ナウシカの飛行具、作ってみた 発想・制作・離陸---- メーヴェが飛ぶまでの10年間/八谷 和彦 | ブログ

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こんにちは。岡本大輔です。
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著者 : 八谷和彦
幻冬舎
発売日 : 2013-09-12









【出会い】
本が好き!: 書評でつながる読書コミュニティ   の抽選で当選しました。ありがとうございます。



【本書紹介のねらい】
~Amazonより~
なぜ、どのように、架空の一人乗り機“メーヴェ”を実現させたか。10年間をかけたプロジェクトの全容。最初は模型、次に実寸サイズの機体を制作し、ゴムで引っ張るグライダーでの飛行訓練を経て、ようやくジェットエンジンで飛翔するまで。

メーヴェを実現させる、挑戦! さぁ、あなたも挑戦!


【響いた抜粋と学び】
著者の八谷さんはメディアアーティストです。九州芸術工科大学(現九州大学芸術工学部)画像設計学科卒業後、コンサルティング会社勤務を経て、(株)PetWORKsを設立。2010年より東京藝術大学先端芸術表現科准教授です(執筆当時)。

「風の谷のナウシカ」の飛行機、メーヴェに魅せられた著者が夢を現実にするために追いかけた軌跡を記しています。

僕自身は実は「風の谷のナウシカ」はおろか、ジブリアニメをまったくといっていいほど見ません。今5歳になる次男が2歳くらいのときにハマった「となりのトトロ」、「崖の上のポニョ」など何度も何度も繰り返し見ていたので、セリフが頭の中に残っている状態です。

そして、メーヴェを知ったのは大学時代だったかな。19(ジューク)というデュオが出した曲「あの紙ヒコーキくもり空わって」という曲の2番で
「”メーヴェ”とつけた紙ヒコーキ2人でよく飛ばしたね♪」
というところです。
ジブリ大好きな友人が
「ナウシカだよね」
って言ったときに初めてメーヴェがナウシカに出てくると知りました。しかしその時点で僕はナウシカを知りませんし、今でも見たことがありません。
メーヴェって何かわかりませんでした。
※ むしろ人の名前だと思っていましたから(照)

「今、日本では、民間用の航空機は年間何機くらい製造されているでしょうか?」。

さて、この質問が答えられますか? 本書にもありますが、現在日本では航空機は製造されていません。なんとゼロです。
日本上空を舞う飛行機たちはみな日本以外で作られたものです。

今から60年以上前、大東亜戦争開戦当時、世界を震撼させたのは”ゼロ・ファイター”こと、零戦です。

自動車すらまともに作れないイエローモンキーたちが飛行機なんて作れる訳がない。

そうバカにされたときに出てきた零戦はパールハーバーで大活躍。敵国からの指令。
零戦と遭遇したときは迷わず逃げろ! 
敵前逃亡を命令したのです。これこそが零戦が当時世界最高だったことを示すものです。

日本が第二次世界大戦で敗戦してから、乗り込んできた連合国軍最高司令官総司令部「GHQ」によって飛行機は破壊され、製造はもちろん、研究すら禁止されました、これが、「航空禁止令」と呼ばれるものです。

航空の歴史を知れば知るほど、「戦前の人たちが、こんな素晴らしい無尾翼機を作っているのだから、戦後の僕たちだって作れるはず!」と思いました、ちょっと大げさかもしれませんがオープンスカイの目的のひとつは、一旦途絶えた日本の飛行機の系譜を継ぐことなのかもしれません。


結局のところ、飛行機を作れなくなった技術者たちは自動車や列車などに力を発揮し、今日の日本の産業を支えてきたのです。それだけ、日本の技術力を恐れたということですね。

その世界のプロが、経験による先入観ゆえに気づかないことをアマチュアが突破することがしばしばあります、企業が新卒を採用するのも、そういう視点が重要であることをよく知っているからです、また、どんな立派なプロであっても、最初はアマチュアだったわけです、まずは志で負けなければいいのです。

介護業界で言うと、もちろん何年も介護に携わる経験者の方が観察力が高く、お客様の状態を把握できるのです。その一方で何も知らない実習生は感受性に優れており
「どうして?」
と当たり前と思われることにも疑問が出るのです。そこが僕たち介護の経験者に求められることでしょうね。


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著者 : 八谷和彦
幻冬舎
発売日 : 2013-09-12