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みなさん、おはようございます。




「生・死」を考える中で

最近はあの震災

3.11以後

目にする、耳にする

防災に関して


たまたま図書館で

特集されていたのを

見て、今回の書籍を

選びました。



タイトルを見て

そうそう、僕も

なんだかんだ地震が

あっても・・・

震災等あっても

自分だけは助かる!!


と根拠のない自信

を持っています。

(地震だけに)。




で、その自信は

単なる幻想だと

打ち砕かれることに

なるんです。



災害時に危険なこと・・・



みんなでいれば怖くない。

集団でいると自分だけが

他人と違う行動を取りづらくなる。



災害に限らず、

他人に合わせることが

基本とされる日本では

他人と違う行動は

取りづらいですね。



そして、

専門家に聴けば大丈夫

(エキスパート・エラー)


という幻想・・・。



そうなんです。

専門家だって人間です。

神様ではありません。


知識や技術は確かに上ですが、

100%ではないということ。


だからと言って

専門家を信じるな!という

極端なことを言っている

わけではありません。



専門家の意見等に耳を

傾けて、なおかつ

自分で行動するんです。

判断するんです。



そうだよね。

なるほどな。


と感じたのがこの部分。

↓↓↓


現実は目の前に憂いが

迫らなければ備えられない。

今の状態が急激に変わるとは

思いたくないのが人間。



震災に限らずです。


人間とは将来のことを

考えて、勉強しよう

技術を習得しよう


頭で考えることはあるんです。


しかし、実際に行動する人は

5%に満たない。


怠け者だからではないんです。


上記の通り、

人間は・・・

生物は急激な変化を好まないのです。


それが真理です。


だからこそ、

ダーウィンはこう言ったのです。



「もっとも強いもの、優れたものは

変化に適応できるものだ。」



震災に限らず、

転居だ、転職だ、

異動だ、



以前いた職場では

高齢者関係から

法人内で障がい者関係の

施設に異動し3ヶ月たたずに

退職した上司がいました。



当時は気の毒にと

感じました。

(異動してすぐから自分には

合わないと話していたようです。)


もちろん、

福祉職だけではありませんが、



この変化に対応できる人こそが


これからの時代を生き抜く

福祉職だと言えましょう。



チェック項目43箇所。災害時、皆でいれば怖くない・・・集団でいると自分だけがほかの人と違う行動を取りにくくなる。専門家が作り出す・・・エキスパート・エラー。専門家がいるから大丈夫。専門家が言うから大丈夫。自分の5感で確認した情報に基づき、自分で意思決定することが大切。「なんかの間違いだろう」。都合のいい情報だけ取り入れてしまう。一般常識がネットで簡単に取れる便利さが落とし穴。自分で見て、聴いて、体験したことこそ知恵になる。地震・津波、過去の事例にとらわれると痛い目を見る。常に最悪を考える。テレビやラジオの情報だけでは人は逃げない。マニュアルになかったから・・・自分で考えられなくなった。パニックは簡単には怒らない。正しい情報を伝えて聴いた全員が一斉に動くことはない。一昔前、情報不足により人びとが冷静な判断力を失ったこと・・・オイルショック。パニック神話を恐れて情報隠しするほうが危険。地震に不安があるが、何も準備していないが5割近く。現実は目の前に憂いが迫らなければ備えられない。今の状態が急激に変わるとは思いたくないのが人間。集団になると無意識に人は手を抜く。自分の責任になると思えば手抜きは減る。考えられるのに考えなかった災害は人災。信じたくないことを信じようとしない。出火したら・・・知らせる、消す、助ける、逃げる。地震、身の回りの安全、火を消す。机に潜って家が倒壊したら意味がない。地震直後はガス漏れがあるかもしれないから絶対使わない。必ず減災できる。

みなさん、こんにちは。





本日はアメブロメンテナンスのため

昼一回の更新です。



これからのケアマネと

題しまして、



これからの時代に

ケアマネには

どんな知識・技術が

求められるのだろう?


と考えてみました。




ここ1ヶ月

集中的に

「生・死」について

読む中で感じたのは



「遺言書」

「遺産相続」


に関しての情報は

必要だと感じています。


もちろん、

お客様、ご本人が

なくなった時点で

契約は終了でしょうが、


僕らケアマネが知っていて

損はまったくないし、


これからの時代の

お客様に


認知症が深くなる前に

ケアマネという

福祉に関係した職業から


「遺言書」

「遺産相続」


について

しっかり話し合ったほうが

いいと伝えることは

大切だと

感じています。



ケアマネが

実務をできない分


行政書士と連携して

お客様が亡くなった後に

スムーズに移行できるよう

にしておけば


本人のケアのみならず

家族ケアの完結につながり、


果てはご本人の意思の

ケアにもつながると


解釈しています。



これはケアマネの仕事

それは違う


とかそういうことじゃなくて


お客様・ご家族様が

何を求めているのか?


それを知るのが

僕たちの仕事で、


知ってから

どのように対応するのか、

どう対応するかを

考えるのも仕事。



そうやって

ケアマネの社会的地位を

高める必要もあると

感じています。

(もちろん、ケアマネジメントが

本職のため、遺産相続等ばかり

に気を取られてはいけません。

なので、「必要もある」と

記載しています。)

みなさん、こんにちは。





ケアマネ試験が終わり、

ホッと一息。


合格発表は

12月9日です。



ドキドキ・ワクワクの

1ヶ月半ですね。




さてさて、


「施設」か「在宅」か?



ということを

改めて考えてみたい。


そう思って手帳に

記していました。



僕が大学で福祉を

学んでいたとき、


(もしかしたら

僕だけかもしれませんが)


施設は悪で

在宅が良い


みたいな印象を

受けていました。




最近では

そのときのことが


ただの「幻想」

とわかったので、


特別何もないのですが、


あの頃は

在宅が最高で

施設はダメだ


と画一的な考えしか

もてなかった。


そんな自分に反省です。


人生50年の時代は

施設入所云々を考える前に

選択肢がなかったし、

まず、多くの方は介護を

受ける年齢の前に

亡くなっていたのです。


最近思うのは


本人の状態は

もちろんで、


本人の意向も

もちろんですが、



やはり重要なのは


家族の状態と

家族の意向なんだ


ということ。



年齢を重ね、

80歳、90歳


となると


一人で何でもできる

ということが難しい。


それが現実。


誰かの助けが必要です。


もっと言えば

誰かの助けを得ないで

生活できるのなんて

生きていて何年あるのか?

(そもそも人は誰かの助けを

借りて生きていると

考えれば、真の自立とは

なんなんだ?と疑問にすら思う。)



年齢を重ねても

在宅生活がしたいのは

もちろんですが、


支援する家族の助けが

必ずといっていいほど必要です。


介護や経済的な協力を

どこまで得られるのか?





そんなことを仕事で

経験していくうちに


前述のとおり、

「施設」か「在宅」か?


それは

その人、その家族の

状態や意向によって


なのだし、


どちらがいいとか

悪いとかではなくて



選択肢の一つなんだと。


そして、

「施設」・・・×

「在宅」・・・〇


ではないということ。


「在宅」でも必要な支援を

受けられずに生活している人は

たくさんいる。


「施設」には姥捨て山の

イメージがある人が多いのも

事実でしょう。


しかし、悲惨な状態で

在宅生活をするのであれば


やはり、施設も必要だと

思う。



近年、「施設」から「在宅」へ。


と言っているけれど、


確かに「在宅」を望む人には

できる限りのことはしたい。


だけれど、

「施設」が悪のようなイメージを

作るのはよくない。


「施設」は一つの選択肢

なのだから。