豊かさ  パート13 |  もともと偏屈男の世迷い言

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【2011-08-01(月)⑭】

 

  ※ 前以て 豊かさ パート1~12 を読んでからをお勧め致します。

 

  分相応と訴求力との兼ね合い

 

 「人は自分の分を知れ」という考え方がありますけどが、それは一方では「伸び代ろ」というものを無視した考えになってしまうんですかねえ。

 

 まだ自分というものがどんだけのものか見当も付かないで、世の中ってもんがどんだけのもんかなんて考えることも失ければ、自分も世間も無限なんだって感覚で居続けられますかねえ。

 

 求めて求めて、そして求めれば求める程手に入れられるものが増えていって、欲しがれば大概のものを持つことができるようになれば、豊かになったんでしょうかねえ。


 

 その人なりにそれぞれが或る程度のところで、自分を見切って、世間を知って、ここら辺までかなあとしたところで手を打つことができれば、そこで豊かになってるんでしょうかねえ。

 

 それを「分相応」と言うんでしょうかねえ。

 

 「訴求力」さえ失なわずにいれば、相応の分なんてものを決められて堪まるかってことなんでしょうかねえ。

 

 「豊かでない」の反対が「豊か」だとしても、「豊かさ」の中でも差があるのはその所為なんですかねえ。


 

 「豊かさ」の中で色々差が付いて、それは結局個人的な事由ということで片付けてもいいことにしたとしても、「豊かでない」方の口は個人的事由で片付けちゃっちゃあいけないものが混じってるんですかねえ。

 

 そっちの口はどうすればいいんでしょうかねえ。


 

 思い付く儘にランク分けしたらどうなりますかねえ。

 

  豊かS  大概のものは手に入れられて、尚も求め続けて行くこと

        ができる。

 

  豊かA  大体は手に入れて、この辺ならと手を打てる。

 

  豊かB  まっそこそこならそこそこで満足しようと納得している。

 

  豊かC  上を見たらきりが失いから、この辺ならいいとするかと言

        い聞かせられる。

 

  豊かD  満足はできないが我慢することはできる。

 

  豊かでないD  満足できないし我慢もできないが諦めることはでき

            る。

 

  豊かでないC  諦め切れないので取敢えず悪あがきだけはしてい

            る。

 

  豊かでないB  諦め切ってもいるし何とか生きてもいる。

 

  豊かでないA  自らの力ではどうしようも失い。

 

  豊かでないS  生きるか死ぬかの瀬戸際である。


 

 荒っぽく拾っても、個人が豊かか豊かでないかの状態でもこんだけあるんですかねえ。

 

 上から順に「豊かS」から「豊かでないC」までは個人個人の自己責任でやって貰うしかありませんかねえ。

 

 どのランクに属するのかは「訴求力」と「分相応」の問題で片付けられちゃってもしょうが失いですかねえ。

 

 その中で皆さんそれぞれ「豊かさ」を実感できるように勝手にやってて呉れていいんでしょうかねえ。

 

 その社会は多分「豊かな社会」なんでしょうかねえ。


 

 問題は「豊かでないB」から「豊かでないS」のランクに属する方がいらっしゃるとすれば、多分その社会全体は「豊かな社会」とは言えないよってことなんですかねえ。

 

 実感どころの話じゃ失くって、まさに「豊かでない」んでしょうかねえ。

 

 ここが調度「訴求力が失いんだから分相応でいろ」じゃあ済ませられないランクなんですかねえ。


 

 ダラダラとなっているようなんで、一旦休憩させて下さいませ。

 

   ※ 以下 豊かさ パート14 に続く、但し掲載日は未定です。