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Japan:Emotional goodbyes at funeral
CNN東京支局キョン・ラー記者のレポート。

はじめはCNNインターナショナルで放送されました。
とても評判がよく、本国アメリカCNNの人気アンカー、アンダーソン・クーパーの番組で
再度取り上げら、全米で放送されました。

タイトルは「葬儀での感情的なお別れ」

私の想像ですが、たぶんご遺体には酷い損傷があったと思います。
その息子の顔を、友人とはいえ見せることには大変抵抗があったと思います。
ご家族のお気持ちをお察しします。
(注:ビデオにはそのようなシーンはありませんが、 一部、ショッキングなシーンもあります)

英語の動画はこちらから

http://cnn.com/video/?/video/world/2011/03/21/lah.japan.no.time.grieve.cnn


(以下、翻訳)

日本の震災は余りにも死者が多く通常の葬儀ができません。
16歳のすがわらひろきさんは、この毛布の下にいます。
彼の両親は避難所に彼の遺体を運びました。
津波の後に両親ができる最高の葬式をするためにです。

「希望を失ってはいけない。ひろきの為にも生きて欲しい」
父親は友人達に話しかけました。

既にこの友人達は2人の仲間を失っており、ひろき君は3人目の犠牲者でした。
あの日、ひろき君は高台にある高校にはいませんでした。
そして、彼の遺体は瓦礫の中から発見されました。

16歳のたくま君はひろき君と一緒にサッカーをした仲間でした。
「一番の友達だった親友を若くして失った。
 ひろきの分も頑張って生きなければだめだと思う」

この陸前高田市では、多くの人々の命が失われていきました。
ここは最も津波の被害が大きかった地域の一つです。

消防隊は一人の中年の女性の遺体を見つけました。
他の遺体と同じように身元不明で、ブルーシートで覆いトラックで運ばれていきました。

救援隊は、花とお茶を供え、黙祷を捧げます。
数秒後、また捜索に戻っていきます。

CNN東京支局キョン・ラー記者
「これほどの大きな規模の喪失感には、大人でも対応が難しいものです。
 子供達にとっては訳がわからないものでしょう。
 子供達がどれだけ衝撃を受けているかを知るにはまだ時期尚早かもしれません。
 しかし、支援団体によると数千人の子供達が、数年は立ち直れないような
 精神的なダメージを受けているといいます。」

アンドリュー・ワンダーさん(Save the Children)
「私達は、既に悪夢をみている子供達との会話を始めています。
 彼らは不眠症になっています。
 彼らは海を恐れており、また波が襲い掛かってくると信じています。
 彼らは室内も怖がっています。
 地震で激しく壊れていくところを見ているからです。
 ですから、間違いなく多くの子供達は問題を抱える可能性があります。
 深刻な問題です。
 子供達にとってこの悲劇と折り合いをつけるのは難しいのです」

ひろき君の友達との即席の葬儀は終わりました。
家族からのお礼のあと、父親は息子に毛布を掛け、立ち去りました。

数秒の間、友達は泣きました。
そして、避難所にに戻っていきました。

この災害とまだ戦っていかなければならないからです。



2011-03-22
NNのベンがエジプトからリビア東部に入り
レポートをしている。
彼は西側諸国のテレビ局特派員として最初にリビアにはいった。


英語原文: CNN.com  http://on.cnn.com/fMF8PK



「あなたのパスポートを見せてください。」
リビアの国境で、AK47を持った平服の若い男が言った。

「何のために?」
運転手が答えた。
彼は、たくましい髭ずらの男で、ちょっと前に私達を迎えに来たのだ。
「ここに政府はないんだ。何が問題なの?」
彼は苦笑と共に入国審査を通り過ぎた。

リビア側では、入国審査も税関もなかった。

私は以前、タリバンに揺れるアフガニスタンや
サダム・フセイン政権崩壊後のイラクで同様の光景を見たことがある。
政府人間が突然いなくなり、一つの混乱がもう一つの混乱を生み出す。

リビア側の国境では男とそして10代の少年達が、
警棒やピストル、マシンガンでささやかな秩序を確立しようとしていた。

吸う弱人のエジプト人労働者達がリビアから脱出しようとしていた。
小さなバスの上には、かばんに毛布がうず高く積み上げられている。

エジプト側の管理官によると月曜だけで15,000人もの人々が
リビアから国境を越えてエジプトに入国した。

「ようこそ、自由なリビアへ」
1人の武装した青年が声をかけてきた。

「自由なリビア」は驚くほど普通の状態だ。
国境地帯を離れ、ガソリンスタンドで給油した。
いくつかのお店は営業しており、電気も正常。
海外には電話できないが携帯電話も使える。
しかし、インターネットは数日間、使えない状態だ。

しかし一方では、私達は平服に武装した若い男達に
車を止められ、身分証明書を確認され、質問をされた。
まわりの皆は2/15以来、リビアに入ってきた最初のテレビ・クルーに
驚き、歓迎してくれる。

人々は明るくかった。42年間(ほとんどのリビア人より長い期間だ)の
カダフィ支配から脱したことを考えると理解できる。

国境から離れ西側に向かう間、
運転手が、カダフィ家族とその取り巻きの罪について解説してくれた。

「この凸凹の道路をみてください。
ここは4車線の高速道路だったのです。
あの別荘を見ましたが?
カダフィの息子が建てたもので政府のお金で立てたのです。
あの家は、カダフィの息子が持ち主から奪ったのです。
あれは、軍の士官がトリポリに逃げ帰る直線に弾薬に火をつけて後です。」

運転手のアドバイスはとても有益だったと思う。

「もし、カダフィ派の軍に止められたら
あたなはドイツの医者だといいなさい。
ジャーナリストと言ってはだめだ。」

私達は最終目的地(これは公開できませんが・・・)である
何の変哲もない別荘に到着しました。
ここで興奮したたくさんの男達に迎えられました。

終わりのない握手、抱き合っての挨拶の後、
ダークコートを着た50代の男性が人々を押し分けて入ってきた。

「ぜひ世界にここで何が起こっているかを伝えてください。
 私達はあなたが見たいものは何でもお見せしましょう。
 何でもです。」

彼は、自分は反体制派のリーダーの1人だと名乗った。
彼はアメリカで勉強したが、1970年代の反カダフィの抵抗運動で
3年間投獄され、学歴が短くなったというのだ。

彼は私達の宿舎に同行して、私達にアメフトや野球、
彼が勉強したアメリカの大学について質問してきた。

彼から得た情報は、リビア東側の陸軍は反体制運動に参加したと。
しかしまだ親ムバラク派の運動もあるので十分に注意しないと
いけないということ。

リビアの東側の人々は、カダフィ政権との戦いは、
まだまだ厳しく続くことになるだろうと認識している。
カダフィがその力を維持するために、
戦闘機や傭兵などあらゆるものを使用することが予想されるからだ。


国境で1人の男が私に聞いてきた。

「今日、(首都)トリポリでは、ヘリコプターや戦闘機が
反体制派に使われたの?
これは量虐殺だよ 」



筆者
※ 荒訳なので間違っているところがあれば教えてください。

2012/02/16 12:00~ CNNj「AC360」
※荒訳ですので、後ほど修正を入れます。




アンダーソン・クーパー

ある女性が命をかけてメッセージを送ろうとしています。
彼女を仮に「サラ」さんと呼びましょう。
彼女の友人の一人は殺され、また逮捕された人もいます。
非常に偽善的なのがイラン政府です。

この映像をご覧ください。
多くの人々が「イランの野党指導者に死を!」と叫んでいます。

<CNN.comの動画>
http://cnn.com/video/?/video/world/2011/02/15/todd.iran.threat.opposition.cnn


実はここはイラン議会で、かれらは議員なのです。
議員達が、「死を!」と叫んでいるのです。
もしアメリカの議会でこのようなことが起こったら
あなたはどう思いますか?
イランではこのようなことが普通に行われています。

このような状況でイランの人達は、政府への信頼を失い、
大きな反政府デモがいま起こっています。
ただ、外国メディアはイランでの取材ができないため、
情報は多くありません。
しかし、YouTubeなどに多くのビデオがあがっています。

イラン政府はインターネットを遮断し、携帯電話も止めようとしています。
またデモの取り締まりも強化しています。

アフマディネジャド大統領は、
「市民は自由を求める権利があり、彼らは自分が望む指導者を選ぶ権利がある」
と言っていました。
しかし、それはエジプト国民に対してのコメントであり、
自らの国民に対してではありませんでした。

アフマディネジャド大統領は、
今回のデモは、国内で自然に発生したものではないと言っています。
国外のイランの敵たちが扇動している、と言っています。

この偽善的な態度を、オバマ大統領も聞き逃しませんでした。

オバマ大統領
「非常に皮肉なことです。
 エジプトのことは祝っておきながら、
 自分の国では正反対なことをやっている。
 平和的に自分達の意思を表明している人達を厳しく取り締まっているわけですから・・・」

この映像をご覧ください。
2年前、ネダさんというデモ中に射殺された女性の
平和的な追悼デモで、警察は人々に暴力を振るいました。

これは夜の映像です。
人々の泣き声が聞こえてきます。
「神は偉大なり! 独裁者に死を!」と叫ぶ声も聞こえてきます。


これから、この若いイランの学生を、仮に「サラさん」と呼びましょう。

これからの彼女の行為は死にも値するものだからです。
彼女はイランで抗議デモに参加しています。

少し前に電話で話をききました。

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アンダーソン・クーパー(以下、AC)
「あなたは抗議デモで何をみましたか?」

サラ
「暴力的なデモにはしたくない思っていましたので、
 政府に反対することは何も言いませんでした。

 私達は大きな広場から平和的に行進を始めました。
 行進を始めると、革命側の人達が私達の行く手を遮りました。
 しかし、私達はその制止を振り切って、行進を続けました。

 ところがある広場からデモが止まってしいまいました。
 いろいろと前進しようと試してみたのですが、
 全く進めなくなりました。」

AC
「あなたは昨日、街にでることは怖かったですか?」

サラ
「もちろんです。何が起こるか分からなかったので。
 でも、大勢の人達が街に出てきたのをみて、とても嬉しかったです。」

AC
「暴力的なことはありましたか?」

サラ
「はい。私達のデモが阻まれたときに小競り合いになりました。
 あまりにも攻撃がひどかったので前進できませんでした。」

AC
「警察が催涙弾や警棒で取り締まっていると聞きましたが、
 あなたは見ましたか?」

サラ
「ええ。それはいつものことですから。

 予想していました。」

AC
「警官が人々を殴ったりしているところを見たのですね?」

サラ
「ええ、私の隣の人も殴られました。」

AC
「殺された人も知っていますか?」

サラ
「ええ、残念ながら。

 同じ美術大学の友達の一人、サナ・ジャレイが昨日殺害されました。
 いま私は喪に服しているところです。」

AC
「イランの人達は世界中の人々にどんなことを知ってほしいですか?」

サラ
「他の人のことは分かりません。

 私自身のことで言えば、私はとても普通な人なのです。
 私は自分の権利を求めて、戦っています。
 いま世界は、「自由」へと流れています。
 その流れの中に、私達イランの人々もいるということをとても嬉しく思います。」

AC
「イラン政府は、エジプトの反体制派を賞賛しました。
 しかし、あなた達がデモを行うと取り締まります。
 このことをどう思いますか?」

サラ
「正直ではないのでしょう。
 そういうことは、この国はよくあることです。
 私の個人的な見解ですが、全く正直ではないと思います。」

AC
「いまこうやって私と電話で話していることは
 とても怖いことですか?」

サラ
「はい、とても怖いです。
 でも私は、こうしたかったのです。
 私の友人の一人が殺害されました。彼は26歳でした。
 今日、私が殺されてもおかしくありませんでした。
 彼は銃を乱射されたときに撃たれたのです。
 
 私は彼が撃たれた広場に行こうと思ったのですが、
 止められてしまいました。
 いま彼をとても身近に感じています。」

AC
「自分が彼のようになってしまったかもしれなかったのですね?」

サラ
「そうなのです。
 殺された人は、大学だけでなく、今回の“緑の運動”の仲間でもありました。
 彼のために、こうやって話しているのです。」

AC
「イラン政府は、あなた達は、扇動者であり、
 外国の政府の回し者だ。本当に自由を求める運動ではない
 といっていますが、どう思いますか?」

サラ
「私の場合、私が自分でこの運動に参加しようと思って
 デモに出ています。

 私はまったく普通の人なのです。
 
 前の選挙で私は投票所に行き、自分が正しいと思った候補者に投票をしました。
 ところが、その結果が・・・私は専門家ではありませんが・・・
 まるで詐欺のようなものになりました。
 皆がそう思っています。」

 (電話が急に切れる・・・・)

AC
「サラさん?・・・・・・・」

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END