当職は、第二東京弁護士会のスポーツ法政策研究会に参加させて頂いている関係で、去る4月25日に行われた日本体育協会主催「スポーツ界における暴力行為根絶に向けた集い」に参加してきました。
一般社団法人アスリートソサエティ代表理事の為末大さんによる「スポーツ指導者に求められる資質」をテーマとする基調講演のあと、第二部では、6名のパネリストによるシンポジウムが行われました。
その中で、バレーボールの元アメリカ代表のヨーコ・ゼッターランドさんがコメントをされ、自らの中学時代の部活動の際に見聞した指導者による暴力行為についてお話をされようとした際、突然泣き崩れ、お話を続けることができなくなってしまいました。
会場は、何事が起ったのか分からず、騒然となるとともに、息を飲んで見守っていました。しばらくして、お話を再開されましたが、その内容は、概ね以下のようなものでした。
すなわち、ゼッターランドさんの所属する中学校が、ある強豪校と練習試合をしたが、その際相手方中学校の選手がミスをした。すると、その中学校の監督は、その選手を呼びつけて、髪の毛をつかんで投げ倒し、顔を踏んづけ、「お前は本当にだめな選手だ」と怒った。その2週間後に再度、練習試合を行い、その選手も来ていたが、その顔の半分は青あざになっていたというものでした。
その選手も、バレーボールの選手である以前に中学生の女の子です。女の子にとって顔は大事です。ミスをしたとは言え、監督に顔を踏みつけられることは大変な屈辱であり、苦痛であったことでしょう。ゼッターランドさんにとっても、この事件は決して忘れられないトラウマとして残っていたのです。なぜ、好きなバレーボールをしているのに、こんな目に会わなければいけないのか、ゼッターランドさんは、そのように思ったそうです。
昨年の桜宮高校の事件や女子柔道オリンピックチームにおける暴力問題以降、スポーツ界における暴力の問題がこれまでになくクローズアップされています。これまでの研究においても、スポーツ界においては、勝利至上主義、限界を突破する練習の必要性、パワー・スピードの優位性等のスポーツの特性から、パワハラやセクハラを生じやすい環境が内在しているとの指摘があったところです。
確かにスポーツにおいては勝つことも重要であり、そのために自らの限界を超えるための練習や、緊張を強いられる試合での勝負強さが求められます。
これまでのスポーツ界においては、本番の緊張感に負けずに自らの力を出し切って勝利するために、日常の練習の時から暴力等により緊張感を与えるということが一番の指導であると考えられてきたふしがあると思います。競技レベルが上がるほど、その傾向が強かったのではないかと思われます(そうではない競技もあるとは思いますが)。
指導者と選手の双方において、暴力による指導は効果があったという認識があったことが成功体験になって、スポーツ界には、暴力が横行していたのでしょう。
しかし、楽しみながら、選手を褒めながら、その長所を伸ばしていくという指導をしていれば、暴力により緊張感を与えるよりも、選手はもっと好成績をあげていたかもしれません。
暴力を与えた方が成績が良かったということについては、なんら検証はなされていないわけです。それどころか、研究によれば、暴力による指導は、長期的に見ればまったく効果はないことが分かっています。
スポーツは、それを行う者と見る者の双方が楽しむのが本来の姿です。
今後は、このようなスポーツの原点回帰に向けて、競技団体レベルでの真摯な取り組みが求められてきます。