高麗に根付く⑥終 | 信の虹 ー신의 nijiー

信の虹 ー신의 nijiー

ここは韓国ドラマ「信義」の登場人物をお借りして楽しんでいる個人の趣味の場です。
主に二次小説がメインです。ちま(画像)の世界も大好きです。
もしも私個人の空想の産物に共感してくださる方がいらっしゃったら、
どうぞお付き合いください^ ^


早朝、ソリョンは母に言われたとおり母屋へ行くと、なるべく音を立てぬよう厨房に入り、用意して来た握り飯と幾種類かの御菜をそうっと置いて帰ろうとした。

「今日は暇を与えたはずだろう。」

背後から急に声がして、思わずきゃっ。と叫び後ろを振り向くと
悪戯っぽく笑みを浮かべ、腕を組んで壁に寄りかかっているヨンが居た。
そして長い人差し指を口元に当て、
「ウンスが起きてしまう。」と小声で囁いた。

「も、申し訳ありませんっ。でも旦那様が脅かすから、、」
ソリョンも小声で言うと、では私はこれで、と言って、外に出ようとした。

「チョソンにも礼を言っておいてくれ。」と言うヨンをちらりと見ると、
着物が少しはだけ、胸元からたくましい筋肉がのぞいている。
ソリョンは返事もそこそこに、慌てて離れの自宅へ帰っていった。


おでこ、鼻、唇、、
ヨンが優しく口付けてくる。
あぁ私、なんて幸せなんだろう。
昨日まで毎夜不安な気持ちを抱えて、一人で寝ていたのが嘘みたい。
「ヨン、、。」


「何でしょう。目が覚めましたか。」
その声を聞いてはっと目を覚ますと、寝ていたウンスの顔を優しく指でなぞるヨンの顔が目の前にあった。
「いえ、ね。ちょっと夢を見てたみたい。」
「俺のですか。どんな?」
「んー、教えない。、、幸せな夢よ。
あ、朝ごはん?どうしたの、これ。」
「ソリョンが。ここで一緒に食べましょう。」
寝室で朝御飯なんて、なんか贅沢ね。ルームサービスみたい。
と、久し振りに天界語を混じえて喜ぶウンスに、ヨンの顔は綻んだ。




「ねえ、ちょっと話しがあるんだけど。」

「またその話しですか、、。」
子供の様に米粒を頬につけたまま話すウンスを見ながら、ヨンは顔をしかめた。

北地から都に着いた時から、なるべくこの話しは避けてきた。
ウンスには、まだこちらの生活に慣れてないから。まずは祝言を挙げてから。
七日に一度、お忍びで王妃様の診察に行っているでしょう、それで十分。などと、
何とかはぐらかしてきた。

わかっている。
ウンスが屋敷に一人でじっとしていられる人では無いということも、
自分と離れて一人で苦労した間に身につけた、天界の器具に頼らない技術を
この地で医員として活かしたいということも。

それでも。
「心配なのです。またあなたの事が人々に知れ渡り、危ない目にあったらと思うと。
、、俺の妻として、屋敷に居てはくださらぬか。役目がそれだけでは足りませぬか。
とにかくあなたを、、護りたいのです。」
頼むから。という目で、ウンスの瞳をすがる様に見つめた。

「あなたの気持ちはすごく嬉しいけど、、でもね。」と、ウンスは続けた。
でも私、守られる為にここに必死で戻ってきたんじゃないわ。
だってそうでしょ、ただ安全に暮らしたいのなら、とっくに天界に戻ってるわよ。
あなたに守って貰わなくても、何不自由無い平和な暮らしを送れるもの。
でも、あそこにはあなたは居ない。ここじゃないと私は生きれない。
でもただ生きてるだけじゃ駄目なの。
戦の間、毎日毎日あなたの帰りを一人で待って、夜な夜な心配して不安になって。
せめて昼間はちゃんと仕事をして働いて、私らしく生きないと、自分が自分で無くなりそうなの。
あなたの言っている事もわかる。
やっとあなたに再会できて、奥さんにもなれて、毎日無事に暮らしてる。
これ以上望むなんて、我儘なのかも知れない。
でもお願い。
生きるからには私らしく胸を張って、あなたの居るこの地で、生きていきたいのよ。

ヨンは、"あなたに守って貰わなくても"という下りにちくりと胸を痛めながら、
溜息をついて天井を見上げた。
幼い頃、亡き父と釣りに行った時の事を思い出す。

一匹目、やっと釣れたはいいが、魚を掴めずに、逃がしてしまった。
二匹目、次こそはと思い、力任せに鷲掴み、籠に入れようとした。
すると魚は外からの強い力に腹が裂け、臓物をどろりと出して死んでしまった。

父は笑って幼い息子に言った。
ヨンや、手に入れたいものは確りと掴まねば手に入れられぬ。
だが、逃すまいと握り潰しては壊れてしまう。
良い加減。良い塩梅。これが肝心。
そして己にとって大事なものを手に入れたら、それを生かしながら大切に扱う事が必要だ。
手元に置いておこうと箱の中に閉じ込めて置いては、釣った魚を美味く食さず、かと言って池に離して生かしもせずに、死なせて籠の中で腐らせるのと同じだ。
わかるか?

幼い自分の頭をくしゃっと撫でた、大きな手を思い出す。
ヨンはもう一度、長い溜息をついた。
「いっその事、貪り食って俺の腹の中にしまって置けたなら、どんなにいいか。」

「え?なに?ご飯足りなかった?あと一口ならあるけど、、食べる?」
と、本当はあげたくないんだけど。という素振りで、ウンスが手に残った握り飯をこちらに差し出してきた。
その顔をまじまじと見て、ヨンは呟いた。

「結局、、俺はあなたには勝てません。どんなに手を尽くしても、意のままにならぬ事もあるのだと。勝てない戦もあるのだと。そんな当たり前の事を、改めてあなたに教わりました。」
「?。なにが?戦?」
「いえ。ここにある米粒で結構。と言ったのです。」

そういってヨンはゆっくりと顔を近づけ、ウンスの顔についた米粒を一つ、二つと、
まるで獣が獲物に噛み付く様に口付け、貪るように食べた。