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おはようございます。岡本大輔です。
本日の紹介はこちらです。
↓↓↓








【出会い】
帯広図書館の新刊コーナーで出会いました。1を読まずにいきなり2を読んじゃおう!

【本書紹介のねらい】
子どもを持つあなたがあなた自身と子ども自身の生き方や姿勢を確認しあえる一冊です。
ブログ風に横書きで絵本風で読みやすいので読書が苦手なあなたにもぴったりです。


【気になった抜粋】

今のこの苦しい瞬間にさえ、幸せを見つけて感じられる、そんな術を学びませんか、今が幸せでないと思うのなら、自分の考えている幸せのバーを少し下げてみませんか。

「わたしは目と耳、舌を奪われても、魂を失わなかった。だから、すべてを得ることができたのです」(ヘレン・ケラー)。

あなたが持っているものは全て、神の意思からの贈り物です、あなたが帰宅してステレオが無くなっていたら、大騒ぎせずに「ステレオを取りに来たんだ」と言ってください、それは神の意思で戻っていったのです。

わたしの一生で仕事をした日は、1日もなかった、わたしにとっては、すべてが面白い遊びだったのだ(トーマス・エディソン)。遊んでいると考えてください、本とともに、時間とともに、遊びだと考えてください、宿題も、仕事も、遊びで会うと思ってください、職場の上司にも、取引先にも、遊ぶためにこの世に生まれたと思ってください。

もし、ぼくに余生が1日しか与えられないとしたら、明日がないのだから、昨日も必要ない、つまり今この瞬間しか、ぼくにはないのです。

【響いた抜粋と学び】
幸せとは、何も持たないことではないでしょうか、たえず捨てること、たえず人に与えること、決してたやすくはありません、でも、知っていますか? そうするほうが、実は得られるものが大きいってことを……。

高度経済成長を経た日本は何を持つか? 自宅、自家用車、大型テレビ、洗濯機、掃除機、携帯電話(スマホ)、パソコン……何を持つかで幸せを測っていたように思えます。そうすると、人と比較してしまいます。あの人はあれを持っている、だから欲しい。欲しい、欲しい、永遠に欲から離れることができません。
本当は今あるものに感謝できることが幸せにつながるのです。

離れたくても離れられないもの、ふたり、肩を並べて歩いていくこと、ふたり、手に手を取り合っていくこと、それが愛の本当の姿です。

この部分を読んでいたら不意に思い出した曲があります。故尾崎豊氏の「OH MY LITTLE GIRL」です。ふたり~たそがれに~かたよせあるきな~がら~いつまでも~いつまでも~はなれられないで~いる~よ~♪
胸がキュンとくるなぁ。

眠る時間は23年、働く時間は26年、テレビを見る時間は7年、入浴やトイレの時間は3年半、心配するのに費やす時間は6年半、これに比べ、笑う時間はわずか2年10ヶ月程度だそうです。

笑う時間は働く時間の10分の1にも満たない。特に大人になると笑う時間が極端に少なくなる。
ウィリアム・ジェームズ博士は「人は幸せだから笑うのではない、笑うから幸せなのだ」と話しました。
がむしゃらに働くことも必要。でも、笑う、楽しむ、これも必要ですよね。

10代は勉強のために、20代は就職のために、30代は家庭のために、40代は職場のために、50代は健康のために生きているようだ、人間はいつになったら、今この瞬間の幸せだけで満足して生きられるのだろう。

なるほどなぁ。いつになったら「自分のために」に生きていけるのだろうか? 勉強、就職、家庭、職場、健康……もちろん、あなた自身のためにつながるのでしょう。でも、最初に言いたいですね。
「自分のため!」

話が通じないのは、頭のなかに自分の言いたいことだけがいっぱい詰まっているからです、本当のコミュニケーションは、自分の言葉を捨てることから始まります、そして相手も自分の言葉を捨ててこそ初めて会話が成立するのです。

高齢者介護の現場でこれはよくあります。相手が話したいことをこちらが聴かずにこちらの要求ばかり伝えようとしても伝わらないのです。あろうことか、こちらの話を聴かない、あの人は認知症、とさえ言われてしまうのです。

自宅でのこと、家族のこと、介護者からすればどーでもいいことに聴こえるかもしれません。介護者からすれば、食事・入浴・排泄がきっちりできることや書類の説明などの方が大切に感じるかもしれません。
しかし、その介護は誰のためでしょう? 目の前のお客様のためです。となると、介護者であるあなたの言葉をまず置いて(捨てて)、お客様の言葉を聴くことです。



【編集後記】

本日は仕事が休みになります。読書と栞作りをしたいと思います。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

コメントは自由制です。一見さんも読者も大歓迎です。
返信は24時間以内にいたします。
※心無い非難・誹謗・中傷等は削除させていただきます。



帯広市内や近郊にお住まいの方で本書の購入を検討した方はぜひ「ザ・本屋さん」での購入をオススメします。
書店での書籍購入は本をもらうだけではなく帯広の書店存続……つまり「帯広市とその近郊、十勝」の文化・教養を高めることにつながります。

「ザ・本屋さん」ではご自宅や勤務先へ本を配達してくれます。
配達地域……帯広市内(大正、川西除く)、札内地区(全域)、音更地区(大通・木野・希望が丘・共栄台・桜が丘・新通・鈴蘭・住吉台・柏寿代・東通宝来・北明台・北陽台・緑が丘・元町・柳町・雄飛が丘・緑陽台)
雑誌、書籍、週刊誌の定期配達は無料で行います。
非定期配達は1000円以上で無料です。
配達区以外の場合は、郵パックで対応してます。

詳細はホームページでご確認くださいませ。

ザ・本屋さんウェブサイト



おはようございます。岡本大輔です。
本日の紹介はこちらです。
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【出会い】
帯広図書館の新刊コーナーで見つけました。8年前に行ったハウステンボス。GW中だったためかそれなりにお客様はきていたけど、活気はなかったんだ~。あまり気づかなかった。

【本書紹介のねらい】
事業の再生・復興を狙う経営者、幹部のあなたへ。
これから、起業しようと思っているあなたへ。

18年間負け続けた組織を再生できたパワーはきっと起業に役立つはず!


【気になった抜粋】

真剣な失敗の積み重ねがとんでもない大成功を産む、大発明につながる、いま日本人や日本企業に足りないのは、そこなのではないだろうか。

ある中米の国で、混雑した長距離バスに乗っていたときのこと、すっかり旅慣れていた私は、用心深くカメラをバッグの一番下に入れておき、仮眠していた、ところが目を覚ますと、カメラだけが見事になくなっている、そして、私の周りにいた乗客もきれいに消えていた、後で知ったのだが、こうした場合は周りの乗客全員がプロの泥棒なのだという、これには驚いた。

既存の航空会社は、スカイマークが就航している路線に限って同水準まで価格を下げて対抗した、搭乗率は一気に下降した、スカイマークと既存の航空会社では発着枠に差がありすぎるし、基盤が脆弱なうちは新しい機材も導入できない、残念だが、勝負にならなかった。

良いキャッチフレーズに、そこからイメージされるレベルが大きく超える感動が重なって、初めて納得していただけるのだ。

本当に仕事が楽しくて仕方がない、自分が成長していると感じられるようになるためには、既存の従業員に対する教育と、新規採用が欠かせなくなる、そうしないと、やがて人事が淀み、疲れがたまり、逆回転し始める。

私は「得意淡然、失意泰然」という言葉が好きだ、中国の陽明学の教えで、安岡正篤先生が好んでいた六然のうちの2つなのだが、物事がうまくいっているときにはあっさりと、反対にうまくいかないときにはゆったりと構えよ、ということである。


【響いた抜粋と学び】
私が感じた最大の問題は、ハウステンボスの社員たちに染み付いていた、自信のなさだった、自分たちは、すばらしいテーマパークを作っているのだという誇り――それが感じられなかったのだ。自身がなければ、いい仕事はできない、まして、ドキドキ、ワクワクを提供するアミューズメント業界で働く人間にとってもっとも重要なコンテンツである笑顔から、本当の明るさや輝きが失われてしまったら、致命的なサービス低下だ。

携帯電話業界に参入した当初のソフトバンク孫正義さんも似たようなことを言ってました。たった3社しかない携帯電話業界でひとり負けしていたJ-Phoneには赤字以上の問題がありました。チャレンジ精神がない、負け犬精神が染み付いていた、と。
お金がないことや実績がないこと以上に問題なのは、組織内の自信のなさ。特にテーマパークというのは非日常の空間に行くわけです。僕たちはその中で非日常を体験するわけです。それなのに組織が自信をうしなっていたら……こんなのでいいの? って感じだったらガッカリですよね。

介護業界にしても、これは同じわけで自信なさそうに介護していたら、目の前のお客様も「この人大丈夫かな?」って思いますよね。

従業員から負け癖を抜くには、とにかく、直接話すしかなかった、次の3点に絞った……①まず、ハウステンボスはお客様をお迎えする仕事なのだから、たとえ本当は大変でも、嘘でもいいから無理やり明るく元気に楽しく振る舞い、あいさつを欠かさないようにしてほしいこと、②汚れていたらみんなで清掃をすること、そのために、これからは朝礼前に毎朝掃除をする、当然私も参加する、③みんなで頑張って、売り上げ2割増、経費2割減を達成すること、実現できれば必ず黒字化する、そのときはボーナスを出す。

負け癖を抜くにはどうしたらよいのか……。徹底的に話し合うこと、相手(仲間)の不安を取り除くこと、仲間がやる気を出せるコミットメントをすること、です。

ポイントはまずあり方から話すことです。
挨拶、笑顔、清掃、それらができて、実績売り上げ2割増、経費2割減達成、これらができたら黒字化し、ボーナスを出します、といいました。

いきなり、ボーナスをあげる、と人参をぶら下げたわけでなく、何をするのか、どうあるのか、を明確にしてから金銭面の話をしたんですね。

ほんの数年前まで、多くの人がNTTドコモの携帯電話を使い、iモードでメールやコンテンツを使っていたのに、わずか数年で状況が一変してしまう、誰がこのような状況を想像できただろう? 

変化していこうとする努力を欠かさず、時代に合った製品を作り続けていけば、ソニーやパナソニック、任天堂が逆転する目は大いにある、つまり、iPhoneを数年でゴミ箱に追いやる何かを創造すればいいだけなのだ。


2000年、僕は初めて携帯電話を持ちました。そのときドコモのN501だった気がする。生意気にも高校3年のとき、ほとんどの人がエーユー(当時はCDMA1)だったときにドコモにしました。
それから多くの人がドコモを使い、iモードでiアプリと楽しんでいました。そんな僕も早起き生活を始めた3年前の7月お客様の家族から「iPhoneはシンプルでいいよ!」という言葉を受けて早速購入しました。
当時の僕はiPhoneはドコモでiモードの進化した形だと思ってました。

それまで、iモードで携帯のシェアでトップだったドコモの牙城を崩すなんて思いもしなかったです。

iPhoneに奪われたシェアは今度は日本が創る番です。
世界が震撼した「ジャパンアズナンバーワン!」、見せつける時代がやってきたのです。

日本という名の船に乗っている人たちは、残った食糧と水ばかりにしか目が向いていない、誰も海の向こうを望遠鏡で見ていない、しかし、本当に考えなければいけないことは、水や食糧がないことではなく、この船の目的地がないことなのではないだろうか? 豊かな日本に生きているからこそ、柔軟な考え方を持つことが許されているのだ、そこに気づければ、人生はずっと楽しくなって、やりがいも出てくる。

いまでも日本はアジア人の憧れの地である、治安は良く、人々は優しく豊かで、食事はおいしく、自然はいっぱいある、そして、すべてのクオリティは高い、日本人の多くがそこに気づいていないのは、海外を知らず、「当社比」でもものごとを考えてしまうからだ。

日本という素晴らしい国に住んでいる僕たちはこれが当たり前、と思ってしまう。なんだかんだ言っても衛生環境や食事、治安状態、この3つがここまで整っている国は他にはありません。他国を知れば知るほど、今自分たちがどれだけ素晴らしい国にいるのかがわかります。

エイチ・アイ・エスは安くすることには長けていたが、テーマパーク業界ではその理論では生き残れないことに気づかされた、成功と失敗を繰り返しながら、次第に成功のコツをつかんでいった。

再生のためのポイントは2点あるように感じられた、まず、いままでの「オランダの街並みを忠実に再現し、オランダに行かずとも雰囲気が味わえる」というコンセプトを超える価値を創り出さなければならないこと、そして、思い切って手を打っていくには、収支の改善はもちろん、これまで背負ってきた金銭面での問題をあらかじめ除いておく必要があるということだった。

安い価格で「本物の」海外を旅することができるという事実に、多くの人が気づき始めた、時期さえ選べば、東京からハウステンボスに行く金額に少々プラスすれば、本物のオランダにも行けてしまう、こうなってしまうと、本物のオランダに行きたくなるのが当然だろう。

中身がなければたとえ無料でもダメなのだ、テーマパークというのは、値段がいくらであろうと結局は中身であって、行っても何もない、楽しくないのなら、時間の無駄だから、タダでも行かない、当然のことだ。


ここでは価格設定やコンセプトを考えてみます。
テーマパークとは非日常の空間と先述しました。すると、そこに行くのは何のためでしょうか?
テーマパークには「安いから行く」という考えは少ないと思います。
「安いから」というのはスーパーや衣料品など小売業に適した考え方であり、テーマパークは多少の値段は関係ない、むしろ非日常の空間なのだから、高い方が有意義な時間を過ごせた、と感じることもあるのではないか、と思います。

本物のオランダに手軽に行けるとなると、テーマパークはどうしても本物に比べると劣ってしまいます。すると、本物以上の価値、本物とは違った価値を見出せないとレプリカでは楽しんでいただけないでしょう。

入場料が無料であれば、そこに店があろうとなかろうと、賑わっていてもいなくても不満は生じない、そのぶん、入場料の必要な場所の質を上げていくことができる、質が上がれば、賑わいは戻っていく、と同時に、フリーゾーンでは、それまでのハウステンボスでは手がけづらかった新しい試みを手がけやすくなる。

温泉施設もフリーゾーンに設ける予定になっている、当初はヨーロッパの街並みに温泉施設は合わないという声もあったのだが、これはフリーゾーンならではの思い切った取り組みができる好例だ。


澤田さんにぜひ! というのが温泉施設です。ヨーロッパにも昔……古代ローマ帝国には銭湯があったと聴きます。日本の江戸のように綺麗な街並みを保てなかったヨーロッパではペストが大流行して銭湯をすべて廃止し、シャワーという文化になりました。
ここはタイムマシンに乗るイメージで”古代ローマ帝国の湯”を作ったらどうだろう?
※ もちろんオランダでもいいです。

チャレンジは時に危険を伴う、それでも、チャレンジしないと新しいものが得られない、それを知っている人だけが、最終的に成功にたどり着ける。

チャレンジすることは恐ろしいと考える人が大半だが、その段階を超えると、チャレンジすること自体は楽しくなってくる、それは喜ぶべきことだが、実は落とし穴があって、次第にリスクの高いチャレンジに快感を覚えるようになってしまうことがある。

失敗してもいいのは、その失敗が将来の成功に活かせると確信しているからである、しかし、もしも命を絶たれ、あるいは重い病気になって、会社がなくなってしまったら、もはや教訓を次に活かす機会が得られなくなってしまう。

もうひとつの判断基準は、法に触れていないか、人倫に反していないかどうかだ、これについては多くを語るまでもない、たとえ法律に触れなくても、大勢の関係者をアンハッピーにすることで成り立つようなチャレンジはしない。


チャレンジしなければ、新しいものは得られない。
「虎穴に入らずんば虎子を得ず」
でも、本当に虎に喰われたり、噛まれたりして大怪我をしてしまっては、再チャレンジができません。用意周到にしなければいけません。
失敗=うまくいかない方法を見つけた、というのがトーマス・エジソンの言葉。しかし、失敗=死、になってしまってはすべてが無駄になります。

また、怪我や病気、死につながらなくても、周りの人を不幸にするようなチャレンジはやめておこうね、と釘を刺します。

夢を持つこと、チャレンジすることの最大の目的は、それを達成することだ、でも、夢を持っている、チャレンジする、そのために頭を悩まし、体を動かすことそのものも、成功するのと同じくらいの価値を持っているのではないだろうか、成功など、いつかすればいい、そもそもいきなり成功することなど滅多になく、失敗して鍛えられた結果、だんだん確率が上がっていくのだ。

最終的にはチャレンジして、達成することを意識しないといけないですね。チャレンジしたから満足、ではなくて、その成果を考えないといけません。

私たちはいま、歴史の大きな転換点のど真ん中を走っている、変化の勢いがすごいことだけは確かだ、その背景は、情報と通信、そして運輸の革命的な進化である、そのなかでアメリカとヨーロッパがゆっくり沈んでいき、アジアが上昇していく、その中で、どんなチャンスが隠れているのか、どんなリスクがあるのか、意外にそのヒントは、過去の歴史の中に転がっているのだ。

変化のスピードが速いだけで成功できるスピードはまた別だと解釈しています。
大昔はエジプト、メソポタミア、インダス、黄河、と大きな川を持つところで文明が発展しました。
現代とはまったく違います。産業革命が起きて、情報革命と移る。決まった時間働き、報酬を得ていた工場と変わり、短い時間でどれだけ成果を挙げられるか、成果主義へと変わっていく。
アジアの時代、となる現代。中国やインドの絶対数がモノを言う時代に変わっていくのか。
そのとき、僕たち日本人は、限られた数の日本はどのようにしていくのか。
そんな問いかけをいただいたのだと思います。


【編集後記】

本日、妻と長男、長女が帰宅します。次男と二人っきりの生活も終わります。泣かないで過ごせた次男を褒めてあげたいと思います。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

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帯広市内や近郊にお住まいの方で本書の購入を検討した方はぜひ「ザ・本屋さん」での購入をオススメします。
書店での書籍購入は本をもらうだけではなく帯広の書店存続……つまり「帯広市とその近郊、十勝」の文化・教養を高めることにつながります。

「ザ・本屋さん」ではご自宅や勤務先へ本を配達してくれます。
配達地域……帯広市内(大正、川西除く)、札内地区(全域)、音更地区(大通・木野・希望が丘・共栄台・桜が丘・新通・鈴蘭・住吉台・柏寿代・東通宝来・北明台・北陽台・緑が丘・元町・柳町・雄飛が丘・緑陽台)
雑誌、書籍、週刊誌の定期配達は無料で行います。
非定期配達は1000円以上で無料です。
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おはようございます。岡本大輔です。
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【出会い】
先週のNEXT READING読書会で参加した城宝さんが「美しい国へ」を紹介しました。内容が面白そうなので帯広図書館に向かったところ、今年新たに出た本書にめぐり会いました。


【本書紹介のねらい】
~本書抜粋より~
私は政治家として、大きな挫折を経験した人間であります、そういう人間だからこそ、日本のためにすべてを捧げる覚悟があります。

長引く景気低迷、迫りくる外交・安全保障上の危機など、日本を取り巻く環境は、ますます悪化しています、この国をどこに導くべきか――本書において、私なりの考えを述べたいと思います。


安倍さんの考えをお聴きしましょう。

【気になった抜粋】

「リベラル」……ヨーロッパでは、王権に対して、市民が血を流しながら自由の権利を獲得し、民主主義の制度をつくりあげてきた歴史をもつことから、同じ「リベラル」でも、他者の介入を許さないという「個人主義」にちかい意味合いで使われる、これに対して、アメリカにおける「リベラル」は、社会的平等や公正の実現には政府が積極的に介入すべきであると考える、いわゆる「大きな政府」を支持する立場だ。

国は、そのときの豊かさに応じた社会保障の仕組みをつくる、血のかよったあたたかい福祉をおこなうのが行政サービスの基本であることはいうまでもないが、身の丈に合わない大盤振る舞いはできないし、また、してはならない、なぜなら、給付の財源は、国民から徴収した税金と保険料だからである。年金というのは、ざっくりいってしまうと、集めたお金を貯めて配るというシステムだ、だから、加入しているみんなが「破綻させない」という意思させもてば、年金は破綻しないのだ、日本人の過半数が「もう年金はやめよう」といわないかぎり、このシステムは継続するのである、そこが、会社経営の破綻とは根本的に違うところだ。

わたしの考える福祉のかたちとは、最低限度の生活はきちんと国が保障したうえで、あとは個人と民間と地方の裁量でつくりあげてもらうというものである、「セーフティネット」と「自己責任」が重視される社会だ。

【響いた抜粋と学び】
時代は変わったが、わたしは政治家を見るとき、こんな見方をしている、それは「闘う政治家」と「闘わない政治家」である、「闘う政治家」とは、ここ一番、国家のため、国民のためとあれば、批判を恐れず行動する政治家のことである、「闘わない政治家」とは、「あなたのいうことは正しい」と同調はするものの、けっして批判の矢面に立とうとしない政治家だ。

なるほどね。個人的には安倍さんがいう「闘わない政治家」というのが一般的な気がしています。面倒になったら身を隠すイメージがありますが……安倍さんはもちろん「闘う政治家」ですね?

この部分でいうとさらに、会社に属しているあなたや、介護施設で働いているあなたは闘っているのか? と問われる部分です。お客様、利用者様のためとあれば、批判を恐れず行動していますか?

日露戦争……窮乏生活に耐えて戦争に勝ったとき、国民は、ロシアから多額の賠償金の支払いと領土の割譲があるものと信じていたが、ポーツマスの講和会議では一銭の賠償金もとれなかった、このときの日本は、もう破綻寸前で、戦争を継続するのはもはや不可能だった、いや実際のところ、賠償金をとるまでねばり強く交渉する力さえすでになかったのだ。

このあたりの歴史認識はまだまだ僕はできていないと実感でした。日露戦争があった、ということはもちろん知っていますが、当時の庶民の生活は不況と呼ばれる現代をさらに下回っていたのでしょうね。

1950年に起きた朝鮮戦争の特需によって、ようやく復興への糸口をつかんだものの、それほど庶民の生活は向上しなかった、自民党が誕生する前年の1954年の東京には、50万人の失業者があふれていた。

データでみる県勢(2013年版)/矢野恒太記念会 をまたも開きました。2010年国勢調査では完全失業者が408万人です。
※ 1950年は総人口8320万人でした。
すぐに計算ができないので、対比ができませんが、1950年当時と現代とはあまり変わらないような気がします。
むしろ、現代のように衣食住に多くの人が困らない状況ではないので1950年はもっと大変だったんでしょうね。

靖国問題というと、いまでは中国との外交問題であるかのように思われているが、これはそもそもが国内における政教分離の問題であった、いわゆる「津地鎮祭訴訟」の最高裁判決(1977年)で、「社会の慣習にしたがった儀礼が目的ならば宗教的活動とみなされない」という合憲の判断が下されて以来、参拝自体は合憲と解釈されているといってよい。

一国の指導者が、その国のために殉じた人びとにたいして、尊崇の念を表すのは、どこに国でもおこなう行為である、また、その国の伝統や文化にのっとった祈り方があるのも、ごく自然のことであろう。「いかなる国民も、国家のために死んだ人びとにたいして、敬意を払う権利と義務がある。もし靖国神社を焼き払ったとすれば、その行為は、米軍の歴史にとって、不名誉きわまる汚点となって残るでしょう。歴史はそのような行為を理解しないに違いない」、この言葉からは、信仰の自由と権利にたいする神父の強い意志が伝わってくる、神父の提言もあって、靖国神社は難を逃れた。


もともと靖国参拝に対して中国は何も言わなかったのに、突如外交問題に発展しました。これは一説によると中国の政治問題がごちゃごちゃになり、国民からバッシングを受けるようになると、回避するために大東亜戦争のときのことを挙げて政治問題を棚に上げてしまうんだとか。

戦争が終結して、これからまた仲良くやっていきましょうよ、と言っているのに過去のことをほじくりかえしてどうするんですか。
あなたがもしケンカしてしまった友達がいたとして、仲直りしたとします。なのに、ある日、「あのときのケンカのことだけど……」なんて言われたらどうですか? 今さらかい! ってなりますよね?

「君が代」が天皇制を連想させるという人がいるが、この「君」は、日本国の象徴としての天皇である、日本では、天皇を縦糸にして歴史という長大なタペストリーが織られてきたのは事実だ、ほんの一時期を言挙げして、どんな意味があるのか、素直に読んで、この歌詞のどこに軍国主義の思想が感じられるのか。

本書にもありますが、各国の国歌のほとんどは”敵(国)をやっつけろ!”という内容です。士気を高めるために歌われたんでしょうかね。
対する日本の国歌は、日本及び日本国民が、いつまでも平和で栄えますように、という歌です。
安倍さんがおっしゃるように軍国主義の思想は一切なしです。

※ 捻じ曲げられた歴史……日本史を教えられた僕たちは確かに君が代のもと、天皇のために戦争で多くの人が犠牲になったと覚えさせられています。

1954年、保安隊に代わって自衛隊が発足すると、政府は、「自国に対して武力攻撃が加えられた場合、国土を防衛する手段として武力を行使することは、憲法に違反しない」、さらに、憲法第9条第二項が禁じている「戦力」についても「自衛のための必要最小限度を超えるものであって、それ以下の自衛力は、戦力ではない。

したがって自衛隊は違憲ではない」という見解を明らかにする。たとえば日本を攻撃するために、東京湾に、大量破壊兵器を積んだテロリストの工作船がやってきても、向こうから何らかの攻撃がないかぎり、こちらから武力を行使して、相手を排除することはできないのだ、わが国の安全保障と憲法との乖離を解釈でしのぐのは、もはや限界にあることがおわかりだろう。


読書会の中で「自衛隊はどうしたらよい?」という問いかけを僕はしました。難しい議題だったようで読書会の時間内には詰めることができなかったので、改めて僕自身も考えたくて抜粋します。

僕が小学生のころは日本は平和主義で交戦権はない、だから武力を持つこと自体が悪い、と教師から教えられました。
※ 僕の勝手な解釈も混じっているかもしれません。

今、大人になって考えてみます。
人間の付き合いで考えても、話し合いで済めばそれはもちろんいいです。しかし、話し合いだけでゼッタイに全ての物事が解決しますか? そんなことはないですよね。あなた自身の人生を振り返ってもそうですよね。すべての問題を話し合いだけで解決できましたか? 時にはこぶしでぶつかったことだってあるはずです。
国の問題はどうでしょうか? 外交だけで解決できますか? 日本の外を出れば今でも武力抗争をしている国々があります。人類の歴史は戦争の歴史です。
にも関わらず、自衛隊が違憲だ、戦力だ、と否定してしまって大丈夫だろうか?
アメリカが守ってくれる……友達がゼッタイあなたのことを守ります! それって信用しきって大丈夫? 友達に守ってもらうこと前提であなたは生きていますか? そうではなくて、まず自分自身の身は自分で守ることを考えますよね。

じつをいえば、日本の子どもたちの学力の低下については、わたしはそれほど心配していない、もともと高い学力があった国だし、事実いまでも、小学生が九九をそらんじていえるというのは、世界のトップレベルに近い、問題はモラルの低下のほうである、とりわけ気がかりなのは、若者たちが刹那的なことだ、若者が未来を信じなくなれば、社会は活力を失い、秩序はおのずから崩壊していく。

教育は学校だけで全うできるものではない、何よりも大切なのは、家庭である、だからモラルの回復には時間がかかる、ある世代に成果があらわれたとしても、その世代が親になり、つぎの世代が育つころにならなければ、社会のモラルは回復したことにならないからである。


おっしゃるとおりだと僕は思います。子育てをしていて、子どもが勉強出来た方がいい、それはそうです。でももっと大事なのは人間の根っこの部分、モラルを高めることです。
で、これはどうしたらよいのかというと、親自身もモラルを意識することだと思います。子は親の背中を見て育つ、というように模範となる親がしっかりした背中を見せるのです。
その数が増えることで社会のモラルも回復していくと思っています。

そもそも、人間はひとりで生きているわけではないし、ひとりでは生きられない、その人の両親、生まれた土地、その人が育まれた地域のコミュニティ、そして、それらをとりまいている文化や伝統や歴史から、個人を独立させて、切り離すことなどできないのだ。

今日の豊かな日本は、彼ら(特攻隊)がささげた尊い命のうえに成り立っている、だが、戦後生まれのわたしたちは、彼らにどうむきあってきただろうか、国家のためにすすんで身を投じた人たちにたいし、尊敬の念をあらわしてきただろうか。


今回の総選挙で自民党は「日本を、取り戻す。」というスローガンを掲げています、これは単に民主党政権から日本を取り戻すという意味ではありません、敢えて言うなら、これは戦後の歴史から、日本という国を日本国民の手に取り戻す戦いであります。

今僕たちが生きているのは、大東亜戦争のとき日本の未来を、明るい未来を信じて散っていった特攻隊を含め先代たちのおかげなのです。

愛国心が薄れてきた現代ですが、改めて今生きていること、自分たちが生きている日本を見直そう。


【編集後記】

昨日であかりデイサービスの作品展が終了しました。多くの方に来場していただきました。ありがとうございます。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

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