誰も「戦後」を覚えていない/鴨下信一 | ブログ

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こんにちは。岡本大輔です。

本日の紹介はこちらです。

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【出会い】

お客様と戦前、戦後の話になることがあり、興味があったので帯広図書館で借りました。

【本書のテーマ】

みんなが話さなくなった戦後のことについて。

【岡本大輔の視点】

戦後の真実。


【気になった抜粋】

列車の満員地獄・・・身動きできずに8時間、窓から小便をする男性もいた。

昭和20年12月19日、母親に背負われた乳児が満員電車で圧死。

間借りの時代の悲劇は台所から起きる、隣人が何を食べているのか?おかずはない、主食は何か?

第一回宝くじが昭和20年10月に発売、一枚10円、一等10万円。

身分証明にはハンコ、闇市にも販売される。

ペイオフ、昭和21年にある。一般庶民には何一つ情報なし、予防できず。

暁に祈る・・・歌詞の悲惨さ。

歴史的仮名づかひの存在。

戦後の不公平・・・死んだ、死なないなど、生き残った人間の罪悪感。

【響いた抜粋と学び】

戦後の日本・・・盗み(取替え)、すべては盗まず、いいもの一点だけ・・・対策として風呂敷。


以前、お客様と会話していた時に、「銭湯に行ったら自分の子の新品の長靴がなくなった」という話がありました。

同じクラスの父親がお客様の子どもの名前を上から消して、自分の子どもに履かせていたらしいです。


敗戦当時の日本のことを僕は分からないし、モノに溢れた現代でしか生活していないので想像もつかないけれど、本当に、盗み(取替え)は日常茶飯事だったのだと読んでいて感じました。


風呂敷の活用として、服をすべて盗むのは罪悪感が強く、その中でもいいものを一点だけ盗まれる(取り替えられる)ので、風呂敷にすべてを包んでおけば、それごと持っていけない・・・つまり、そのあたりはモラルがあったのだろうと思います。


また、”盗む”ではなく”取り替える”という点も着目点です。人の物を盗むだけでなく、自分のものを置いていくのですから。

バレそうな気がしますね。


ちなみにお客様の子どもの新品の長靴についてはすぐに犯人が分かったし、クラスの子ども達もそれに気づいて盗んだ子ども(父親が交換したらしいけれど)はいじめられたそうです。


そして、後日その長靴はお客様の自宅の玄関に戻ってきたそうです。


その父親も子どもには「買ってきたよ」と話していたらしいですが、ちょっと辛いですね。


母親が親戚の米びつから米をかすめ取っている光景を見たときはこたえた。


著者の鴨下さんも盗みの現場を見てしまっています。盗んだ事実だけでも堪えるのに、現場を目撃してしまったら・・・生きるためとはいえ、辛い現実ですね。



美味しい=腹いっぱい食べる。

飢えていても同じものばかり食べていれば食べられない。


飽食の現代ではピンとこない部分です。美味しいは味が卓越していることでしょうと感じますが、あの当時は食べることすらままならぬ状態です。


そう考えると食べ放題のお店はあの時代を生きた人にとって天国のようなところですね。


飢えていたら、何でもいいから食べられると思ったら違うんですね。

毎日毎日、来る日も来る日もイモばっかりで食べられない。腹が減って食べたいのに、食べられない・・・辛いなぁ。



終戦間際には敗戦のリークが一般庶民にも流れていた。


あの時代はパソコンもなければ、携帯もない。ネット環境のない時代に情報が庶民に漏れていたということはよっぽどだったんでしょうね。


現代だったら、2ちゃんねるやツイッターで「日本敗戦間近、Xデーは8.15、拡散希望」なんてバンバンとんでるんだろうな。




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