豊かさ  パート14 |  もともと偏屈男の世迷い言

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【2011-08-01(月)⑮】

 

  ※ 前以て 豊かさ パート1~13 を読んでからをお勧め致します。

 

  「人生」と「生き方」

 

「人生」というものは、生きるとか生きたとかで表現されることがある。

 

 けれど、或る人の「人生」そのものが即ちその人の「生き方」を表しているというものでも失いように感じる。


 

 「いい人生」と「悪い人生」というものがあるとする。

 

 「いい生き方」と「悪い生き方」というものもあるのだろう。

 

 「いい生き方」をした人生が全て「いい人生」かと言うとそんなことは失いのだろう。

 

 「いい生き方」をした「悪い人生」だってあるのでは失いだろうか。

 

 逆に「悪い生き方」をした「いい人生」もあるのだろうし、「悪い生き方」をした「悪い人生」もあるのだろう。

 

 何を言いたいのかと言えば、「人生」と「生き方」には何の相関関係も失いということである。


 

 「人生」とは唯始まりから終わり迄の一つの流れに過ぎず、その中に様々な紆余曲折を包含している単なる入れ物に過ぎない。

 

 中に入っているものが、いいものが多くて悪いものが少なければ、概ね「いい人生」と評価されるだけのことなのである。

 

 いいものも悪いものもそれは入れたから入っている訳だが、そこには「いい入れ方」と「悪い入れ方」という二通りの入れ方がある。

 

 正にその入れ方それを指して「生き方」と言うのである。

 

 入れ方が良くてもいいものだけを入れることはできないし、悪くてもいいものが入ることもあるのである。


 

 組み合わせは4種類しか失いのである。

 

  ① いい生き方でいい人生
 

  ② いい生き方で悪い人生

 

  ③ 悪い生き方でいい人生

 

  ④ 悪い生き方で悪い人生

 

 理想とするのならば、①の「いい生き方」をして「いい人生」を得ることが一番なのは当然だろう。

 

 誰もが避けた方が良いのは、④の「悪い生き方」をして「悪い人生」を手にしてしまうことだろう。

 

 では②と③とでは、一体どっちだったら納得できるだろうか。

 

 その人の趣味や好みの問題だろうし、且つ又自然にその人自身の複写物になっていくものなんだろう。


 

 唯ちょっと考えると面白いことに気付く。

 

 自分は成る可く「いい人生」を手に入れたいと思うのは人情というものだろう。

 

 同時に近付きになりたいのはできるだけ「いい生き方」をしている人と願うのも人情だろう。

 

 誰でも手に入れたいのは「いい人生」で、触れ合いたいのは「いい生き方」なのである。


 

 結果としての「人生」なのだから、目指せるものでは失いように思える。

 

 だが、「生き方」を目指すことはできそうな気がする。

 

   ※ 以下 豊かさ パート15 に続く、但し掲載日は未定です。

 

     2014年注

 

    実際には続いてはいないみたいでしょうかねえ。