もしも誰かを信じることがあったら、その気持ちと比例するかたちで、裏切られて傷つくことを想定しなければならない。まあこれは悲観的な僕みたいな人間の思考だけれど、誰かに信じ信じられる関係は、恋愛という概念を持ち出すまでもなく、相思相愛ってやつなんだろう。
見返りを求めることなく、他人に優しくできるのは、無償の愛なんて呼ばれたりするけれど、それを実行するのに理由はいらなくて、サクリファイスとまではいかなくとも、自分を犠牲にすることを厭わない人を聖人って呼んでもいいのではないか。
人間はひとりでは生きてはいけない、って言葉に眉をひそめる人種がいるのも確かで、しかし友好的にしろ敵対的にしろ他人との関わりがなければ、それこそ生きる意味を喪失してしまうんじゃねーのかな。
気持ちってのが軽視されがちな現代で、どれだけ自分を信じられるか、信じてもらえるか。
己のすべてをぶつけても構わない問題というハードルがあるってことがなによりのしあわせってことを、もしかしたら盲信してもいいのかもな。なんて。以上。
椎名まじめ