香川県内のかなり山奥にある道の駅で一泊した後、県境の峠を越え、吉野川沿いの国道192号線を徳島市へ向かった。
徳島県内ではかつて三好市(旧池田町)のスーパーで買い物をしたことはあったが、徳島市では初めてである。
池田は狭くなった吉野川の両サイドになだらかな丘が連なり、その上に人家の並ぶヨーロッパによく見る美しい景観町だった。
しかしここ美馬まで下ると周囲の平地も広くなり、山間ぽい雰囲気はなくなっていた。
徳島市で行きたい最初の場所は徳島ラーメンの老舗である『いのたに』。
実は徳島ラーメンを食べるのは今回が初めてではない。
1980年代に、全国各地の地方ラーメンがこの世にカミングアウトした。
それ以前からあった札幌、福岡に続き、喜多方、佐野、横浜、熊本が来た。
徳島ラーメンもその一つであった。
しかし徳島に行くのは遠いし、不便だ。
陸の孤島のようなものだった。
以前にはいったいどうして行ったのだろう。
和歌山、大阪、神戸などから船か、それとも飛行機か。
1990年代後半になって明石海峡大橋や、淡路島の高速道路、鳴門海峡の大橋の開通により、やっと車でも行けるようになり、不便さは解消された。
最初に行ったのはその頃だろう。
徳島ではケーブルカーで山の上の展望台に上ったのは覚えている。
そして徳島ラーメンの店に入ったのはのも覚えている。
しかしどこの店だったのかは忘れた。
茶色のラーメンの上に生卵が乗っていたのは覚えている。
当時豚骨醤油の茶色系のラーメンはどこにもなかったので、珍しい味だと思った。
いや、あったかもしれないが、ネットのないこの時代に探すのは難しく分からなかったと言ったほうが良いかもしれない。
またラーメンの上に生卵も、自分は家でインスタントラーメンの上に生卵を張ったことはよくあったが、店でもこんなことをやるのかと思ったことを覚えている。
さて徳島ラーメンの老舗『いのたに』はスマホで調べてすぐにわかった。
ナビよりこちの方が素早い。
店の前には行列が。
しかし連休中ににもかかわらず、この程度はたいしたことはない。
30分くらいの町で入れた。
店はカウンター席。店にとっては客の長居を避けるのと、合理的に客をさばくのには適している。
またメニューの表を見るとビールなどの酒類もないか。
ラーメン単品で他のごちゃごちゃした中華料理のメニューはない。
これこそがラーメン専門店だ。
店主もラーメンのみにその創作能力を集中できる。
壁には沢山の有名人の色紙が貼ってあったが、その中で非常に珍しいものに目が留まった。
それは真実一路の座右の銘を書いた安倍晋三氏のサイン。
ここに立ち寄った平成19年は第一次安倍内閣の年で総理大臣在任中である。
下の月日が七と読めるような気がするので、ならば7月にあった参議院議員選挙で応援のため徳島に来た時のものだろうか。
この選挙では負け、その他の不祥事が立て続けに起こり、また自身の腸の病気もあったりして、9月に退陣となり麻生氏に総理の座を譲った。
今となっては非常に貴重なサインとなり、店にとっては財産だろう。
そのうち注文した中華そばが出てきた。
生卵は50円の別注である。
このとんこつ醤油は今では結構全国的にも多いので、特に珍しくはないが、均整のとれた親しみやすい味だった。
全国には店主独自というか、特別な開発味というか、さまざまなコンセプトを持ったラーメンが多い中、今ではこの徳島ラーメンも普通のラーメンのように感じてしまう。
20年前には多少の違和感があったような気がするが、今ではなんでもないおいしいラーメンだ。
豚骨と脂の好きな自分にとっては好みのものだ。
全国各所に存在する豚骨醤油ラーメンはひょっとしたらこの徳島ラーメンがその元祖かもしれない。
もう一つ別な店に行こうかと思ったが、やはり血糖値の関係でやめた。
また食べ物に限らず、何事ももう一つと思った時にやめるのが一番良い。