青年は荒野をめざす、じゃ、老人は。 |  もともと偏屈男の世迷い言

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【2011-04-19(火)②】

 

 或る時いつもの老人に、隅の老人じゃない人なんですが、聞いてみたんです。

 

 「死ぬまでに、行ってみたい所はどこですか」

 

 「こうや」

 

 ぽつんと一言答えて呉れました。

 

 ジャン・ギャバンのような渋さを感じつつ、五木(ひろしじゃない方)やフォークルなんぞを思い浮かべたものでした。

 

 男ってのは、幾つになっても変わらぬ魂持って生きているんだなあと教えられました。

 

 そこで止めときゃいいのに調子に乗って、他に行きたいとこはないんですかと聞いちゃったんだよねえ。

 

 「ついでにお伊勢参りをしてきたい」

 

 そうだったのか、そうだよなあ、そう言や真言宗だったもんなあ。

 

 老人は荒野をめざしてなんかなるものか、金剛峰寺に行ってみたかっただけなんだよねえ。

 

 老人は「高野をめざす」だったんだよねえ。

 

 池袋にいる人が保谷をめざすように、北海道に行く人が洞爺や宗谷をめざすように。

 

 「老人は高野をめざす」ってか。