読めばわかるアスペ育児奮闘記 -14ページ目

3・11ー3

気づけば前回の更新からもう数週間・・・


転職したりであわただしく毎日が過ぎてました。

現在は歯科衛生士に復職しました!

パート勤務なので時間に余裕もでき、子供の世話にも時間をとれそうです。




前回の続き・・・


行く当てもなく、吹雪の中で困っていると


母からメールがきました。


「大変だったね。家に来たら?」



私の実家は古い一軒家ですが大きめなので、自分の崩れそうなアパートや車にいるよりも断然安心感があります。


なにより車ではとても一晩を過ごせそうにないうちの子供達が寝れる場所が確保できるのは、とっても幸運な事にでした。


一緒に役場の駐車場にいた友人にも、一緒に実家に行きますか?と声をかけましたが、車でいいとのことだったので、そこで分かれました。



私の実家は車で40分くらいの場所にあります。


停電で信号はなく、大きな道路はかなりの渋滞でした。


かと言って裏道なんかはなんの明かりもない真っ暗な道路で信号も動かないとなると


危なくてとても走れませんでした。


また、裏道から大きな道路に出る交差点なども、信号がない上に渋滞で皆譲るとか出来ない状態ですので


大きな道路に途中から合流する事はほぼ不可能でした。


なのでしょうがなく渋滞を覚悟で大きな道路で実家へと向かいました。



走っている最中も余震はかなりの回数きていました。


渋滞ですので何度も車は止まります。


止まっている間に余震で揺れるたびに子供達は大騒ぎでしたが


少しずつ少しずつ車を進めて、余震の揺れじゃなくて車が動いてるからだと無理やりごまかしながら行きました。



外はもう真っ暗です。


普段は店の明かりで道路も明るいのですが


停電で本当に町は闇の中でした。


渋滞で並ぶ車の列だけがライトで照らされていました。



その頃うちのパパは何をしていたかというと、


会社が自動車関係の会社ということもあり


社員皆で会社から近くの大きな交差点で自主的に交通整備をしていたのだそうです。


吹雪の夜に立ちっぱなしでとても寒かったそうですが


なんと、「お疲れ様」と、ホッカイロをくれた方がいたそうです!


感動しますね!


その日は皆が電気もなく不安で寒い夜だったのに、大事な暖をとる道具を分けてくださるなんて!


ローソンできちんと並ぶ人たちを見たときも感じた事でしたがここでもまた、


日本人の思いやりや優しさを感じることが出来ました。




渋滞でなかなか進まない道路を2時間ほどだったでしょうか・・走り、やっと実家に着きました。


着いたのは20時過ぎだったと思います。


不安になるだけなのであまり時計は見ませんでした。


実家ではローソクをたて、反射式のストーブをつけて家族皆で台所に集合していました。


実家には私の祖父母、父母、弟、妹が住んでいます。


小さなローソクに照らされて暖まった部屋に入ると、心底ホッとしました。


我が家がこんなにも暖かく安心出来るものだと感じたのは初めてだったと思います。



母は、カセットコンロで火をおこし、インスタントラーメンを作ってくれました。


私もローソンで買ったカップラーメン類を母に渡し、皆で食べようと言いました。


子供達は疲れ果ててあまり食べませんでした。


少しするとパパも実家に来ました。


皆でラーメンを食べ、あとは真っ暗なだけの夜にすることもないので、解散して寝ることになりました。



夜に寝てる間に地震がきてもいいように、ジャンパー・コート類は部屋の出口のわかりやすい場所に置いて、


真っ暗な部屋は怖いので懐中電灯を天井に向けてつけたままで寝ました。




やっと寝付いた頃、また恐怖のエリアメールが鳴りました。




続きはまたあとで・・・