豊かさ  パート5 |  もともと偏屈男の世迷い言

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【2011-08-01(月)⑥】

 

  ※ 前以て 豊かさ パート1~4 を読んでからをお勧め致します。

 

  満足しちゃったら詰まんないよなあ

 

 口の周りに「五」と「隹」と「止」と「矢」をくっ付けて、「吾唯足知」って言った人がいたんですってねえ。

 

 「われただたるをしる」って何なんですかねえ、他に知らなきゃいけないことってないんですかねえ、だから小乗ってのは厄介なんですよねえ。

 

 京都のどっかのお寺さんにありましたけどが、縁側の角っこから見るやつが。


 

 足りない時もあったんですかねえ、ここで足りたって思った時に言ったんですかねえ、最初っから足りてたんでしょうかねえ。

 

 足りたらそれで偉いんでしょうかねえ、いいんでしょうかねえ。

 

 人間満足したらそれで終わりじゃん、終わらないでいられるんでしょうかねえ、それともその上に何かがあるんでしょうかねえ。

 

 それじゃ「吾れ唯その上をあるが知る」じゃないんじゃないでしょうかねえ。

 

 負け惜しみに聞こえちゃうのを承知で言ったってことは何かがあるんでしょうかねえ。


 

 足りてる足りてないなんかの発想がない人に取っては、何ーに贅沢言ってんだよって思っちゃうかも知れませんよねえ。

 

 だって足りたことなんか一度もないんですから。

 

 足りたことなくてもそこが足りてるってことで納得したってことなんですかねえ、手ぇ打っちゃったってことなんですかねえ。

 

 そうすると、そこで手ぇ打つところを人より早く見付けたってことなんですかねえ。

 

 何か詰まんないですよねえ、それともやっぱこれで詰まるんですかねえ。


 

 もう喰えないくらいに喰ったらそう思うんですかねえ、もう勃たなくなるぐらいやったらそう思うんですかねえ。

 

 もう使えないくらいのお金を持ったらそう思うんですかねえ、何持ってるのか分からないくらい迄ものを待ったらそう思うんですかねえ。

 

 殆んどの人は、これで足りてるのか足りてないのかなんて分からないんじゃないのかなあ。

 

 自分が豊かなのか豊かでないのかなんて自分自身で判断できないんじゃないのかなあ。

 

 「吾唯足知」って、お前が勝手にそう思いたいから出た言葉であって、皆んなが皆んな豊かだと思うことは失いんだからそんなの考えらんないよってギブアップしたってことじゃないのかなあ。

 

 小乗の限界っちゃあ限界なんですかねえ。

 

  ※ 以下 豊かさ パート6 に続く、但し掲載日は未定です。