こどものみかた

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大阪寝屋川の小松病院小児科の林です。小児医療、感染症、救急医療や趣味の話など、役に立ったり立たなかったりする蘊蓄を適当に語ります。

このブログを読んでいる若い方ではあまり印象がないかもしれませんが、AIDS、すなわちHIVの感染症が広まった際は大騒ぎになりました。輸血や血液製剤投与、性行為などで感染しますので、新型コロナと違い、外出禁止になったり皆がマスクをつけたりなんてことはありませんでしたが、当初はかなり予後も悪く、恐ろしい病気の一つという感じでした。今は幸い良い薬が出て、HIVに感染してもちゃんと治療していれば、殆ど未感染者と同じくらい生きられるようになっています。そのため最近ではHIVが話題になることもほぼなくなりましたね。今回ご紹介する記事は、そんなHIV感染者が、別の理由で骨髄移植した際に、ドナーがHIVへの遺伝的抵抗性があったためにHIVが完治したかもしれないという話です。まずは引用を。

 

ヒト免疫不全ウイルス(HIV)はヒトの免疫細胞に感染して免疫不全を引き起こし、最終的に後天性免疫不全症候群(AIDS、エイズ)を発症させます。新たに、ノルウェーのオスロに住むHIV患者の男性が「HIVへの遺伝的抵抗性」を持つ兄弟から造血幹細胞移植を受け、HIVの「持続的寛解」を達成したと報告されました。

 

オスロに住むHIV患者の男性は2006年、44歳だった時にHIVに感染していると診断され、2010年から体内のウイルス複製能力を抑制する抗レトロウイルス療法を受け始めました。これにより、男性の血液中のHIV量は検出限界以下に抑えられていましたが、2018年に骨髄中の造血幹細胞に異常が生じて血液細胞が減少する骨髄異形成症候群と診断されました。

当初、男性の骨髄異形成症候群は薬物治療によって寛解状態になったものの、やがて再発したことから造血幹細胞移植が検討されました。造血幹細胞移植では、ドナーから採取した健康な造血幹細胞を体内に注入し、変異した造血幹細胞を置き換えるという治療法です。これにより、新しい造血幹細胞が新たな血液細胞を生み出し、最終的に患者の血液供給および免疫システムが置き換えられます。

男性は兄から造血幹細胞移植を受けることになりましたが、移植手術の当日になって兄が「HIVへの遺伝的抵抗性」を持っていることが判明しました。HIVは白血球の表面にあるCCR5という受容体を利用して感染しますが、男性はHIV感染を防ぐCCR5-Δ32というCCR5の変異を持っていたとのこと。

 

そこで移植手術を行ったオスロ大学病院の研究チームは、造血幹細胞移植が患者に与える影響を綿密に追跡することにしました。男性は移植後、ドナー由来のリンパ球が患者の臓器を攻撃する移植片対宿主病を発症しましたが、免疫調整薬による治療を受けることで症状は抑えられ、時間経過とともに新たな免疫系が機能するようになりました。移植から約2年後には、ドナー由来の細胞が血液・骨髄・腸の免疫細胞を完全に置き換えていたことが確認されました。
 

研究チームは造血幹細胞移植を受けた患者の体内で、HIVがどのような状態になっているのかを調査しました。その結果、患者の血液中にHIVの痕跡は残っておらず、HIVの主要な標的であるT細胞やHIVが潜伏していることが多いリンパ組織を分析しても、HIVは見つかりませんでした。

患者は造血幹細胞移植から2年後に抗レトロウイルス療法を中止しましたが、移植手術から5年が経過してもHIVが再増殖している兆候はみられませんでした。また、患者の免疫細胞がどのようなウイルスに反応するのかを調べたところ、インフルエンザウイルスなどの一般的なウイルスには反応するものの、HIVには反応しませんでした。

オスロ大学病院のグループリーダーであるマリウス・トロセイド博士は、「免疫系は正常に機能しているものの、HIVを認識しないのです。彼の新しい免疫系はHIVに遭遇したことがなく、それを認識できないようです」と述べています。

 

これらの結果を総合すると男性のHIVは完治した可能性が高いものの、研究チームは控えめに「sustained remission(持続的寛解)」が達成されたと表現しています。HIV患者が正式に完治したことを示すコンセンサスはないものの、男性はもはやHIVの増殖を抑えるために薬を服用する必要はありません。

トロセイド氏は、「男性は宝くじに2回当たったような気分だと語っています。彼は命に関わる可能性があった骨髄の病気から回復し、おそらくHIVも治癒したと考えられます」とコメントしました。』

 

以上です。記事にある通り、骨髄移植をしたのは骨髄異形成症候群のためでHIV治療目的ではありませんでしたが、たまたまドナーがHIVへの遺伝的抵抗性があったために、HIV感染も治癒したらしいということです。なるほど、そんな方法もあるのだなと思いましたが、そもそも骨髄移植自体、結構命がけの治療(骨髄移植における「移植そのものの合併症や副作用で亡くなる確率」は、移植後100日以内で約8%、2年以内で約20〜30%)になりますから、薬剤治療で緩解状態を維持でき、予後も健常人と変わらないなら、HIV感染を治療するために骨髄移植をするという選択肢はやはり無いですね。

「HIVへの遺伝的抵抗性を持つ兄弟」から幹細胞移植を受けたHIV患者の免疫系が作り変えられてほぼ完治した事例 - GIGAZINE