【2011-08-01(月)④】
※ 前以て 豊かさ パート1,2 を読んでからをお勧め致します。
皆何も持たずに生まれてくるってほんとかなあ
人は全てを持つなんてことはできそうにないってことは感覚的に分るんですよねえ、全てを持とうという気があるんだったら何も持たないことだってことも感覚的には分るんですよねえ。
人は皆生まれ付いた時には何も持っていないってほんとなんでしょうかねえ、実はそれって持つと言うことを認識する能力は持っていないということが皆一緒なんだってことなんじゃないんですかねえ。
一人残らず生まれたばかりの赤ん坊は無意識のうちに手には何か握ってますもんねえ、掌を広げて何も持っていませんよなんて言ってる赤ちゃんいるんでしょうかねえ。
持つ持たないを認識することができるようになった途端に、いきなり持つ人は持ってて持たない人は持ってないことになるって訳じゃないって気はするんですけどがねえ。
持つ持たないを認識できない時代には持とうという意識は抱かないんでしょうよねえ、そして誰にでも持とうと言う意識を抱かない世界に存在しているという時があって、それが偶々生まれた時から始まってほんの僅かな期間なんだってことなんでしょうかねえ。
その僅かな期間を過ぎてしまえば人はものを持っていることを認識し、もっと持とうだとかもっと持ちたいだとかという欲望も持つようになるんでしょうかねえ。
よく動物なんかがどっかに餌を隠して取っておくなんてことしてますけどが、あれって取っておくってことは持ってるってことに気付いてやってるんですかねえ、自分のもんだって思ってやってるんでしょうかねえ。
幼児が「これ僕んだもん」とか「ケメ子があたしの取ったあ」なんてやってるのは明らかに自分はものを持っているってことを理解してるんでしょうかねえ。
人はもう生まれた時から何かしらは持たされてるんでしょうかねえ、とすればもう何も持たないということはできないってことなんでしょうかねえ。
生まれた時から何も持っていないということでないなら、もう全ては持てないと決められているんでしょうかねえ。
何かを持っているということはもう全ては持てないということなんでしょうかねえ、それでその腹癒せに人は成長に合わせてもっと持とうもっと持ちたいって思って生きて行くんでしょうかねえ。
※ 以下 豊かさ パート4 に続く、但し掲載日は未定です。