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朝日町shellのブログ

朝日町の事を中心に書いていきます。
この町には素敵がたくさんあります。

こんにちは。


世の中はいろいろ大変です。


ロシアとウクライナ、心配ですね。


このような不安な時代にオススメすること、それは決して周囲に振り回されない自己の確立です!


そうです、今の時代に必要なのは「悟り」なのです!!


今回は、その「悟り」※1至る為に人生を捧げたある男の物語です。

※1 「悟り」とは何かという定義について、このブログでは便宜上「至福」という言葉と≒とさせていただいております。


その男は学生時代、登山をしている時に「自分」と「山」が、そして「宇宙」との一体感を感じるという神秘体験をしました。


その時に感じた至福」を再度体験したいと思ったその男は、登山を続ければまた体験できると考えて、週末を山に捧げました。


しかし、なかなか以前経験した「至福」にめぐり会えません。


男は、


「より登頂が困難な山に登れば再体験できるかも知れぬ。」


という何の根拠もない考えを実践します。


それは「冬山登山」という過酷な登山でした。


”孤高の人”、加藤文太郎ばりのトレーニングを積み、ザイルを片手に単独で世界の冬山に命懸けの挑戦をし、次々に登頂を果たし、輝かしい栄冠を得ました。


しかし、かつて感じた「至福」の境地に至ることはできませんでした。


「何か自分は思い違いをしているのではないのか?」


と思ったその男は、幸せになれるという幸運グッズ幸福仏像というものを買いました。


しかし貯金は減りましたが、幸福は増えません。


「これは違う。」


という確信を得たその男、次は世界中の宗教書や精神世界系の本を読破します。


しかしやはり「至福」には至ることはありません。


「やはり必要なのは実践だ。」


と思ったその男は、毎日お経を唱え始めました。


毎朝毎晩、睡眠時間を削り、みっちり2時間お経を唱え、時には48時間不眠でお経を唱え続けてみたりしましたが、やはり以前の「至福」には至れませんでした。


「どうもお経だけでは無理なようだ。」


と思ったその男、次は健康にも良いというアドバイスを得てヨガを始めてみました。


睡眠時間を削って行うヨガと読経が果たして、健康に良いか否かは置いておくとして、ヨガのポーズを極めながらお経を唱えるという、一つ間違えると変な人に誤解されてもオカシクなさそうな併せ技で「至福」を目指します。


しかし、何年やっても「至福」に至れません・・・。


「これだけやってもダメなのか?何か悪いものでも自分にあるのか?」


と思ったその男、今度は何を思ったのか山に篭り断食を始めました。


しかし、「至福」に至る前に栄養失調状態で発見されたその男は、家族に強制入院をさせられます。


「断食はやはり体力が続かない。よし!今度は菜食だ!」


と意味の分からないことを考えたその男は、ペジタリアンになりました。


しかし、ベジタリアンになって健康的にはなったかもしれないが、それは「至福」とは程遠い苦しいものでした。肉を身体が欲してしまって、ガマンするのが嫌になってきました。


「やはり自分単独では無理か。」


と思ったその男、単独での山の登頂はできても「至福」は一人では無理と考え、世界中の名の知れた霊能者や聖人を訪問し、これはと思った新興宗教の教祖に弟子入りしました。


そして、熱心に教団の活動をするその男、いつのまにやら教団の幹部的な地位にまで就きました。


しかし、元々自身が目指していた「至福」は相変わらず訪れません。


日々教団へ押しかける信者家族等からのお布施の返還運動に対応する為の法律家との折衝などに追われる日々が続きます。


「自分は一体何をしているのだろう?」


と悩む男。


数日後、教団の建物を出ると、もう戻ることはありませんでした。


「もう何がなんだか分からなくなった。瞑想して心を落ち着かせよう。」


と思って二年ほど瞑想生活に入ります。


二年の瞑想中に気分が落ち着くことはあっても、相変わらず「至福」には至れずに、だんだん自分がかつて経験した「至福」というものの感覚さえ思い出せなくなってきました。


「自分が観た、あの至福の世界は幻想だったのかもしれないな・・・。」


男はそう思いました。


自分がやってきたこの二十五年は何だったのだろうか?


悔しくて涙するかと思ったのですが、不思議と涙は出ませんでした。それは自分でも不思議でした。


男は五十近くなった自分を鏡で観て、思いました。


「まあ、精一杯やったしな。自分がいまここにあるだけで十分「至福」とか「悟り」とかは、もうどうでもよくなった。」


と思った瞬間でした。


それまで忘れてかけていた感情というか感覚が男を襲います。


それはまぎれもなく男が二十五年前に感じた「至福」でした。


至福”を追い求める必要はないし、追い求めても得られない。なぜなら”いまここ”に既に元々持っているものなのだから。」


最後に男はそう悟ったのでした。



全てはこれでよかったのだ~っ!! 

by バカボンパパ



おしまい。


ありがとうございました。m(_ _)m



こんにちは。


「隊長コレクション」の時間がやってまいりました。


今回も前回に引き続いて”るろうに剣心”シリーズをお届けいたします。


前回は緋村剣心でした。


<リンク:緋村剣心>


二回目は、剣心の親友”相楽左之助(さがらさのすけ)”です。


<参考:相楽左之助>





”悪”の一文字を背負う喧嘩イチバン、武器は鉄拳、

そして決して折れない正義の心


”夢を語る時は、胸張って高笑いしながら言うもんだぜ”





さて上の二枚の写真、どちらが本当の隊長でしょうか?


<相楽左之助について>


東京に流れついた剣心の最初の仲間である。


通称”喧嘩屋斬左”


幕末に偽官軍の汚名を着せられた悲劇の組織、”赤報隊”の生き残り。


当初は自分達を裏切った維新志士達が構築した明治新政府を恨み、復讐の念を抱きつつ喧嘩に明け暮れる日々を過ごすなど、心をささくれだたせていた。


そんな中かつての維新志士、緋村剣心に出会い闘いを挑むが、圧倒的な力の差の前に破れる。


それと同時に、悲しみを背負いながらも、強さと温かさを持った剣心という人間に惹かれ、悲しき過去に別れを告げて新しい時代の生き方を目指す。


以来、剣心とは無二の親友となり、数々の強敵を相手に共に戦うことになる。


この人物は剣士ではなく、拳で戦う”喧嘩屋”である。

(斬馬刀という骨董品のような珍しい大型の刀を剣心との勝負時には使用していたが、剣心に折られてしまったため、以後使用することはなくなった)


特徴は打たれても叩かれても、倒れたことがないという言われる程の打たれ強さと、腕っ節の強さ、そして何よりも最大の武器は、決して折れない心である。


ただ、自己流を貫きまともな修行をしたことがない事、人の話をあまり聞かずに、何も考えずに突進してしまう単純さ故、剣心の足を引っ張る事も度々あり、後に登場する斉藤一などに”剣心の弱点”扱いされることもある。


ただ筆者は、暗くなりがちな戦いをテーマにした物語には、このような明るく快活な好男子は一服の清涼剤としても、無くてはならないキャラだと思うのである。


お読みいただきまして、ありがとうございました。m(_ _)m


次回は悲しき天才隠密”四乃森蒼紫”です。


是非、よろしくお願いします。



こんにちは。



昔から身近にある童話とか童謡には、誰からかは存じませんが、深いメッセージが隠されていたりするらしいのであります。



今回は有名な童謡「かごめかごめ」の真訳をご紹介いたします。



皆さんはこの歌の意味、どういう風に教えられてきたでしょうか?



これからご紹介する内容が真の意味だと信じています。



翻訳家ではないので訳が下手ですみません。



それと細かい点で間違っていたらごめんなさい。



少なくとも当たらずとも遠からずだと思っています。



<歌詞>


かごめかごめ ≒ 宇宙の六角形の幾何学模様



カゴの中の鳥は ≒ かごめの形をした空間の中心に存在する物



いついつ出やる ≒ それはいつ出るの?



夜明けの晩に ≒ 天の岩戸が開かれる時



鶴と亀が滑(統)った ≒ 天と地がひっくり返り、統合された



後ろの正面だあれ? ≒ あなたの後頭部を見ているあなた自身



六匹の子ネコに囲まれて中心に座る隊長がいます




<真訳かごめかごめ>


天の岩戸開きが行われる時、この宇宙の中心が目を覚まして、分離から統合へと反転する。


その時、人は自分自身が宇宙の全てであり、もっとも遠い自分の後姿さえ見える事を理解する。



後ろの正面の隊長でした