婚儀の夜。
「……綺麗でした。…本当に」
そう幾度も言われながら固く固く抱き締められた後、ようやく熱く大きな体から解放されると
ウンスはうとうとと微睡みながら、夫となったばかりの愛しい人の腕に頭を預けた。
「…いいのかしら」
「何がです」
「こんなに幸せで。…いいのかなって、思っちゃう」
この幸せを手にする為に、言い得ぬ苦難を乗り越えてきた。多くの犠牲を払いもした。
だが、いざ目の前に”さあどうぞ”とばかりに、渇望して止まなかった夢にまで望んだものが置かれると、及び腰になってしまう心地もする。
「これからもっと…幸せになれるよう、努力いたします」
「必ず幸せにする、じゃないのね。約束できないから?」
ウンスがからかうように下から覗くと、
「寂しい思いもさせるやも知れぬ。されど、必ず守ります。俺が」
近衛隊長の任を解かれ大護軍となった今、いつまた戦へ出向くかわからない。
夫の安否を案じながら、屋敷で待つ日も多々あるだろう。いや、共にいられる日々の方が少ないかも知れない。
それでも、安全で快適な故郷を捨て、ウンスは”この人の側へ”と望んだのだ。
「幾度戦へ行こうが、必ず生きて戻ります」
「絶対よ」
「……はい」
ヨンが肩を抱き寄せて額に口を寄せると、ウンスは安堵したように目を閉じた。
閉じてゆく意識の中で微笑む夫を目の端に映しながら、その時何故かふと、ヨンが失ってきた多くの仲間、そして許嫁だった女性の影が頭に浮かんだ。
私がこの人を守ります……幸せにします。
ウンスはそう心の中で誓いながら、瞼を下ろした闇の中に身を委ねた。
◇◇◇◇
「撤収!逃げろ!」
その怒鳴り声に、弾かれるように走り出す。
先の見えぬ闇の中を力の限り。一瞬の遅れは死を意味する。
夢…?
ウンスは目の前の光景を不思議な心地で感じていた。
自分の物ではないように体が動く。
と、その時。何かに足を取られ、地面に投げ出される。
“死”
その一文字だけが頭に浮かび、ぐっと固く瞼を閉じた。
「メヒ!」
割れんばかりの叫び声が聞こえる。
ヨンの声だ。……メヒ?
メヒってあの人の許嫁だった…メヒさん。
足元を見ると、こちらへ襲い来る大群の群れを食い止めようと一人飛び込むヨンの後ろ姿。
しかし無茶だ。無数の兵に取り囲まれ、ヨン一人では防ぎきれない。
たちまちこちらへ迫り来る兵達を、立ち上がる隙も無く見上げた刹那
突然ぐい、と体が浮かび上がった。
ヨンにコエックスで攫われた、あの時と同じ感触だった。
ウンス、いや、メヒの体を片腕に担いだまま、その男はばさばさと目の前の敵を捌いてゆく。
いつの間に刀か矢でも刺さっていたのか、メヒの足に激痛が走る。生暖かいものが足をどくどくと伝う。担がれたまま、意識が遠のく。
が、ばちりと体に何かが走り、意識が戻る。
そして耳元に、地の底を這うようなその男の低い声。
「死ぬな」
いよいよ周りを敵に囲まれるが、男の手が持つ槍は微塵も動きを止めず、ひたすらに目の前の影を薙ぎ倒してゆく。
「隊長!後ろ!」
またヨンの声だ。
次の瞬間、槍を持つ男の腕が視界から消えた。
槍を握ったまま、腕だけどこかへ吹き飛んで行ったようにも見えた。
槍を握ったまま、腕だけどこかへ吹き飛んで行ったようにも見えた。
「隊長!」
ヨンが来る。
駆けつけた他の仲間とともに最後の気を放つ。
閃光と地響きが同時に辺りを襲う。
それを合図にヨンも片腕を失ったその男も、風に乗るように駆け出した。
男の肩に担がれたまま再び遠のく意識の中、
「私のせいだ…」
呟くメヒの心の声を、ウンスは感じた。