「お久しぶりですぅー。お元気ですかー!」
ウンスは屋敷の隅々まで駆け抜けるような声で挨拶をすると、様子を伺うように奥の気配に耳を澄ませた。
ややあって、屋敷の女主人が小さく咳をしながらウンスの方へ歩いてくる姿が目に入ると
「あー、いいんです、いいんです、寝ててください。私がそちらに行きますから」
ウンスは、「お邪魔しますねー」と軽い調子で言うと、まるで診察にきたとは思えぬような足取りでいそいそと屋敷にあがっていく。
礼を言う女主人にウンスは
「いえいえ、具合を悪くされたって聞いたので気になって。今私、すっごくヒマなんです。だからこうやって皆さんのお屋敷に診察に伺っているんですよ」
逆に医者としてお仕事させてもらって感謝したいぐらい。と微笑むと、
「あと二、三日ゆっくり過ごされれば元気になりますよ。あ、お代は大丈夫ですから。その代わり、開業したら是非うちの医院に来てくださいね。診察だけではなくて、お化粧品や小物なんかも置く予定なので」
そう告げながら、煎じた薬を枕元に残し”ユ医院、チェ家にて開業の予定。営業時間は追ってご連絡いたします”
と書かれた紙をちゃっかりと添えた。
「ただいまー」
ウンスが自分の屋敷に戻ると、普段は帰りの遅い夫が珍しく帰宅していた。
「あら、早いわね!どうしたの?」
そう言ったあと、ウンスはヨンの顔を見上げると、その二つの眉が困ったように眉間に寄っていることに気づき、押し黙った。
胸の前で組まれた太い腕。なにか言いたげな黒い瞳。
・・・機嫌が悪いのね。
不穏な空気を察して、そそくさと荷物を置きに横を通り過ぎようとするウンスに向かって
ヨンがその動きを制するように声をかける。
「どこへ行っていたのです?しばらく屋敷でおとなしくしているという約束だったはずですが」
「んー、そうなんだけど・・・ほら、落ち着いたらそのうちここで開業していいって話になったじゃない?
それなら前もって営業活動をしておこうと思って。ご近所の皆さんのお家をまわってたの」
遠くには行ってないから大丈夫よ。と肩をすくめるウンスに、ヨンはため息をつきながら組んでいた腕をほどくと、
妻が重そうに抱えている診察道具を持ってやった。
ウンスが天の世界から戻り、共に都へ戻って祝言を挙げてからまだそう長い月日が経ったとは言えない。
医仙が戻って来たなどと噂がたたぬように、もうしばらくは屋敷でおとなしくしている。ということになったはずであった。
「・・・どうせおとなしく暮らすことなど、できるとは思っていませんでしたが」
祝言の後、周囲にウンスを連れてまわったわけでもないのに、どういうわけかすっかり顔が知られている。
先日は何やら同じものを幾枚も使用人に書かせていたようであったが、営業活動とやらに使うものだったのであろう。
「そうなのよ。何もしないでじっとしてるとストレス溜まっちゃって」
さすが旦那様、私の性格をよく分かってるわね。と、
嬉しそうに微笑んだあと、ヨンの視線に気づき慌てて反省している風に顔をつくるウンスに、ヨンは思わず口元を緩ませた。
「まったく、しょうがない人だ」
一度緩んだ表情を悟られぬように依然として不機嫌を装うと、ヨンは先程妻から取り上げた荷物を持って、部屋へと向かうべく廊下を歩いた。
後ろから渋々とついてくる妻が、自分の背中へ向かって舌を出すと聞こえぬように小声で
「い・し・あ・た・ま」
と言っている様子は振り向かずともわかる。
なにが腹立たしいって、妻の笑み一つで全てを許してしまいたくなる己が腹立たしい。
この先のことを思うと頭が痛くなることばかりだ。しかし、策はある。
難しいようで単純な策が。
・・・ただ、守ってやればいいだけだ。俺がこの人を、一生ずっと。
歩みを緩めて妻の横に並ぶと、空いた手を差し出す。
ウンスがその手に気づき微笑むと、手に手を重ねる。
細く柔らかな白い指を、花びらを握るようにそっと優しく包み込むと、
再び出会えたあの時から毎日のように、ウンスの顔を見るたびに幾度となく繰り返し心に浮かんでくる言葉が、またヨンの胸の内にこみ上げる。
二度と離すまい。決して、何があろうと。
「愛する」、という天界語が、頭を過ぎる。
ヨンはウンスの温もりを確かめるように、もう一度妻の手を握り返した。
終
お久しぶりです^^
痴話喧嘩のあと仲直り。という、お約束のパターンですが、久々に書いてみました。
えーと実はですね、ずっと前にご紹介させていただいた、和泉さんと私の共同制作ブログ(管理人名:そめ)ですが、以前2人で作ったお話を更新しました!とお伝えしたくて出てきたのですが・・・
話中のウンスのように「お久しぶりですぅー。お元気ですかー!」と言いたくて、
ご挨拶代わりにちょこっと小話を書くつもりが、前置きが長くなってすみません!
よろしかったらコチラからお立ち寄りくださいませ。→「Forest of Iris」
久し振りに書いた小話を最後までヨンで(この言い方も久々に書けて嬉しい^^)くださった皆さん、ありがとうございました。
やや多忙なため、こちらのコメント欄は開けずにおきますが、また忘れた頃にひょっこり出てこれたら嬉しいです♪