべてのご縁に感謝いたしました。
『醍醐』という語について、『涅槃経』は次のようにいう。譬えば、牛より乳を出だし、乳より酪を出だし、酪より酥を出だし、酥より熟酥を出だし、熟酥より醍醐を出だすが如し。醍醐は最上にしてもし服するものあらば、衆病皆除く。(本文は小学館ウィークリーブック 週刊古寺をゆく 醍醐寺P28 2001年4月10日)
快慶/鎌倉時代/木造・切金文様/像高112㎝/重要文化財宝冠や瓔珞などの装飾は菩薩の姿だが、印相や衣の着方は如来の姿。つまり、兜率天で修行を重ねて、菩薩から如来へと変身中のお姿だと解釈できる。快慶の傑作。(写真はネットより、文章はNHK趣味悠々2002年2月~3月京都ほとけ出会い旅 P76) 弥勒菩薩 梵字
先々週15年ぶり京都に行きました♪
一番最初は大好きな東寺に行こうとしましたが、醍醐寺のバスが目の前にあったので、そのまま導かされました。
よく本や雑誌、ネットで醍醐寺の弥勒菩薩さまを拝見したことがありましたが、お目にかかるのは初めてでした。正しく百聞は一見にしかずでした。三宝堂の中には入れませんので、畳10帖先くらい離れる距離でお目にかかりました。初めて見るお姿に何故か言葉に言い表せないほどの感銘を受け、炎天下40度の中でわけもなくいっぱい泣きました(笑)
また、お堂の配置もたいへん素晴らしかった為、今回の記事とさせて頂きます。
以下の写真には弥勒菩薩さまは中央にいらっしゃって、周りに弥勒菩薩さまを囲む梵字の装飾(写真の両端にある赤線)が飾られています。
(ポストの写真をお借りしました)
タラタという梵字だと思いますが、一人のお坊さんに何の菩薩さまの種字でしょう〜?と尋ねたところ、何かの華?の菩薩さまと教えて頂きした。何かの華を聞き取れないまま、そのお坊さんは団体様の対応の為、家に帰り着くまでわからないままでした。
昨夜ついに、謎が解きました♪
梵字の装飾は「華鬘けまん」と言います。今まで梵字の華鬘を拝見したことがなかったので、知りませんでしたが、「梵字大鑑」種智院大学密教学会編という本から以下の文献を知ることができました。
(以下の文章(PDF化)は「梵字大鑑」種智院大学密教学会編 P950、952より )
簡潔にまとめると、仏様のお供えにはお花とお香とお光が欠かせません。華鬘というのはお花のデザインが施されており、常にお花を仏様にお飾りしていることになります。
タラタは「金剛鬘菩薩」の種字で金剛界曼荼羅の成身会配置され、花飾りで荘厳し、世界を彩る菩薩です。仏教において菩薩の一尊。サンスクリット名を「ヴァジュラマーラー(Vajramālā)」といい、「嚩日羅麽㘑(ばザらまれい)」などと音写する。また「金剛鬘(こんごうまん)」、「金剛華鬘菩薩(こんごうけまんぼさつ)」とも呼ばれる。金剛界曼荼羅において内四供養菩薩の一尊であり、大日如来の心中より流出し、南輪宝生如来の徳を供養する菩薩として南西(左上)に配される。
金剛鬘菩薩 梵字
参考サイト四国阿波 八供養菩薩霊場・曼荼羅壁紙East Valley's Web Siteより
金剛鬘菩薩 ネットより画像をお借りしました。
大蔵経第18冊 密教部一 金剛鬘菩薩真言 P279より
金剛鬘菩薩さまの真言には、さまざまな文献の中にカタカナしか記載されていませんでしたが、持っていた大蔵経の中にも記載されていてとても嬉しかったです♪
弥勒菩薩梵字 金剛鬘菩薩梵字
すごく幸せを感じます♪
感謝の連続でした♪
久々書きました。
やっぱり梵字は大好きです♪
これから、不定期にアップしますので宜しくお願い致します。
一切の罪や悪事を取り除き
死者を成仏せしめるとする
この真言は
大日如来の真言、また一切諸仏諸菩薩の総呪とされています。
この真言を受持すれば、一切の罪業が除かれ福楽長寿を得ると言われます。また、この真言で加持した土砂を死体や墓にかけると、極楽往生すると信じられた。
(本文はやさしい梵字仏 知道出版社より)