【2011-08-01(月)⑮】
※ 前以て 豊かさ パート1~13 を読んでからをお勧め致します。
「人生」と「生き方」
「人生」というものは、生きるとか生きたとかで表現されることがある。
けれど、或る人の「人生」そのものが即ちその人の「生き方」を表しているというものでも失いように感じる。
「いい人生」と「悪い人生」というものがあるとする。
「いい生き方」と「悪い生き方」というものもあるのだろう。
「いい生き方」をした人生が全て「いい人生」かと言うとそんなことは失いのだろう。
「いい生き方」をした「悪い人生」だってあるのでは失いだろうか。
逆に「悪い生き方」をした「いい人生」もあるのだろうし、「悪い生き方」をした「悪い人生」もあるのだろう。
何を言いたいのかと言えば、「人生」と「生き方」には何の相関関係も失いということである。
「人生」とは唯始まりから終わり迄の一つの流れに過ぎず、その中に様々な紆余曲折を包含している単なる入れ物に過ぎない。
中に入っているものが、いいものが多くて悪いものが少なければ、概ね「いい人生」と評価されるだけのことなのである。
いいものも悪いものもそれは入れたから入っている訳だが、そこには「いい入れ方」と「悪い入れ方」という二通りの入れ方がある。
正にその入れ方それを指して「生き方」と言うのである。
入れ方が良くてもいいものだけを入れることはできないし、悪くてもいいものが入ることもあるのである。
組み合わせは4種類しか失いのである。
① いい生き方でいい人生
② いい生き方で悪い人生
③ 悪い生き方でいい人生
④ 悪い生き方で悪い人生
理想とするのならば、①の「いい生き方」をして「いい人生」を得ることが一番なのは当然だろう。
誰もが避けた方が良いのは、④の「悪い生き方」をして「悪い人生」を手にしてしまうことだろう。
では②と③とでは、一体どっちだったら納得できるだろうか。
その人の趣味や好みの問題だろうし、且つ又自然にその人自身の複写物になっていくものなんだろう。
唯ちょっと考えると面白いことに気付く。
自分は成る可く「いい人生」を手に入れたいと思うのは人情というものだろう。
同時に近付きになりたいのはできるだけ「いい生き方」をしている人と願うのも人情だろう。
誰でも手に入れたいのは「いい人生」で、触れ合いたいのは「いい生き方」なのである。
結果としての「人生」なのだから、目指せるものでは失いように思える。
だが、「生き方」を目指すことはできそうな気がする。
※ 以下 豊かさ パート15 に続く、但し掲載日は未定です。
2014年注
実際には続いてはいないみたいでしょうかねえ。