10月初めは高知でした。


着いた日は先ず白寿の母の見舞いもそこそこに

ひろめ市場でレモンチューハイとたたきです。





土佐ではチャンバラ貝と言いますがマガキ貝のことです。


次に行きつけの居酒屋でサバの塩焼きにチューハイを

呑んでホテルに帰って明日に備える。。


翌朝は先輩の迎えでゴルフ場へ。


元の会社の先輩、同僚、後輩との恒例のゴルフでした。

天気予報は雨でしたが晴天下でプレイができました。

好天ではありましたがスコアはやはり惨めなものでした。


ゴルフが終わって同僚の見舞い。

帰りにひろめ市場まで送ってくれるがひろめ市場は満席。

居酒屋で呑んでホテル。


翌土曜日は帰京、帰藤です。


高知空港には2時間前に行き蒲鉾を肴に樽ハイで

時間を過ごす。定番のメニューです。

今回は同窓生にも連絡せずの帰高でした。


今度はSCRAP & BUILT ではなくて完全にSCRAPのみです。


①ブローチ空枠。

②カフス、ペンダント空枠。

③ペンダント、ブローチ空枠。

みかん箱2個で18Kgありました。

作った時の費用はかなりの額だと思います。



べっ甲かさ貝の棒タイ。



べっ甲カサ貝棒タイの注文をもらいました。

ついでに黒蝶貝のダイヤカットの棒タイも作り買ってもらいました。



在庫整理をしていましたらライターケースが出てきました。

25~6年くらい前に作らしたものだと思います。

ステンレスケースにタカセ貝とタイラギ貝で写真のように

作らしたものです。100円ライター用です。

当時はそこそこに売れました。






ケイタイもスマートフォンに変わりつつでストラップの需要も

少なくなると思います。

来夏用にブレスレットの生産に軸足を移すつもりです。




上のBLヤタラ白とウッドハイビスカスビーズのコンビを作ったのが

15年くらい前でしょうか、これはヒットしました。

ピンクのヤタラニにイビスカスもヒットでした。

更にプルメリアの図柄も加えました。

コピー商品が出る前は相当な売れ行きでした。


イルカ、サカナ、クジラのパーツでネックレス、ブレスを

作ったのが20年以上前でしょうか。

その後ストラップにしたのも成功でした。



これもイルカなどのパーツを4個にした廉価版も作り、

貝もタカセとマガキでのパーツも使いました。


しかし近年は老人ボケか酒ボケかこれぞと云うものが

浮かび上がりません。


ボケ防止の為にもう少し無い知恵を搾ってみます。


1年振りの沖縄でした。

台風24号の行き先を心配しながらの沖縄行きでした。

昨年の10月はノロノロ台風のため2日間

那覇で足止めに合いました。


先ずは沖縄そば。

取引先2社訪問。

沖縄の情勢を教えてもらう。



2時半に行きつけの食堂。

何も言わずとも美らさんは泡盛の水割りの用意をしてくれる。

1年のご無沙汰ですがマイボトル」は

保管してくれていました。

ホテルに帰り一休み。


5時過ぎにもう1軒のマイボトルに会いに行く。



肴はパパイヤイリチャー。(パパイヤの炒め物。)



次の肴は麩チャンプル。

ゴーヤチャンプルはこの夏も自家製のゴーヤを

連日食べたのでさすがに注文する気になりません。

これでホテルに帰る。


昔、取引先が泡盛を送って呉れましたが自宅では

あまり呑めませんでした。

甕に縄を巻いた古酒で高い酒でした。

やはり泡盛には沖縄料理です。


台湾のコーさんも昔、紹興酒(720m入り)を12本送って

くれましたがスタッフにもらってもらうのに苦労しました。


翌朝取引先訪問。

やはり沖縄情勢を拝聴して帰る。

あとは国際通りの店舗を見ながら過ごす。


シンセイタカラ貝。

ある店でシンセイタカラ貝を見る。

40年前にセブで発見された時の値段は100万円でした。

ミセスポンセには必ずもうかるから買えと勧められましたが

100万円でプカシェルを買えば必ずもうかる時でしたから

買いませんでした。


帰国して中安氏に話すと“買ってきたか”と問われ

高いので買はなかったと答えると、買って来たのなら

150万円で買ってやったのにと云われ、

では来月買ってきますと云うと“買うな。来月では遅い。

砂地の貝なので漁師が網を打って複数採れている。”

との教えでした。

“岩地の貝を買え。見た目の美しい貝を買え。”が

氏の教えでした。

翌月行くとその通りでした。


今、店頭で5万円と云う事はフィリッピンではいくらでしょうか。

たしかに見た目も美しい貝ではありません。


貝のシーサー。



上のシーサーは昨年10月のもの。

下はこんど見た物。

沖縄特産のヤコウ貝、ヒメジャコ貝などを巧みに

貼り合わせて作られています。


翌日は小雨の中、ひめゆりの塔、平和記念堂方面に

バスで行く。


ひめゆりの塔。

まずひめゆりの塔にお参り。


奥津城(ブーゲンビル)の塔。

ここでもお参り。

そして愛知の塔ではソロモン諸島方向に向かって一礼。


平和記念堂。

摩文仁の丘を散策して那覇に戻る。


夕刻マイボトル(泡盛)に別れを告げに2軒の店に行く。

肴は1軒の店でもずく、他の店ではきびなごのから揚げ。


きびなごのから揚げ。

量が多いのでいつも半分にしてくれと頼む。




家への土産は黒糖のサーターアンタギー。


翌朝、小雨降る沖縄から羽田へ。


翌土曜日は片瀬海岸に釜揚げしらすを買いに。


長く不漁で久し振りのしらすです。

さっそく肴に呑み始める。


午後は1週間前に買ったケヒヤーの高圧洗浄機を試す。

サンゴタイルの一部分のみ洗う。



最新式のサイレントを購入したがそれでも結構な音がする。

翌日見ると上のように洗った部分と以前の壁と明らかに

違いが判る。


サンゴタイルの凹凸の一部が吹き飛ぶくらいの威力がある。

さらに未洗いのタイルを洗うが、かなりの重労働で全部は

洗えない。
腕が痛い。



みかんが色つき始めました。

月末には採り入れしないとヒヨドリに食い荒らされます。

たぶんフィリッピンから帰国してでは遅いでしょう。


イトヒキマイマイ貝。

イトヒキマイマイ貝100個の注文をもらいました。

また在庫が減りました。


私が継ぐ前の貝ですから45年以上前のものと

思われます。


11月のフィリッピンは東京、京都からと旧知の人々が

来られるようでにぎやかなセブになりそうです。



トウカムリランプの注文をもらいました。

づっしりと重くて肉厚の9インチのオスです。

これから穴開けです。


これが10月最後の仕事になりそうです。


明日は自転車で片瀬海岸に釜揚げしらすです。

プカシェルについて私の知る限りのことをお伝えいたします。


プカシェルが40数年前ハワイで発見され、流行したこと、

ハワイにはネックレスを作るだけのイモ貝が存在しない

ことなどは以前のブログで書きました。


大小のイモ貝。

平凡社の世界貝類大図鑑によるイモ貝写真。





平凡社の貝類図鑑にはイモ貝だけでも29ページ、

300余りのイモ貝の写真が掲載されています。


イモ貝は種類にも寄りますが世界中の海に存在します。

ただし寒い海は苦手のようです。

従ってプカシェルは以前から存在した訳です。

プカシェルと命名してネックレスにしたのがハワイが最初と

云うのが正しいでしょう。


ネックレスを作るには大量のプカシェルが必要でとてもハワイで

採取するのは不可能です。

そこでハワイアンが目を付けたのが貝の宝庫、フィリッピンです。

KING OF SHELLことロックェカントス(セブ)に頼った訳です。


カントスは1年間、秘密裡に夜半フィリッピンの砂浜を掘り続け

大量のプカシェルをハワイに輸出したこと、

唯一日本人の私に輸出してくれたこと、しかし秘密は翌年

ミセスポンセに知れたことなどは以前のブログに書きました。


なぜ知れたか?

プカシェルを得るには金網とスコップに大量の労働者のみが

必要です。

その労働者からの口コミでミセスポンセが知ることと

なった訳です。


当時のフィリッピンの海岸では容易にプカシェルを拾うことが

出来ました。

因みに私もセブの海岸でプカ拾いを経験しましたが

すでにクラスAはありませんでした。


翌年はミセスポンセにも私にのみ輸出を約束してもらいました。

40年前はこの2社を押さえればセブ(フィリッピン)を押さえる

ことが出来ました。


当時30歳あまりの私を信用してくれL/Cも要求せずD/Pで、

送ってくれ他の日本人が買いに来ても売らないで約束を

守って呉れた両氏には感謝しても仕切れない思いです。


ミスターカントスはある米国人を信用して500万円分のプカを

送ったところ騙されて“ナカムラ腹切りだ(切腹)”と笑って

話してくれたが思い出されます。


笑って済ませるくらい氏はプカで莫大な利益を上げたこと

と思います。




上が40年前のプカシェルです。

下が現在のプカです。いずれもクラスAです。

現在のプカが肉厚であることがお判りできると思います。

40年前は海から上がったプカを選り分けてスーパーA、

A,B,Cとランク付けがされました。

現在はAになるプカ、Bになるプカと選り分けて

それをガシャ(コンクリートミキサーのようなもの)に掛けます。

そのためエッジ部分の薄いところが削られ肉厚になります。


ただしプカシェルをただミキサーに入れてガシャを掛ければ

きれいなプカになるとは行かずかなりの技術が必要なようです。

その技術を持っている者はごく限られているようです。


当然現在も薄いプカもあります。

しかし大半のプカがガシャに掛けられています。


40年前にはガシャなど掛けなくても大量のプカが砂浜に

眠っていたのです。


余談ですが40数年前にはプカシェルがどのようにして

売られているかハワイへ視察に行きました。

ワイキキの浜辺で戸板に並べて売られていました。

そこでカントスからもらったプカシェルスーパーAをつけて

ワイキキの浜辺を歩きますとアメリカ人から

どこで手に入れたかとずい分聞かれました。

日本から持って来たと答えますと日本でもプカシェルが

採れるのかと驚いていました。

ここでもフィリッピンのことは内緒でした。


プカシェルはホワイトプカ、タイガープカ、ラスティプカに

色分けされています。

全てイモ貝の穴の開いた貝のみをプカシェルと呼びます。


ただし40年前に流行したプカシェルはホワイトプカのみです。




一番ナチュラルなタイガープカです。



7~9mmくらいのきれいなタイガープカです。



14~5mmのタイガープカです。



14~5mmのタイガーをバラした物です。

上部分が中側ですがスッパとカッターで切られています。

つまりイモ貝の頭部を切り落としガシャに掛けて磨き上げた

人工のプカシェルです。


このプカを作れるのはセブでただ一人だけです。




上はラスティプカです。
ベージュ色のプカですが錆色ゆえにラスティプカと

呼ばれています。

40年前にはありませんでした。

否、40年まえにもあったのでしょうが40年前はホワイトプカ

のみが大流行でした。

自然に穴が開くのには貝にも寄りますが永い歳月を要します。

従って穴が開く前に採取したものは人工的に穴開けがされます。

むしろこの方が多いのが現状です。


アンティークプカシェル。

このプカは長く波と砂に洗われたプカです。

糸に通しましたが大きさも不揃いです。

この写真では判りずらいですが表面には沢山のクレータ状の

へこみがあります。

中央のプカを見ていただいても変形で自然に穴が開いたことが

判ります。

永い間海にいましたのでアンティークプカと呼ばせてもらいました。


このまま放置すれば波と砂に洗われて砂の仲間入りとなるでしょう。


アンティークプカでお判りのように15~6mmのプカから7~8mmの

きれいなプカAなどにはならない事が判っていただけると思います。

大きいプカは大きいイモ貝から小さいプカは小さいイモ貝からのみ

作られるのです。


プカと呼ばれるのはイモ貝から出来た物のみが一般的です。

ただそれ以外でフィリッピンでプカの名を冠した貝があります。

その名はクレージィプカと呼ばれる貝です。

その貝はコメ貝(フトコロ貝)で出来ています。

やはり波と砂に洗われて穴が開いたものです。


形はさまざまで変化に富んだ貝殻です。



上がクレージィプカです。

ただしクレージィプカの名はフィリッピンで付けられたものあり、

ハワイアンの付けたプカシェルとは区別されるべきであり

世界では一般的に通用しない呼称です。




クレージィプカになるフトコロ貝です。


40年前にミスターカントスのところにプカを仕入れに来ていた

ハワイアンのブレイヤー氏に知己を得てハワイに当社の

アクセサリーを売り込みにも行きました。


氏から品物はすばらしいが値段が高く氏の会社では扱うことが

できない。

商品は必ず売れるので氏が紹介するのでアラモアナショッピン

センター、ハワイの主だったホテルの売店に直接交渉しろと

言われました。

それでは商品の発送、集金の煩雑さ考えてゴルフを楽しんで

帰国したことでした。


第一次プカシェルブームの時は石原裕次郎を初め多くの芸能人が

プカシェルネックをつけ、各週刊誌の毎週号の表紙は

プカシェルをつけた女性でした。


こんなこともありました。当社の問屋さんが新宿のOデパートに

売り込みに行ったところバイヤーさんが今朝、別の問屋に

5,000円で5,000本注文したが2,500円では偽物では

ないかと問いただされて相談にきました。

私の答えは正真正銘のプカシェルである。決して偽物ではない。

これでOデパートは当社のプカを選んでくれました。

Oデパート側も1,250万円安く仕入れることができただけでなく

当時の販売価格は9,000円でしたのでかなりの利益を

上げたことと思います。


こんどは問屋さんが納期を心配しましたが大丈夫ですと答えました。

カントス、ミセスポンセは1~2万本のプカは2,3日の内に

送ってくれたのです。

当時はフィリッピンにシガレットサイズ(7~8mm)と注文しましたが

体格にも寄りますので現在は10mmくらいまでのサイズを

注文しています。


当初の2年間はフィリッピンからの輸入をひた隠しにして社員にも

かん口令を敷いていました。

ある新聞社の取材で“10万本あっても足りない”と答えたところ

そのまま記事になるくらいの社会現象でした。


前述のように数々のプカを付けた芸能人を見てきましたが

いちばん様になったのはキムタクです。

さすがです。

プカシェルをつけた彼のサーフィン姿を見たいものです。

彼のプカシェルを付けた写真を探していますが出てきません。

どこかにあるはずですが。


現在手持ちのプカシェルも2,000本前後ではないでしょうか。

来年には売り尽せると思います。

仕入れるかどうかはその後考えますがもう万単位の仕入れは

できません。


最新情報に寄りますとフィリッピンではプカの価格は上昇気味との

ことです。


プカシェル竹の子ネックレスの注文を貰いました。

品物のあることを忘れていました。


プカシェル竹の子。

プカシェルクラスA。

プカシェル、クラスAの注文をもらいました。
先方の希望は11mmサイズでしたが9~11mmサイズで

了解してもらいました。

しかし希望に沿うように休日、ノギス片手に100本あまりの

プカからジャスト11mmのみを20本厳選しました。


“お客様は神様です。”


プカシェルの偽物と言えば関西の貝職人さんがイケチョウ貝の

ビーズ(丸玉)を1/3にカットしてその両サイドのドーム型に

糸通しして売り込みに来ました。

とてもプカシェルと云うものではありませんでしたが

それほどのフィーバー振りだった訳です。


9月初めフィリッピン、台湾でした。


両替は邦銀のS行が最良でした。

しかし某国の銀行を頼りに出国検査を通過しました。

S行より23銭高めでしたが両替手数料30%引きの

カードを使うと1,000円余り有利に交換できました。




羽田のCXラウンジで水割りの後、香港経由でセブ。

大体予定通りでホテル着。

TM氏に来島の電話。明日夕6時の約束。


5日(土)朝から取引先、その後水牛の職人、7月に金を

前渡ししてあるが一向に品物が上がらない。


夕刻6時、TM氏の迎えでカジノエスパーニョで食事。

バーボンの水割りが進む。


6日(日)朝7時、氏の迎えでセブカントリークラブ。

スコアは毎回悪くなる一方です。


夕刻、台湾の張氏と日本食堂。


8日(火)PM6時TM氏の迎えでセブカントリークラブ。

むろんTM氏はセブカンのメンバーです。

永いことここには来ましたがゴルフのためでした。

夜に食事とか酒をのむバーがあるとは知りませんでした。


TM氏、張氏との夕食以外は部屋でシュリンプシニガンスープ

などで水割り。




7日朝、貝のパーツ作りの進行状態を見る。

とにかく仕上がりが遅いです。




白蝶貝の変形貝型です。

これも30年前くらいにミセスポンセからの仕入れです。

なぜかこちら側のみ当社の者がイヤリングにするため

裏に傷をつけていました。

今回持って行って磨いてもらいました。



これは穴あきが少なくなりましたので穴開けを

依頼しました。

出来上がりが10個ほど少なくなっていました。

たぶん穴開け失敗でしょう。



メキシコ貝モザイク貼合せ。

金具枠に嵌める為ペンダント用に作った物ですが

左のように裏に池蝶貝を貼って貰いパーツ売りを

しています。



パウアシェル、ブロッキングダエンです。

1月にサンプルを渡してありましたが職人が失くしてしまい

今回、再度持参して仕上がりました。

サンプルを作るのに8ケ月を要しました。



水牛の職人に6個裏の修理を頼んでありましたら

帰って来たのは2個のみです。

全ての職人に言えることですがあまり金にならないことは

無責任です。

貝の職人にサンプルを作らせ、更に修正を加え

やっとOKを出し100個注文をしました。



上の方の黒蝶貝彫りは台湾製で裏に樹脂を貼って

貰いました。下の方の貼合せカメオは修理品です。


午後は貝屋。




オウム貝の磨きが5個ありましたので仕入れました。

手持ちが20個くらいありますが貴重品ですので

ついつい買いました。

手持ちの物より小さいです。

一番大きいのはTM氏に差し上げました。



オオム貝のハートも仕入れることができました。

これも手持ちがありますが注文するとなると

高いこと言いますのである時には買いです。



白蝶貝45mm丸も仕入れました。

45mmサイズは扱っていませんし890個は多いと

思いましたがこれもある時には買いです。



ライスシェルはさほど仕入れは難しくありません。

2,500個は多いと思いましたがこれも勢いで買いました。


イボボラスライス、タケノコカニモリガイスライス、

ホタルガイフラワーは注文してありました。

ほかにイボボラ原貝などが貝屋からの仕入れです。

他の物などと取引先に預けて航空便の送りです。


水牛職人を出発の朝まで待つが連絡はなし。


香港経由で台湾。5月以来4ケ月振り。


コンビニで缶チューハイ氷結を買ってホテル。


翌日は取引先に支払い。

別の会社の支払いの振り込み依頼する。


地下鉄に乗ると若い人が優先席(敬愛座)を奨めてくれる。

台湾の若者も日本と同じくスマートフォンに浸っているが

敬愛座が空いていても決して座らない。

これは日本と大違いです。


12日成田。


最近はプカシェルが値上がりしているようです。

年を考えますともう仕入れるつもりはありません。


次回にプカシェルについて私の知っていることをお教えします。

たぶんプカシェル、ヒーシー、ヤタラについては私が一番知って

いるのではないかと自負しています。



シルバーウィークの期間中もSCRAP & BUILTを続けていました。




ネックレスを作ってみました。

上はサンゴのカゴ玉とビーズの組み合わせ、

下はオウム貝とペンシェルのダイヤモンド型に

水牛ビーズの組み合わせ。



貝用の金具枠は処分していますが芯立て金具等は

サンゴを付けています。

何時売れるか判りませんが。



サンゴ枝の切れ端があります。

糸を差し替えて40cmまたは20cmの長さで売る

予定です。


クチムラサキナゲットの中から少し形の違ったナゲットが

出てきました。

写真の下のが従来のナゲットで上が出てきたナゲットです。

やはり芯の部分で作られていますが少しカットが違っていて

面白い形になっています。

ネックレスにすれば面白いのではないかと思います。

電気スタンド台。

先日秋葉原に行きソケットを買って来、コード、スィッチを

つけて完成させました。

ソケットが270円になっていましたのに驚きました。

単価の見直しが必要です。

2,000円、1,800円、1600円になります。

それでも市価の半額以下のはずです。