KING of SHELLことロッケーカントスの会社に3年間

訪社しなかった理由は前のブログで書きました。


その後、彼の甥がの迎えで3年ぶりに彼との再会です。


理由を知って、この貝を扱え”必ず儲かるから”と渡された

のがプカシェルでした。


彼いわく、

ハワイで売れており、その出所がフィリピンだとは

彼と取引先のハワイアンしか知らない。

私には3年前の埋め合わせに特別に分けてやると彼は云います。


3年前の苦い経験もあって

このようなイモ虫みたいなものが売れるのかと、半信半疑

でした。これが①の写真のプカです。


それでもカントスは懐疑的な私にプカシェルを5本位くれました。


帰国しますと、連日のようにハワイ帰りの若者達の

問い合わせの多さに驚き、

こんなイモ虫状のネックレスがそのままで売れるはずがない、

必ず何かとコンビネーションしているはずだと思いハワイに飛びました。


むろん、カントスのプカはそのままネックレスにして持参しました。

しかしハワイの至るところで売っているネックレスは

私が持って行ったネックレスそのものでした。


これに氣を良くして持参のプカを身に着けてワイキキの浜を歩いていますと

”見事なプカだどこで買ったの”だと必ず聞かれます。

”日本から持ってきた”と答えますと日本でも

プカが採れるのとかと必ず驚きの質問です。


早速、ハワイからフィリピンのカントスに1万本のプカの

オーダーです。


私が1週間後に羽田に着きますと、カントスの1万本の

プカはすでに羽田に着いていました。

約1,000万円のプカでしたがさすがKING of SHELLでした。

この頃はL/Cなしではかの国の銀行が輸出を認めなかったのです。

この年にカントスは15万本のプカを私に送ってくれました。

一方のミセスポンセはこの年プカのことを知らず、翌年の参入でした。

翌年、カントス、ミセスポンセに相談して日本向け

のプカは全て私に売るとの約束を取り付けました。

事実彼らは忠実に私との約束を守ってくれました。

合計30万本位の扱いだったと思います。


現在のフィリピンのビジネスから考えますと夢のような時代でした。

二人とも子供さんがおらず、彼ら一代で会社は途絶えました。


②は当時、石原裕次郎を始め流行ったプカシェルクラス

Aの商品です。


③はクラスD位のプカシェルです。キムタクが好むプカ

です。さすが彼が着けると様になっています。

しっかり、プカを自分のアクセサリーにしています。


30数年間プカとはクラスAだとばかり思っていましたが

考え方を改めされました。






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