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こんばんは。岡本大輔です。
夜の再紹介(再読)はこちらです。
↓↓↓

著者 : 天野雅博
あさ出版
発売日 : 2010-03-15









【出会い】
昨年7月19日に書評公開しました。

このブログの検索上位”お金持ち”に相反するキーワード”貧乏”。

これを完治する? 僕はその言葉に興味が湧き、帯広図書館で手に取りました。

以前の書評はこちらです。
↓↓↓
貧乏は完治する病気/天野雅博

※ まだまだ読み解きが浅くて荒いなぁ……。

【本書紹介のねらい】
~本書抜粋より~
どん底から、大金持ちになった、だから儲け方でも、使い方でも、金のことならよくわかる、貧乏だったから、よくわかる、貧乏は病気だということが、人はなぜ貧乏になるのであろうか? 親のせい? 世の中のせい? 原因になることをしなければ、人間は病気にならない、貧乏もこれと同じだ、原因になることをしなければ、貧乏にはならない、さらに言えば、貧乏の原因を取り除けば、貧乏という病気を治すことができる。貧乏は完治する病気である、もしあなたが今、お金持ちでないと考えているなら、その完治のさせ方、金持ちになる方法を、この本でお伝えしていくことにしよう。

今朝紹介した
弱者の居場所がない社会――貧困・格差と社会的包摂/阿部 彩 と相反する書籍かと思います。
社会福祉系の貧困問題に対する答えは、セーフティーネットや制度改革を前面にあげていきます。反してビジネス書では個人の努力、個人の意志、考え方の改革が求められます。

ここでは両方を読み解き、どちらが腑に落ちるのか、考えてみましょう。

【気になった抜粋】
いか焼きだとか、たこ焼きなどが、ふつうのスーパーに並んでいても、買う人は少ない、縁日などの際に、お祭りの神社の境内に店をだすと、みんなが買ってくれる。

創業の「創」という感じには「傷つく」という意味がある、自分の仕事を奪われたり失敗したりして傷ついたなら、そのときこそ、新しい価値を創造するチャンスなのだ、メソメソしているヒマはない。

金は人の同意がないと動かない、金が動くか動かないかは、人の意志に従属している、だから、金を得ようとするなら、あなた自身の強い意志と動機が必要になる、動機の程度によっては達成がほど遠かったり、忘れてしまうこともある、だからあきらめ切れないくらいの同期をもつことが大切だ、動機がすべてといっても過言ではない。

【響いた抜粋と学び】
誰かが「犯人として」自首すれば、みんなが解放される、この場に求められているのは、「誰が犯人なのか」ではなく、「誰がみんなを救うか」なのだ。

経営者の書籍や自己啓発書の定番では「判断はじっくり、決断は素早く」とあります。著者の天野さんは児童施設での窃盗事件において、無実にも関わらず、あえて冤罪を引き受けました。
なぜか? それが抜粋にあります。何を求められているのか? そのとき、何ができるのか? 何を決断し行動するのか? 天野さんは幼少期にそれを経験しているわけです。

たいていの子どもはお金をもっていない、では、彼らは貧乏だろうか、とんでもない、彼らは頭を抱えて金策に歩き回っているおじさんと違って、毎日遊び回っているではないか、子どもたちの心は、豊かなのだ。

他人と自分の境遇を比較するようになったころから、貧乏神という病気の本体があなたのなかに入り込んでくるのだ、この神さまは、水虫菌と同じで、いったん身体のなかに入ってしまうと、追い出すのが簡単ではない。


弱者の居場所がない社会――貧困・格差と社会的包摂/阿部 彩 で「相対的貧困」の問題が出てきました。僕はその箇所を読んでいたときに腑に落ちなかったのです。なぜなら、天野さんの書籍を読んでいたからです。

子どもはお金がありません。稼げません。しかし、多くの子どもは豊かに過ごしています。それは衣食住が完備されている、という次元を超えてです。希望に満ち溢れています。
なぜなら、心が豊かだからです。

つまり、社会福祉で貧困問題に直面している人たちは金銭的な貧困はもちろんですが、それ以上に心を巣食っているのは心の貧しさだ、と言えるのではないでしょうか?

※ これを社会福祉士会などで発表するとなかなか理解されない。残念なことです。

僕が今までお会いしている方で生活保護を受けているお客様や家族は、やはり言葉の節々に諦めや他人のせい、環境のせい、にする発言が目立っていました。

貧乏という病気が心を巣食っていたのではないか? と僕は思うのです。

安定した生活を続けていると、人間の本能的な闘争心は、気づかないうちに萎えてしまう、ちょっと悔しい思いをしても「ま、いいか」と自分で自分を納得させてしまうようになる、そんなふうに闘争心が弱くなると、今の世のなか生き抜けないし、金持ちにだってなれない、肝心なのは「不足」や「欲」なのだ。

デンマークやスウェーデンといった福祉先進国の話しです。日本の回転寿司を見て
「素晴らしい!」
と驚愕する一方で、こう話すのです。
「僕たちには絶対にできない。もし僕の国にもできたら行ってみたい」
と言うのです。福祉が充実し、ストレスがなくなりすぎて、闘争心がなくなったわけです。
すると、向上心もなくなり、今現実に甘んじてしまう。
スウェーデンあたりは福祉国家で有名ですが、その一方で若者の失業率が深刻な問題になっていると聴いたことがあります。
これは天野さんの話が無関係とは言い切れないでしょう。

今、独身のサラリーマンで、百万円の預金をもっている人がどれだけいるだろうか、預金どころか、三十歳代男性の三人に一人は独立して生活することもなく、親の家で暮らしているという、一方、英国人英会話講師を殺害した容疑で指名手配されていた男が、二年半も逃亡生活を続けた後、逮捕されたことは記憶に新しい、その間に百万円以上もの現金を貯めていたことが判明した。

僕はこれを読んでびっくりしました。確かに、彼は逃亡しているわけですからお金を使う場所も限られているでしょうし、貯めるしかなかった、と言えばそれまでかもしれませんが、逃亡しながらでも百万円貯められるんですね。

一方で、まっとうに生きている人間が年収300万円以下のワーキングプア……これはどうしたことか。

もし、年収千二百万円を達成すればよいとするなら、年に三回、四百万円の収入を得ればよいことになる、このほうがずっと簡単だ、ちょっとがんばれば誰にでもできるし、さらにその上を狙うことだってむずかしいことではない。

これは会社員の生活を植え付けられていては思いつかない発想ですよね。毎月決まった日に給料が入る、だから毎月引き落とされる光熱費や食費、などかかるお金を支払える、という思い込みが僕やあなたの心を巣食っているのです。
年に3回400万円稼ぐことが簡単と断言する天野さん……すごい。実践するからなおすごい。

みんながバーチャルな世界や、デジタルの世界に引きこもりがちな今だからこそ、リアルの世界やアナログの世界にチャンスができてきている、金儲けの秘訣は、みんなが歩くのとは違う「別ルート」で山を目指すところにある。

他人には絶対真似のできない方法論やノウハウを握っているからこそ、いくらでも他人に相談でき、公表することもできるはず、それができないなら、単なる思いつきということを自分で証明しているようなものだ。


このあたりは以前まとめて書籍を紹介した岡野雅行さんを思い出します。
岡野さんもこれからの時代はアナログだ、と断言していましたね。

参考書籍はこちらです
↓↓↓
メシが食いたければ好きなことをやれ!―世界一の職人が教える「自分ブランド」「人づきあい」「心丈夫」の方法 [単行本]
人生は勉強より「世渡り力」だ! (青春新書インテリジェンス) [新書]

学校で教えない“お金"を生む発想法 [単行本]
学校の勉強だけではメシは食えない!―世界一の職人が教える「世渡り力」「仕事」「成功」の発想 [単行本]
俺が、つくる! [単行本]
世界一の職人が教える仕事がおもしろくなる発想法 (青春文庫 お- 31) [文庫]


少ない、足りない、まるでない、だから知恵が出てくる、それが人間だ。

天野さんは生まれたときに母親から捨てられました。施設で育ち、物心ついた頃には非行に走り、刑務所も経験しました。彼は一般において、少ない、足りない、まるでない環境に育ったのです。
そう聴くと不幸と感じませんか? しかし、違ったのです。天野さんが違うのはその状況だからこそ、知恵を出したことです。
多くの人はそこでストップするから貧乏になるのではないでしょうか?

いったんあきらめる人は、必ず同じところで、あきらめているという傾向がある、だから、その人はいつまでたっても、最後に貧乏くじを引くことになる、でもそれは当たり前のこと、自分があきらめた先を見たことがないのだから。

苦しくても、悲しくても、これ以上もう借金ができなくても、あきらめてはいけない、あきらめなければ、凡人があきらめた一歩先の未体験ゾーンを体験できる、さらにその二歩先には、もっとすごい世界が待っていることだろう。


多くの人は一回の失敗、二回の失敗・挫折でめげてしまいます。だから、その先が見えないのです。

歌手の氷川きよしさんが売り出し中のころ、街角で、ビール箱をひっくり返した上に立って歌っていたら、「何あれ、ダサッ」と女子高生からバカにされたという、漫談の綾小路きみまろさんは、ブレイクするまで23年かかっている、高速のサービスエリアで、自分で吹き込んだカセットをバスガイドたちにただで配っていたが、すぐには注目されなかった。

氷川きよしさんがここでしょげてしまえば、今の地位はなかったでしょう。綾小路きみまろさんが22年で諦めていたら、今の人気はなかったでしょう。
そうなんです。どれだけかかっても、自分を信じて行動しているのです。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

コメントは自由制です。一見さんも読者も大歓迎です。
返信は24時間以内にいたします。
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著者 : 天野雅博
あさ出版
発売日 : 2010-03-15

こんにちは。岡本大輔です。
昼の紹介はこちらです。
↓↓↓
著者 : 木村尚義
廣済堂出版
発売日 : 2013-05-28









【出会い】
著者の木村尚義さんから献本していただきました。ありがとうございます。

先月も木村さんの書籍を献本していただきました。
↓↓↓
ひらめく人の思考術: 物語で身につくラテラル・シンキング/木村尚義


【本書紹介のねらい】
~本書抜粋より~
本書では、ラテラルシンキングで実績をあげた、名だたる10人をピックアップしてそれぞれの思考法を紹介します。

スティーブ・ジョブズ、レイ・クロック、本田宗一郎、といった歴代の名経営者から歴史上の人物、豊臣秀吉、アニメの中のドラえもん、といったそうそうたるメンバーのラテラル・シンキングの視点での伝記です。
今まで彼らの伝記を読んだことがあるあなたにとっては新しい発見につながることでしょう。
彼らの伝記を初めて読むあなたにとっては、彼らの成功への道のりを知ると共に、大胆な発想法に舌を巻くこととなるでしょう。


【気になった抜粋】
大ヒットした「もののけ姫」ですが、実はジブリ得意のある成功法則を使わずして、成功を掴んだ作品でもありました、そう、もののけ姫では宮崎の得意技「空を飛ぶ」シーンがないのです、過去の成功を捨てて臨み、見事大成功へと導いたのでした、従来の成功手法を使い続けると手堅い半面、マンネリ化というデメリットもあります。

【響いた抜粋と学び】
10名分の伝記を読み解きながら、彼らが問題と直面した時の発想法を問題形式で考えることができます。これは答えを当てる、のではなくて、一緒に考えることで”発想する”癖をつけることができると思います。
正しい、間違っている、ではなくていかに発想するかを意識しましょうね。

※ 松本清さんの発想法のところを読んで
ひらめく人の思考術: 物語で身につくラテラル・シンキング/木村尚義 の発想のひとつは松本清さんを参考にしたんだなぁ……と思ってました。

コンピュータ会社の重役達も「コンピュータを大衆向けに」というイメージは持てずにいました、そんな中アップルⅡように大衆向けの表計算ソフトウェアが発売されました……その表計算ソフトウェアは、大ヒットとなります、なぜ、表計算をたくさんの人が求めたのでしょう? 

たとえば、このような問題が出てきます。正解しようが、不正解だろうが、学校のようにテストはありません。これが間違っていたからといってあなたの発想が貧弱だとかそういうこともありません。
それは本書のコンセプトではありません。読みながら学ぶのです。本書を読み終えたあとに実践できればいいだけのことです。

ん? で、表計算をどうしてたくさんの人が求めたのかって? それは……本書に載っています!

参考資料はこちらです。
↓↓↓
スティーブ・ジョブズ I [ハードカバー]
スティーブ・ジョブズ II [ハードカバー]
スティーブ・ジョブズ 驚異のプレゼン―人々を惹きつける18の法則 [単行本(ソフトカバー)]
スティーブ・ジョブズ 驚異のイノベーション―人生・仕事・世界を変える7つの法則 [単行本]


ラテラルにとらわれず、純粋にスティーブ・ジョブズの生き方を詳しく知りたい方にオススメです。

電化製品というものはコンピュータに限らず、部品の大きさによって製品の大きさが決まるものです、すべての製品が揃い、それを組み立てて初めて、サイズが決定するのです、しかしマックではそれを逆に考えました、先に大きさを決めてから、それに収まるように部品を採用したのです。

ジョブズのところを続けると、モノをつくるときの当時の常識は部品があって組み立ていくと大きさが決まる、というものでした。その常識を覆し、完成品をイメージし、それに合う部品を選ぶ(作る)という工程に変わったのです。

目標達成についても同じことがいえますね。最初に大きな目標を立ててから短期目標を積み上げていく方法がありますし、その逆に小さな目標を立てていき、最終的な目標を掲げる方法だってありますね。
どちらがいいのか? どっちもいい、必要な考えは、あなたにとってどちらが必要なのか? ということです。

秀吉は差を埋めるのではなくて差が埋められないのなら、スタートラインを一緒にしてしまえと考えます、新たな伝統を作ってしまうのです。

斬新ですね。既存のものがないなら創る、という発想に似ています。伝統がない、といって悲観せずに新しく創ろう、とプラスに発想する。なるほど。

江戸時代に入った後、秀吉の七回忌では家康による盛大なイベントも執りに行われ、豊国神社を奉納して大いに盛り上がりました、ところが大阪冬の陣に続いて夏の陣で徳川家康が豊臣家を滅ぼすと、途端に豊国神社を家康自身が封じてしまうのです、その後秀吉は天下人ではなく信長の家臣として忠節を尽くした、庶民の英雄という見方が強くなります、しかし明治時代になると出世の神様として豊国神社は復活し、秀吉は再評価されます。

本書の利点としては、上記抜粋のように、知られていないことを横書きで間隔を空けており、サラっと読めてしまうことです。秀吉の評価は時代によって変化していたんですね。知らなかった~。

愚痴はなぜ出るのでしょうか? それは「どうせできっこない」と思っているそのことを、どうしても叶えたいから、現実になってほしいと強く思うからこそ、だから無理にあきらめようとして愚痴が出るのです。

愚痴が出た瞬間がチャンスですね! 本当はやりたいことなんですね。特に顧客から愚痴や不満が出たときは大チャンスと捉えられますね。

もしかすると、清少納言の「清」は父の性である「清原」の短縮形であり、「少納言」は宮中に仕えているときの呼び名です、源氏物語の紫式部も同様に本名不詳です。

こちらについては
日本人だけが知っている 神様にほめられる生き方/岡本彰夫 にも載っていました。

古代、名を告げるということは、相手に対して身も心も捧げることを意味しました、名前には魂がこめられているので、その名を告げると、告げた人間のものになる、ですから、いにしえの女性たちは夫にしか名前を教えないものでした、ゆえに平安時代の女性たちの本名はわからないことがほとんどです、紫式部や清少納言というのも、実は宮中の女官としての源氏名であり、本名はわかっていません、それほど名前は大事なものだったのです。


とあります。

現代人は江戸時代以降「名を名乗れ!」の時代に入ったので、僕たちは自己紹介のときに所属と名前を告げます。
しかし、古代は違ったのですね。

今現在、ツイッターや書籍でハンドルネームやペンネームで活動されている方も100年後1000年後になったら、言われるかもしれませんね。
本名で活動すると差し支えるので、ハンドルネームを使って活動する人たちもいた、ってね。


最後に、本書を読み終えたあなたは「あ~面白かった」で終えるのではなく、1.常識や前提を常に疑う、2.本質は何かを抽象化する、3.セレンディピティ、これらを意識して今からの人生に役立ててください。



ここまでお読みいただきありがとうございます。

コメントは自由制です。一見さんも読者も大歓迎です。
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著者 : 木村尚義
廣済堂出版
発売日 : 2013-05-28
おはようございます。岡本大輔です。
本日の紹介はこちらです。
↓↓↓

著者 : 阿部彩
講談社
発売日 : 2011-12-16













【出会い】
6月29日、十勝地区社会福祉士会初となる読書会が開催されました。そのときの課題書籍です。
ザ・本屋さん で購入しました。

※ 6名が参加し、書籍から感じ取った意見を出し合い、学び合いました。

【本書紹介のねらい】
~本書抜粋より~
「社会的包摂(ソーシャル・インクルージョン)」とは、従来の貧困の考え方をより革新した「社会的排除(ソーシャル・エクスクルージョン)」に相対する概念で、平たくいえば「社会につつみこむこと」である。

この震災を機に常日頃の生活において、すべての人が包摂される社会を構築しなければならないからである。

本書は、どのようなショックにあっても、人々の暮らしを守るセーフティネットを構築していかなければならないという願いを込めて執筆された、本書で論じる「社会的包摂」とは、災害時だけでなく、平時においても社会政策の基本的な理念となる考え方である。


経済大国日本における貧困問題とは何か? 貧困は日本に存在するのか? これからの時代に僕たち社会福祉士はどう実践するのか? 考察しましょう。

【気になった抜粋】

実際には、最低生活基準は、一般的な世帯の消費水準の約60%に設定されている敢行が1984年から続いているが、この慣行とて、国民の理解と合意のうえで設定されているとは言い難い。

働くことというのは、ただ単に賃金をもらうための手段というだけでない、働くことによって、人は社会から存在意義を認められ、「役割」が与えられる、働くことは、社会から「承認」されることなのである。

職場で「アルバイトさん」などと名前でさえも呼ばれず、人間関係も育まれず、不景気になればモノのように切り捨てられる、次の職に就いたときに評価されるような経験を得られることはない、このような職では、社会から「承認」を得たと感じることは、極めて難しいのではないだろうか。


【響いた抜粋と学び】
2007年の貧困率は15.3%、18歳未満の子どもに限ると14.7%であった、約7人に1人の国民が貧困状態にあるというこの数値は、日本には貧困が存在しないと考えてきた多くの人々に大きな衝撃を与えた。

「貧困」という言葉は、社会として「許されない」生活水準のことである、すなわち、「貧困」を定義することは、逆に考えれば、現代の日本社会において、どこまでが「許容範囲」の生活なのかを定義することである。


どの程度のことを日本において、貧困と指すのでしょうか? 僕が物心ついたときは衣食住が完備され、生活するのに何も困らない……僕の場合は両親が2歳の頃に離婚していました。それでも祖父母と母と4人で生活し始めて、僕はスイミングに通い、ピアノを習ったり、くもん式に通ったり、ミニバスケットボール少年団に入ったり……どれも小学校6年生の頃には辞めていましたが、何不自由ない生活ができていました。それが当たり前だと思っていました。
今にして思えば、母は仕事を辞めて30歳前に看護学校に入学し、祖父は公務員として働き、祖母は地元のスーパーの惣菜コーナーで働いていました。一所懸命働いてくれたおかげで僕は友達がやっている習い事をやることができました。
行きたくもない塾にも通うことができました(大人になってわかったけど、塾も高いですよね!)。
そして、月に1回以上は外食に連れていってもらっていましたし、おそらく他の家庭よりも物質的には恵まれていたのでしょうね。
そんな僕が改めて、「貧困」と考えると、よくわからないです。たとえば、小学校のときにみんながプーマやチャンピオン、アディダスのジャージーを着ている中、HEADだとか比較的値段の安いジャージーを来ている同級生がいて、よくからかっていた、というのは記憶に残っています。
子供社会は残酷なもんです。
今の我が家だったら、アディダスやアシックスのジャージーは頻繁には買えないですね。

日本の多くの人が持っている「貧困」のイメージは、食べ物にも事欠いており、衣服もボロボロである、といった、発展途上国の難民や、終戦直後の日本の状況であるという、このような、生きることさえ危うい状況のことを「絶対的貧困」と呼ぶ。

一方で、2011年の現在、たとえば、クラスで一人だけ給食費が払えない子どもがいる状況は、どうであろう、みんなが同じ給食を食べているとき、その子は一人、家から持ってきた塩おにぎりを食べているとしたら、これが相対的貧困である。



ここで言う「絶対的貧困」の状態は日本では稀ではないか、と思います。現代日本において衣食住がままならない、という状態は少数なはずです。
※ セーフティネットにのらない状態の方はいるということです。

それに対して、相対的貧困というのは多いと思います。先述したジャージーの問題もそうです。現代で言えば、携帯電話を持てるか持てないか、というのもそうじゃないか? と社会福祉士会での読書会でも話し合いました。
昔で言えば、最新のゲーム機やソフトを持っているか持っていないかで子ども同時のコミュニティーに入れるかは入れないかが決められるし(戦術の同級生はもちろん入れなかった)、もっと上の世代であれば、テレビが自宅にあるかないかで、友達とテレビ番組の話題ができるかできないかが決まります。
子供社会ですから、話が合わない奴とは集まらないし、寄せ付けなくなります。怖いなぁ。

【何が絶対必要か?】……「医者にかかれること」(89%)、「歯科医にかかれること」(87%)、「電話」(88%)については支持率が高く、80%以上の人々が「絶対に必要である」としている。

国民皆保険の日本だからこそ、医療を受けられることを当たり前と思っているんじゃないのかな? と僕は感じます。以前、社会人バスケットをやっていたときのことです。一緒のチームに整形外科の医師がいました。夜7時~9時の練習中にも彼の電話は鳴りっぱなしです。

救急外来の電話を終えた彼はボヤキました。
「夜中にちょっとした怪我ですぐ医療受けられるなんて恵まれすぎなんだよ」

僕は同感でした。電話だけではどれくらいのケガかわかりません。本当に緊急で手術しないと肢体不自由になるのかもしれません。
しかし、緊急で医療を受けられることは……しかもそれは一般庶民が、ものすごく特殊なことだと感じます。豊かすぎるのかもしれません。恵まれすぎているのかもしれません。

私は独身時代、よく週末に、たいした仕事もないのに職場に行った、同じような経験がある読者の方も多いのではないだろうか、そこに自分の名前がついた机があり、自分の持ち物が置いてあり、そこに何時間座っていても誰も文句を言わない。

僕じゃありませんが、以前の職場でいつまでも帰らない人がいました。朝はみんなより早くいて、自分の机に座っていました。仕事があるのか、ないのか定時過ぎても立ち上がる気配はありません。夜勤の日も同じです。なかなか帰りません。夜勤明けで眠たくないのか?
しかも、シフト上を見ると、その先輩は仕事が休みの日にも朝からいるのです。
なぜ? なかなか帰りません。
さらに、その先輩は有給休暇を取りました。何か用事があるのだろうか?
僕はその日出勤でした。やっぱり先輩は出勤(?)していました。何をしていたのでしょう?
仕事をしていなかったのは確かです。
自分の居場所に戻ってきたのでしょうね。

驚くべきことは、明らかに格差の大きい州ほど、人を信頼する人の割合が少ないことである、この傾向は、設問に異なる文言を使った調査でも、国ごとのデータでも、同じ国の時系列のデータでも確認できる。

人が人を信頼しない社会では、暴力が蔓延する、殺人率と所得格差は驚くほど正の相関がある、アメリカは、突出して殺人率が高いが、それ以外の国々ではほぼ直線状にデータが並んでいる、やはり、格差が大きい国であるほど、殺人率も高いのである。

格差の大きい社会ほど、女性の地位が低く、社会進出が遅い、不平等な社会においては、男性間の競争が激しく、より攻撃的で「男らしい」ことが評価されるようになるからである、この傾向は、男女格差だけに留まらない、格差の大きい社会ほど、人種や宗教などといったグループ間の対立が激しく、人種間の偏見の指数が高いのである、格差は社会の中で亀裂を作り、上下関係を強いるのである。

格差が大きい地域や国においては、社会的地位が低い者は自尊心を保つことが難しい、自尊心を傷つけられたことに対する反応として、暴力に走ってしまうこともある。

格差が大きい地域の人々は平均余命が短いのであろうか? その最大の理由は、おそらく、心理的なストレスであろう、現代社会におけるもっとも大きなストレス要因は、①社会的地位が低いこと、②人間関係が希薄なこと、③子ども期の(貧困)経験、であると言う、格差は、この三つのどれをも悪化させるのである。


格差の問題について、僕は一番本書で考えさせられました。

日本国勢図会〈2013/14年版〉/矢野恒太記念会
データでみる県勢(2013年版)/矢野恒太記念会

僕は上記2冊を活用して、詳細なデータをもとに考察しました。

格差が大きいほど殺人事件が多い……というところでは本書の図にあるように格差社会の筆頭に挙げられるアメリカが郡を抜いていました。

しかし、その一方でアメリカよりも下ではありますが、スウェーデンやフィンランドといった福祉先進国が日本より100万人あたりの殺人数が多いのです。
※ ちなみに先進国の中で日本が一番低いです。なんだかなんだ言っても日本の治安は抜群です。

日本国勢図会〈2013/14年版〉/矢野恒太記念会 を参照すると、アメリカの犯罪動向(認知件数)は1066万件弱です。日本は170万件弱ですから桁違いです(もちろん、人口も違いますが)。

ちなみに一番下の平均余命についてです。
平均寿命の国際比較……
シンガポール:男79.6、女84.3、
香港:男80.5、女86.7、
アイスランド:男79.9、女83.6、
イタリア:男79.4、女84.5、
スイス:男80.2、女84.6、
スウェーデン:男79.81、女83.70、
スペイン:男78.94、女84.91、
ドイツ:77.51男、女82.59、
フランス:男78.2、女84.8、
アメリカ:男76.2、女81.1、
カナダ:男78.8、女83.3、
オーストラリア:男79.5、女84.0


アメリカの数字と日本は大差ありません。平均余命で見ると、格差社会が平均余命に影響しているようには思えませんが……。
あくまで”平均”ですので格差の影響で、末端の人たちは平均余命が短く、裕福になるにつれ平均余命が長い、なんて数字があるのかもしれませんね。

もっと言えば、この平均余命で伝えたいのは、インドだとか中国だとかの階級社会があるところのことなのかなぁ。

人間は自分と似た社会的地位にある人と交流し、仲間意識を持ち、自分から離れた社会的地位にある人とは関係を持つことが少ないということである、格差が大きい社会においては、自分と離れた地位にある人々が増えるため、すべての人にとって信頼できる人が少なくなるわけである。

社会人バスケットをやっていたときに思っていました。僕らのチームのような中堅チームと上位チーム、下位チームの違いってなんだろう? ってことです。
プロスポーツチームでもなんでもいいんですが、強いところと弱いところで違うのは声がでているかでていないか、チームが結束しているかどうかなんです(当たり前だって?)。
強いチームであればあるほど、チーム内でしっかり声を出しているんですね。
弱いチームであればあるほど、声が出ていない。自分のことでいっぱいいっぱいで仲間のために声を出すことはないんです(その方法を知らない、というのもありえますが)。

格差においても同じだと思います。裕福層は裕福層で固まって、更に裕福になる。中堅層は中堅層で上に対してひがみ、下に対して優越感をもってなんとなく生きていく。そして、貧困層は貧困層で妬み続けていく……。

人はそれぞれの階級に自然と流れて集まる、そんな本質があるんじゃないか? と僕は思っています。

そこで信頼するかしないかは別問題に感じますが……。どうなんでしょうか。



【編集後記】
本日も休みです。次男と一緒に自宅周辺の公園散策です。たくさん遊びます。


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帯広市内や近郊にお住まいの方で本書の購入を検討した方はぜひ「ザ・本屋さん」での購入をオススメします。
書店での書籍購入は本をもらうだけではなく帯広の書店存続……つまり「帯広市とその近郊、十勝」の文化・教養を高めることにつながります。

「ザ・本屋さん」ではご自宅や勤務先へ本を配達してくれます。
配達地域……帯広市内(大正、川西除く)、札内地区(全域)、音更地区(大通・木野・希望が丘・共栄台・桜が丘・新通・鈴蘭・住吉台・柏寿代・東通宝来・北明台・北陽台・緑が丘・元町・柳町・雄飛が丘・緑陽台)
雑誌、書籍、週刊誌の定期配達は無料で行います。
非定期配達は1000円以上で無料です。
配達区以外の場合は、郵パックで対応してます。

詳細はホームページでご確認くださいませ。
ザ・本屋さんウェブサイト


著者 : 阿部彩
講談社
発売日 : 2011-12-16

【福祉関係の書評(まずはお試し)】
ひとりも殺させない: それでも生活保護を否定しますか/藤田孝典
新・私が決める尊厳死「不治かつ末期」の具体的提案/中日新聞社
日本に殺されず幸せに生きる方法/谷本真由美 (介護問題に言及しています)
ケースワークの原則―援助関係を形成する技法/フェリックス・P.バイステック
人間の発見と形成/リッチモンド


【関連書籍(即購入の方におすすめ)】
ひとりも殺させない: それでも生活保護を否定しますか [単行本]
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