乳幼児の気道感染で、最も厄介なものの一つがRSウイルス(以下RSV)です。風邪のウイルスの一種なんですが、幼少なほど重症化しやすく、細気管支炎や肺炎の原因になります。だいたいRSV感染の乳児の4人に1人が入院が必要になります。新型コロナでもインフルエンザでもそんなことはないので、いかにRSVが厄介かお分かりいただけるかと。
更にRSVはインフルエンザと違い、特別な治療法はありません。水分が摂れなければ輸液をし、酸素が足りなければ酸素投与します。また吸入やステロイド投与も行いますが、どれも劇的に効くことはなく、状態を悪くしないようにサポートしながら、自らの力で回復していただくのを待つというのが現状です。だからRSV感染で入院する場合は5日から1週間ぐらいかかることが多いですし、完全に症状がなくなるまでは2~3週間かかることも珍しくありません。う~ん、厄介ですね。
予防法はあります。シナジスというモノクローナル抗体製剤がありまして、これを秋から春にかけて毎月1回筋肉注射をします。しかし適応が未熟児や心疾患のある人などに限られていますので、皆さんに使えるわけではないし、毎月筋注に通うのも大変ですよね。あと、妊婦に打つRSVワクチンは治験中でして、近い将来日本でも使えるようになると思いますが、今はまだ使えません。
そんな厄介なRSV感染を予防する新しい薬が、今回ご紹介するベイフォータスです。日本でも最近、厚生省の薬事委員会で承認されたようですから、近々使えるようになるでしょう。今回ご紹介するのは、一足先に実用化されたアメリカで、極めて高い有効性が示されたという朗報です。まずは引用を。
『RSウイルス感染症から赤ちゃんを守るための予防薬であるベイフォータス(一般名ニルセビマブ)の入院予防効果は90%であることが、リアルワールドデータの分析から明らかになった。これは、在胎35週以上で生まれた乳児を対象にニルセビマブの有効性を検討し、RSウイルス感染による医療処置の必要性を79%、入院の必要性を81%防ぐことを示した第3相臨床試験の結果を上回る。米疾病対策センター(CDC)の研究チームが実施したこの研究結果は、「Morbidity and Mortality Weekly Report(MMWR)」に3月7日掲載された。
CDCは、生まれて初めてRSウイルスシーズンを迎える生後8カ月未満の乳児に対するニルセビマブの単回投与を推奨している。RSウイルスは乳幼児の入院の主な原因であり、米国では毎年、5〜8万人の5歳未満の乳幼児がRSウイルス感染症により入院している。
ニルセビマブはRSウイルス感染に対する免疫系の働きを特異的に増強する長時間作用型のモノクローナル抗体である。ニルセビマブが、生後24カ月未満の乳幼児でのRSウイルス関連下気道感染症の予防薬としてFDAにより承認されたのは2023年7月のことであり、そのため、今シーズンはその効果が証明される最初のシーズンとなる。なお、RSウイルスに対してはワクチンも承認されているが、投与対象は高齢者と妊婦である。
今回の研究でCDCの研究チームは、CDCの新ワクチンサーベイランスネットワーク(New Vaccine Surveillance Network;NVSN)から抽出した、2023年10月1日時点で生後8カ月未満であるか、同年10月1日以降に生まれた乳児のうち、2023年10月1日から2024年2月29日の間に急性呼吸器感染症により入院した699人を対象に、ニルセビマブの有効性を調査した。対象乳児のうち、407人(58%)はRSウイルス検査で陽性と判定され(症例群)、残る292人(42%)は陰性だった(対照群)。
症例群では6人(1%)、対照群では53人(18%)がニルセビマブの投与を受けていた。医学的に見てリスクの高い乳児は、健康な乳児に比べてニルセビマブを投与済みの者が多かった(46%対6%)。多変量ロジスティック回帰モデルによる解析から、RSウイルス感染症関連での入院に対するニルセビマブの予防効果は90%(95%信頼区間75〜96%)であることが示された。
研究チームは、「ニルセビマブなどのRSウイルス感染症の予防薬は、今でもRSウイルスから乳幼児を守るための最も重要な手段であることに変わりはない」とCDCのニュースリリースで述べている。
ただしCDCは、今回の研究でのサーベイランス期間が通常より短かったとし、10月から3月までの全RSウイルスシーズンを通して見ると、ニルセビマブの有効性は今回の結果より低くなる可能性があることに言及している。なぜなら、モノクローナル抗体の予防効果は通常、時間の経過とともに弱まるからである。
CDCは、ニルセビマブが妊娠中にRSウイルスワクチンを接種しなかった母親から生まれた乳児のために使われる薬であることを述べ、母親がRSウイルスワクチンを接種することで防御抗体が子どもに移行することを強調している。(HealthDay News 2024年3月8日)』
以上です。入院を9割減らすってのは凄いですね。しかもシナジスと違い、1シーズンに1回だけの筋注で済みますし、未熟児やリスクのある児に限らず使えるようですから、夢のような薬と言っても過言ではないかもしれません。しかもこれはモノクローナル抗体製剤なので、ワクチンに偏見を持っている人も安心して使っていただけると思います。
かつて小児科の入院を劇的に減らしたものは何だかご存じですか? 肺炎球菌ワクチンとHibワクチンです。かつてはこれらによる肺炎が小児の入院の半分以上を占めていたものですが、ワクチンにより激減し、小児の入院自体が半減しました。今回のベイフォータスはそれに近いインパクトがあるだろうと私は期待しています。
RSウイルス感染症予防薬が乳児の入院を90%削減|ヘルスデーニュース|医療ニュース|Medical Tribune (medical-tribune.co.jp)