以下の不妊治療の記事を書いてから、3年3ヶ月、続きを書くのがほったらかしになっていました。
これから記憶を辿りながら、少しずつ続きを書きたいと思います。
2018年にがんサバイバーの夫と婚活で出会い、結婚後2回目の生理がきたころ。
やはり年齢的にも一刻の猶予もないだろうと思い、
夫に人工受精をしようと私から言い出しました。
夫の凍結精子は、リプロダクションセンターのある大学病院に保存されていました。
最初、その大学病院の説明会に夫と行ったのですが、そこは採卵が無麻酔だと知り、私は絶対に無理だ!と思いました。
また、私は大学病院が必ずしも不妊治療に適しているとも思っていなかったため、ちゃんと専門の、成功率の高いクリニックを探して、そこでやりたい、と夫に話しました。
ところが、凍結精子を別の場所に移動するのは結構なお金がかかること、また、夫が大学病院以外を選択するということの発想をまったく受け入れられなかったため、
「何で?」
という感じでした。
そもそもが、大変お金がかかる不妊治療。
(今は保険適応されましたが)
あそこ(大学病院)でやってもらえるのだから、わざわざそんな無理して移すことない、まずは此処で、という夫の意見には私も強くは反論できませんでした。
でも、あの時ぜったいに引くべきではなかったと、今でも後悔しています。
(おそらくそれでも、当時の夫の理解は得られなかったと思いますが、、)
そして、その大学病院で私は、乳がん、抗がん剤、関節リウマチを経験した今でも、ずっと忘れることのできない、痛み、そして一生許せない、という心のトラウマを経験することになりました。
