長寿の樹って 目をみはりますよね
幹とか根とか 立派だし
一回 屋久島に行ってみたいなって 思います
ただ、最近昔と少し考えが変わってきた気がします。
昔はただ すごいなー って それだけでみていました
でも長生きの樹は その場所の歴史をみてきているんですよね
60年以上生きている樹は 戦争も体験しているわけで
もしかしたら その樹の近くで人が亡くなったかもしれない
空襲で逃げて 逃げて 逃げて やっとたどりついたのに
なにかしらの 思いを 伝えられないままに その樹のしたで
ひっそりと 息を ひきとっているかもしれない
樹はそれでも 黙って そこに 立っている
人の数だけ歴史はあるっていうけれど
歴史の量だけ、その樹とのかかわった人があるんですよね
楽しい思い出も 悲しい思い出も
そんなの、人の思い出だから、樹には関係ないのだろうけど
やっぱり私は人だから、人の目線で樹をみてしまいます
だから、そんなたくさんの歴史を
体に蓄積しながらも 静かに そこに立っている 樹
もし樹が喋ることができたなら、人間のような感情があったのなら、
そんな風にそこに立ち続けることはできないんじゃないんじゃないかな
きっと もっとはかないものに なってしまうんじゃないかな
そういう風に考えると やっぱり樹って強いなって思うのと同時に
なんだか とても 怖いような 寂しいような そんな気持ちになります。
こういう気持ちを「畏敬の念」っていうんですかね