3・11 続き
本文の前に・・・
この記事を読んでくださる皆様が、私の経験を元に
今後の災害の対応に何らかの形で生かして下されば幸いです。
続き・・・
外に出たあと、私は必死で冷静に考えをめぐらせていました。
混乱しちゃいけない、冷静でいないと、と思いました。
住宅の建っている地盤?地面?建物の足元の部分は、
大きな揺れのせいで地割れが起こったり、建物と地面との間に隙間が開いていました。
倒壊したら怖いので、とにかく建物から離れて少し離れた駐車場へ行きました。
外出先から戻ってジャケットを脱がずにいた私は、ポケットに車の鍵が入っていたので、そのまま車へ行くことが出来ました。
4階から脱出してきた友人は、玄関にあった鍵も揺れでどこかへ行ってしまったそうです。
3月とは言えダウンを着込むほどの寒さでしたので、車の中で風をしのぐととても楽でした。
ただし車に乗っていると小さな揺れも大きく感じるので、子供達は揺れるたびに大騒ぎでした。
携帯はもちろん通じません。
仕事中だったパパは大丈夫だろうか、と心配でしたが連絡手段がありませんでした。
と、思っていたら
被災地から程遠い地域の友人からメールがきて驚きました!
そうか、電話は通じないけどメールはできるんだ!と気づきメールをしました。
災害伝言ダイアルの使い方は覚えていませんでした。
パパは、仕事で車の運転中だったらしく、特に怪我もなく無事でした。
ただ信号も全て停止し、国道は大渋滞になっており、帰宅は遅くなりそうだと言っていました。
4階から脱出した友人と一緒に車で状況を整理し、避難の用意をしました。
家の中はテレビでよく見る被災地の状態になっていました。
もしあの時部屋に残っていたら確実に怪我を負っているか命の危険があるような状態で、
とても戻って生活できる状態では無かったので、避難する事にしました。
そのときは昼間だったので気づきませんでしたが、停電・断水・ガスもきて無い状態になっていました。
家に戻って荷物を持ってこようにも、私が離れると怖くて泣き出してしまう子供達を残しては行けませんでした。
もちろん部屋の中なんて危険な場所になんて連れて行けません。
そこでちゃーちゃんはおんぶ紐でおんぶし(重量オーバーで辛かったですが)、たんくんは
4階の友人とその子供達と一緒に車で待っててもらいました。
ちゃーちゃんを背負って部屋に戻るとき、ちゃーちゃんはとても嫌がりました。
「ドンドン嫌だ!怖い!」と言っていました。
入らないわけにも行かないので我慢してもらいました。
部屋に戻るのは私自身も恐怖ではありました。
外にいる間も、部屋に戻るときも、戻ってからも、何度も余震がありました。
地震のときのガシャンガシャンという音からも、部屋はガラスが散乱している事がわかっていたので、土足のまま部屋に入りました。
そして部屋から持ち出した当面の荷物は
・小さめの毛布2枚(子供の暖に)
・子供の着替え2.3日分
・おやつ
・自分の着替え(下着と靴下)
・印鑑など貴重品
・パソコン、充電器
・写真の入った外付けハード
・デジカメ
(このへんの電子機器は一箇所にあったのでまとめてカバンに突っ込みました)
・保険証や母子手帳類の入ったケース
・トイレットペーパー、ティッシュペーパー
慌てて準備したので定かではないですがたぶんこんな感じの物だったと思います。
洋服は、タンスが倒れていたので起こして引っ張り出しました。
パソコンは、本体に入ってる写真のデータがあったから大事でした。
万が一留守にしている間に倒壊してもいいように、貴重品は全て持ちました。
4階の友人と入れ替わり立ち代り、お互い家に戻って荷物をまとめました。
そして友人がふと思いつきました。
食料を調達しないと!
うちの近所のローソンに、車で行きました。
するとそこはすでに人が集まっていました。
しかし海外のニュースで見るような強奪だとか混乱状態にはなっていませんでした。
皆きちんと会計のレジに行列を作って並んでいました。
混雑しているコンビニの中に子供を連れてはいけなかったので、車で待っていてもらうことにしました。
しかし車はとにかく揺れる・・・
子供達はかなり嫌がりましたが非常時です!我慢してもらいました。
ローソンで買い込んだものは、
・カップラーメン数個
(安いものから売れていったようで、残っているのは高めのカップラだけでした)
・水など飲み物
・携帯の充電器
(1個だけ残っていたのを買いましたが700円ぐらい、高い・・・)
・ドーナツ2袋
(そのまま食べれてカロリー確保できるかなと)
レジではレジスターが停電で動かないので、店員さんが手作業で計算していました。
ちなみに停電のためもちろん全て現金払いです。
私は普段現金を持ち歩かないです。あっても2千円程度・・・
しかしその日はたまたま財布に多めに入っていたので、買い物が出来ました。
店員さんも大変だな、と思った私は店員さんに話しかけました。
私「いつまで店を開けているんですか?」
店員「ん~~~!開けられる限りは・・・(苦笑)」
こんな状態の中で店を開ける勇気もすごいと思うし、
こんな状態の中でキチンと列に並んで商品を購入するお客の姿にも感動しました。
ふと・・・
会計でお金を渡す時、私は自分の手が震えている事に初めて気づきました。
子供の手前、笑顔を心がけ、
混乱しないように冷静に冷静にと言い聞かせていましたが、
実際は私もすごく恐怖でおびえていたんだと、初めて感じた瞬間でした。
そして会計をしていた時に、
大きめの余震がきました。
店員さんは何かいろいろを叫んでいました。
「外に逃げてください!」とかそんな感じだったか・・あやふやです。
私は車の子供が心配でした。
絶対に泣き叫んでるなぁ・・・と思って急いで会計を済ませ車に戻ると
案の定、ふたりとも大号泣でした。
4階の友人と私は買い物をとりあえず済ませて、さてどこに避難しようかと話し合いました。
車が止まっている状態だと揺れる事に恐怖を感じて常に泣いている子供達だったので、
とにかく発進してどこかへ行きたかったです。
しかし近所の避難所になりそうな小・中学校はどこも鍵がかかったままでした。
避難所を探し走っていると、徐々に雪が降り始め、吹雪になりました。
3月なのに吹雪、いくら東北でもそんなに多くあることではありません。
私は行くあてもなく、吹雪の中を走っていると、
とてつもなく不安になりました。
よく読んだ漫画や映画の中のワンシーンのようで、
本当に地球はこのまま滅んでしまうんだろうか?とわずかですが思えました。
避難所がどこも開いてないので、4階の住人と、近くの役場へ行きました。
そこでどこか開いてる避難所を聞こうと思ったのです。
地震から数時間が経ち、徐々に外は暗くなり始めていました。
役場では緊急のテントが張られ、消防車などもいました。
その辺にいる役場の人らしき男性に避難所について聞くと、
返答は非情な物でした。
「避難所はありません。強いて言うならあそこですね」
と、指差された場所は、トラックなどが収容されるガレージのような場所。
そこには数人が立ったまま外を眺めていました。
入り口やドアがあるわけでもなく、ただの車庫です。
寒さがしのげるとは思えないし、子供を連れてそこで一晩を越せるはずもありません。
4階の友人は、仕事から帰ってきた旦那様と合流し、とりあえず車で一晩過ごすと言っていました。
しかしうちは、車が止まっている状態では泣き続ける子供達を連れて、
私は行くあてもなく走り回るだけしか出来る事はありませんでした。
続きはまた今度・・・