【2011-06-30(木)①】
この偏屈男がこの流派の影響を受けて良かったなあと思う先生は、幾人もいらっしゃるんですよねえ、勿論直接のご指導を受けたことなんかないんですけどが。
酒場ネタの最後にちょっとは、数多いらっしゃるうちの或る方の言っておられたことを偲びつつ飲むのもご供養の一つなんでしょうかねえ。
確かに「酒場は男の道場」でしたよねえ、六三郎は当時有名じゃなかったから皆んなちゃんと「どうじょう」って読んでましたかねえ。
けどがですねえ、申し開きできないことには人生の指南役が揃っていた割に平手造酒みたいになっちゃった門弟は数限りないんでしょうよねえ。
大体があの道場に通おうなんて思うのは、少年の頃に「あんた将来ねりかんブルースなんか唄うようになるんじゃないわよ」なんて言われた奴くらいしかいなかったんじゃないんでしょうかねえ。
それでも、「嗚呼お玉が池が懐かしいなあ」なんて気になるのは多分、道場には通ってみろよっていう先生の教えのお蔭なんでしょうよねえ。
あとも一つあの先生が教えて呉れたやつ、あれを目指して切磋琢磨したんですけどがねえ、今じゃそれを鑑定する目利きにも滅多に出逢わなくなっちゃてるんですよねえ。
そして、申し訳ないことにこの偏屈男、今じゃ免許皆伝とは言え身を持ち崩した身、最早や人の技量を見抜く力も衰えて唯人に切られるのを待つばかりなんですよねえ。
「その酒場の値打ちはそこに通うお客で決まる、そこに通うお客こそがその酒場の一番のアクセサリーだ」、これはどんな鮮やかなお面一本よりも脳天に響きましたよねえ。
お店にあるどんな装飾品よりも、どんないい酒を出すかよりも、どんな旨いものを出すかよりも、どんないい人がやっているかよりも、どんないい女の子がいるかよりも、そこに通ってくるお客さんがどんなにかいいお客さんなのかがそのお店の何よりのアクセサリーなんでしたよねえ。
確かに、アクセサリーが超高級品のお店もあればイミテーションのアクセサリーしか揃えてない店もありましたっけねえ、そしてそれを感じてこれはって決めて通う酒場の装いの傷にならぬよう、少しでも輝きを増すアクセサリーの一片けらにでもなれるようにと修行させて戴いたもんですよねえ。
今はねえ、通ってるお客さんでお客を呼べるお店って目っ切り少なくなっちゃたみたいなんですよねえ、飲みに行ったら今時分あの人いるかなとか、あの人に会いたいからあそこ飲みいこなんてお店滅多にないらしいんですよねえ。
斯く言うこの偏屈男も、今やそんなお店を1軒だけは失くさぬを良とし、それ以外のお店のアクセサリーには関心も抱かず、と言うかそれより何よりいつしかアクセサリーの一片けらに為り得る術も忘れているんですよねえ。