司法の力 | 弁護士 渡辺 久の法律ブログ

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今日は、大飯原発再稼働の差し止め訴訟と厚木基地騒音訴訟において、それぞれ差し止めを認


める判決が下されました。


裁判所は、国民の権利に関する紛争を最終的に確定する権限を有する国家機関です。


裁判所の判決が確定すれば、極めて例外的な場合を除き、これを覆すことはできません。


判決内容にどんなに不満があっても、判決が確定すれば、その内容に従うことが強制されます。


判決に従わない場合、強制執行によって、国により、判決内容が強制的に実現されます。


このように、裁判所は、極めて強力な権限を有する機関であり、ある意味最強の国家権力です。


ですから、裁判所は、国民の権利の救済機関でありながら、時に、国民に対し、国家権力を発揮


して、国民に対し、牙を剥くこともあります。いわば、ブラック裁判所が顔をのぞかせるといったとこ


ろでしょうか。これまで、ブラック裁判所が顔を見せる場面は、国が訴訟当事者となっている訴訟


でした。国を相手にした国家賠償請求訴訟や行政事件訴訟においては、勝訴するのは至難の技


でした。


今日の判決は、これまでの裁判所の流れに反し、国に対しノーを突き付けたのです。


裁判所はなぜ、このような判決を出したのでしょうか。


私は、安部内閣の憲法解釈変更の動きと無関係ではないと思います。


裁判所は、防衛問題等の国の重要施策に対しては、自ら積極的に判断することは避け、国の考


えを尊重する姿勢に終始してきました。これを司法消極主義といいます。


安部内閣は、今後の国民の生命・財産の確保にとって重大な影響を及ぼす憲法解釈を、行政サ


イドで勝手に行うと宣言しました。


憲法解釈の権限は、言うまでもなく裁判所にあります。安部内閣の憲法解釈の変更は、あくまで


も行政解釈であり、何の拘束力もありません。しかし、行政側が、これを根拠に勝手に前に進んで


しまいます。


裁判所は、完全になめられたわけです。裁判官は、さすがに、これにはカチンときたのではないで


しょうか。国のこのような動きを助長したのは、これまで司法消極主義に徹してきたことの副作用


であると考えたのではないでしょうか。少なくとも、第一審を担当する地方裁判所の裁判官はそう


思ったのではないかと思います。


我が国は、立憲主義に基づく民主主義国家である以上、国政は、憲法および法律基づいて遂行


されるべきであることは言うまでもありませんし、憲法解釈・法律解釈の権限者は裁判所です。


裁判所は、これまでの司法消極主義を省みて、今後は、局面に応じて、自らの価値判断とそれに


基づく司法判断を前面に押し出して判断を下すことが求められると思います。このような意味にお


いて、裁判所に求められる役割は、従来にもまして重要になっています。


今日の判決が、私の以上のような希望的観測に沿ったものであることを期待してやみません。