今頃だと、おかしいのかも知れませんかねえ。 |  もともと偏屈男の世迷い言

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【2011-11-11(金)】

 

 今日ついうっかりとポッキー食べちゃってたんですよねえ、一年位前から冷蔵庫の奥に入ってたやつなんですけどが。


 

 民主主義には限界があるのかなあって思える最大の要因は、それ自体が結局は「利害関係の調整」の為の道具に過ぎないってことなんでしょうかねえ。

 

 「声が大きいもの」や「力の強いもの」がのさばらないようにしようとして、その代わりに「数の多いもの」を優先しようとしたことには間違いは失かったんでしょうねえ。

 

 けどが、「数の多いもの」は結局は「声が大きいもの」や「力の強いもの」と何等変わりはしないじゃないかというとこ迄辿り着いちゃったんでしょうかねえ。

 

 政治というものを、若しもひょっとかして世の中を良くする為にあるものだと信ずるならば、「利害関係の調整」をすることがそうだと考えることはピント外れなことなんでしょうかねえ。

 

 本来、民主主義に基づいた政治というものにも少々無理があったんですかねえ。

 

 徳を行うことが即ち政治というものだとすれば、数の多寡で行う政治が徳を実践できる筈は失かったってことなんでしょうかねえ。

 

 然は然り乍ら、自分のここ迄は良くも悪くもそれで済んできていたので、何の文句も失いんですよねえ。

 

 却ってこの半世紀を掛けて、民主主義ということが万能では失いのかなあって考えさせて貰ったり、政治というものの本質とは何なのかなあって考えさせて貰ったりしたことに対しては、非常に幸せな時間を過ごさせて戴いたと感謝してるくらいなんですよねえ。

 

 唯、じゃあその先は何があるんだろうって考える時間はもうそんなに残ってないだろうなあって思うと、何かほっとしているのが半分で、惜しいことしたかもなあって感じてるのが半分ですかねえ。

 尤もこの偏屈男、民主主義を越えるものは何があるんだろうかとか、政治の現れ方ってどんな風のがいいんだろうかっていうことなんかに附いてを考える程の知識は持ち合わせてはいない筈ですしねえ。

 

 多分、これからの人達はその辺は心得てらっしゃるんだろうなあと思ってるんですよねえ。