人間と戦争 | 朝日町shellのブログ

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こんにちは。



このブログでアメリカ海軍横須賀基地や航空自衛隊ブルーインパルスの事を書きましたが、私は昔から軍隊の話に惹かれる傾向がありました。



銃器を扱いたいとかは思いませんが、何故か惹かれるのです。



昔、米ソ冷戦が真っ盛りだった頃に小学生だった私は、夏休みの自由課題で「米ソ核戦争の結末」みたいなタイトルだったと思うのですが、第三次世界大戦のシュミレーションを論述し、結論として「核による人類の破滅」というものを発表したりして先生に怒られてたりしてました。

それ以来、今でも教師と言われる人は苦手だったりします。



私がマネジメントという概念に出会い、P.F.ドラッカーを人生の師匠と仰ぐようになったのも、組織というものの最初のモデルが軍隊であったからかもしれません。

ドラッカーがマネジメントを発明した際、最初に参考にしたのが軍隊であったのですから。



私は平和主義者で、喧嘩とかは嫌いです。

和をもって尊しとなすという聖徳太子の教えを心底大事にしているつもりです。



では、何故人を殺める最新テクノロジーを扱う組織である軍隊というものに関心が向くのかを自分なりに考えてみたのですが、それはこういう事なのかなとちょっと合点がいきました。



それは、「人間というものは退屈な日常を超えた瞬間のみに、本当の生を感じることができる。」というものです。



だれでもこういう経験をした事があるのではないでしょうか?



いつものルーティンワークを終えて、帰宅しようと思っていた時に突発的なトラブルにあって、いつもの日常の有難さを感じる。

病気になって初めて健康の有難さが理解できる。

家族の誰かが亡くなって初めて家族の大切さが分かる。



軍隊は常に任務と仲間に対する責任感をもって行動しなければいけません。



一人のミスが部隊の全滅に繋がるからです。



どんなに厳しい訓練を積んで、卓越した技能を得たところで運が無ければ助かりません。

でも、訓練は怠ってはいけません。



どんなに健康に気をつけても、暴走車に轢かれれば終わりなのと一緒です。

でも、たとえそうであっても健康には気を付けるべきですよね?



私がここで言いたいことは、生と死の狭間で生きる事、軍に所属して戦地に赴く事が退屈な日常を吹き飛ばして人間の本当の生を感じる簡単な方法なのだということです。

だから人間は戦争が好きなのです。



しかし、これって間違ってますよね?



あたかも日常がつまらないから覚醒剤使うみたいな感じで。



では人間が本当の生を感じる事ができる正しい方法とは何でしょうか?



硫黄島のエピソードを引き合いにします。



硫黄島の激戦は悲惨なものでした。

元松島基地司令の語った事ですが、硫黄島は亜熱帯地域なので航空機は滑走距離を多めにとって離陸するそうです。


ある日、定期輸送を行っているC-1輸送機が積荷を全て下ろして本土に帰る時に、軽くなったはずの機体が最大搭載重量いっぱいのごとくに重くて滑走距離が延びる事があったそうです。


機長が隊員に確認すると、


「格納庫は空です。しかし、喜びの声が聞こえてきます。」との報告。


そんな時は搭乗員達が格納庫に向けて敬礼し、


「これから貴方達を本土へお連れします。長い間本当にご苦労様でした。」


と言うと機体が一気に軽くなり離陸がスムーズになったそうです。


彼らは経験的に知っているんです。

硫黄島で散った英霊たちが本土に帰りたくて、それに応えることが義務であることを。



隣人への感謝。

過去の英霊たちへの感謝。

そしてそれらに応える義務と責任。

これが争い事をしないで生を感じる正攻法だと思います。


なぜなら我々は一体だからです。