誰が為 | ヒツジとサボテン

ヒツジとサボテン

なんとなく続けてみる。

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 WRO本部。その中にある姉の研究室の扉を開くと、自身のデスクに両肘を立てて手の上に顔を乗せた姉の眼鏡が光っていた。

「ずいぶんと遅かったじゃないか」
「時間通りだけど」
「66秒の遅刻だ」
「秒単位で数えないで」

 そもそも「11時くらいに行く」と言い11時1分に到着して責められる謂れはない。

「時間の問題じゃない」
「時間を指摘したのはお姉ちゃん」
「おまえは15分前にはこの建物に入っていた。いくら地下にあるといってもエントランスからこの部屋まで5分もかからない。にもかかわらずだ。16分もかかった。ジューロップン!」

 ずっと時間の話だ。ツッコミ待ちかと思ったけれど、何ともツッコミづらい重ね方だ。何やら本当に不機嫌なようだ。というか、拗ねている。

「この建物内で私に隠し事が出来るなどとは思わないことだ!」

 そう言って姉はキーボードをタンッ!と甲高い音を立てて一度たたいた。するとメインモニターが文字だらけの画面から監視カメラ映像に切り替わった。……Enterキーを押す手前まで仕込みを済ませていたのだろうか。

「こーんな男と立ち話をして私との約束に遅れるだなんて! いったい、何を、話していたんだ!」

 この世の終わりだとばかりに頭を抱えて姉が唸る。なんだろう、今日の姉はアクションがオーバーだ。仕事で嫌なことでもあったのだろうか。

「時間の話かな」

 たぶんそうだ。私には理解しがたい内容だったけれど時間の話には違いない。というより、わざわざ切っているがもともと音声付きの映像なのだから知りたければ聞けばいい。

「あんなくだらない話で後回しにされるなんて。お姉ちゃんは悲しいぞ。泣くぞ!」
「聞いてたんじゃない」

 そうだろうとは思っていたけれど。

「私との約束の方が大事だろう」
「忘れ物を妹に届けさせることを約束とは言わないと思うよ」
「11時に来ると言ったのに」
「くらい、ね」
「昼も眠れず待っていたのに」
「お昼寝は食後でしょ」
「今だって眠いんだ!」
「仕事しようね、お姉ちゃん」

 姉の悪ふざけが留まる所を知らないようなので、私は無視して勝手にキーボードを弄りモニターを前の画面に戻した。

「何をしているの?」
「ん、これか?」

 姉がサクッと真顔に戻る。この人はなんなのだろう。

 さらにカタカタとキーボードの音が響くと画面が切り替わり鉱石のようなものが映し出された。

「このマテリアの研究だ」

 

 

 

 

 

 誰が為

written by 未

 

 

 

 

「マテリア?」

 姉は科学者だ。科学者と一口に言ってもその分野は多岐にわたる。その中で姉は専門というものを持たないが、実績として論文が残されているのは主に医療と防衛設備に関するものだったはずだ。

「そうだぞ。医療にも防衛にもマテリアは重要なんだ」
「それはわかるけど。でも」

 かつて一般に流通していたマテリアはそのほとんどが神羅によって作られたものだった。それらは今も一部で利用されてはいるが、メテオ災害以降、魔晄エネルギーというものが忌避されるようになってからは表向きに新たなマテリアの製造は行われていない。

「これは天然のマテリアだ」

 モニターを指して姉は言う。
 たしかにそれは、私たちが見慣れているような小さな球体ではなく、数メートルはあろう光る岩だった。

「これを使えるように加工するの?」

 姉は静かに首を振った。

「それはしない。代わりに智慧を借りる」
「知恵?」
「ああ。ライフストリームを消費することなく、その中に蓄えられた星の知識の教えを請うのさ。そしてそれを科学的に再現する方法を探す」
「それがお姉ちゃんの専門?」
「母さんの専門だ」
「お母さんの?」
「ああ。母さんは星命学を学んでいたから、魔晄エネルギーには反対していた。けれど現実としてそれらが人々の生活を豊かにし、時に命を救うことにさえ繋がることも理解していた。だから、星の命と共に生きる技術の確立を研究していたんだ。ただ……」

 少しだけ、時代が早すぎたんだな。
 姉は寂しそうに言った。

「時代は産業革命の真っただ中。次々と便利なものが生み出され、大量生産されて価格が下がり一般に普及していく。人々の暮らしは豊かになり人口も増えていった。ミッドガルが不夜城などと呼ばれるようになったのもその頃だ。母さんの研究はその流れに逆らっていた。既に確立された技術があるのに、敢えて低効率、低品質、高コストの技術を研究する頭のおかしい人間だと思われていた。加えて、星命学界の一部の連中からは、欺瞞を並べてライフストリームの利用を正当化しようとする異端者として敵視された。それでも母さんは、自分が正しいと思った道を歩み続けていたんだ」

 姉がまたキーボードを弄って画面を切り替えた。初めの論文らしきものが映し出される。

「母さんが書いたものだ。もっとも、残っていたメモや資料を最近になって私がデータベース化したものに過ぎないが。これを基に研究をしているが、資料では成功することを前提に十も二十も工程が重ねられていくのに、私にはその一つの成功の再現が難しくてな。自分の才能の無さにがっかりするよ」

 そう言いながら姉は微笑んでいた。
 十年以上も前に誰からも認められていなかった科学者の研究が今の最先端を凌駕している事実が誇らしいのか。それとも、単にそんな母に近づいていけることが嬉しいのか。

「お姉ちゃん」
「なんだ?」
「私も、何か手伝えないかな」

 羨ましかった。それだけだった。

「もう手伝ってもらっているよ。おまえがいてくれるだけでとても助かっている」
「そうじゃないの。そういう間接的なことじゃなくて、もっと直接的に手伝いたいの。お母さんが見ていたものや考えていたことを知りたいの」
「ああ、それもいいな」

 姉は笑う。

「でもおまえは既に十分に直接的に役立ってくれているんだぞ」
「え?」

 姉は部屋の隅を指さす。そこには私の体質を改善するための治療装置がある。私の身体は定期的にこれを利用することで魔晄を浴びずとも活動できるようになってきている。

「あれも母さんの研究の一部を再現して私がカスタマイズしているものだ。おまえの身体を癒しているのは母さんの智慧で、おまえは母さんの研究の最新の成果そのものだ」
「そうだったんだ」

 まさかこんな装置が自分の娘に必要になるなどと想像して研究していたはずもないけれど。母は今でも私を守ってくれていた。母のおかげで私はこれからも生きていける。

「嬉しいな」

 私は少し俯いたまま誤魔化すように笑った。

「それなら自分自身のためにも、私ももっと勉強しないと」
「心強いよ」

 姉は優しく私の頭を撫でながら言った。子ども扱いがなぜだかとても心地よかった。

*        *

 妹が帰った後、私はコーヒーを啜りながら中空に向けて謝る。

「ごめんね、父さん」

 あえて父のことには触れずに語った。そのことを父に申し訳なく思う。あの子は父のことをどれくらい覚えているのだろう。父が亡くなった時、妹はまだ2歳だった。私だって、残された資料を読み漁って、そしてかつての両親を知る人間たちに接することで、当時の彼らの境遇を推測しているにすぎない。それでも、それだからこそ、あまりこの世界に足を踏み入れさせたくないと思ってしまう。

「過保護なんだろうな」

 それでも、まだ慎重であるべきだと私は信じている。

 

 

the end

 

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