私からみると、
みんな素敵で、
魅力的なのに、
自分は何もないと嘆く。
それって、
周りから埋め込まれた「ある理想」もしくは「こうあるべき姿」と自分を比較して
あまりにかけ離れている自分の姿を嘆いているだけなのです。
私もそうでした。
自分という存在を認められなくて
足りないものばかり数えて
満たされない思いと
焦燥感と
惨めさと
孤独と
いろんなものを抱きしめて生きてきました。
どんなに努力しても、思い通りにいかない悔しさや誰も認めてくれないという悲しみ。
世界でたったひとりぼっちという孤独感。
どこでこれらの思いを手放したのかというと。。。
具体的にいつかはわからないけど
「もう、いいや、あきらめた!周りの思いに答えることも、人より秀でることも、人に認められることももういい!ちっぽけな自分で生きていこう!」
というところに辿り着いたときかもしれません。
ある日突然そこに辿り着いたのではなく、徐々にそこに流れ着いたという表現の方が近いですが・・・
いまだに、自分の力のなさや能力のなさや人間性の低さにうちひしがれる時もありますが
それでも、いまあるそれらの感情を手放すことは上手になりました。
思い通りにはいかないかもしれないけど
他の人と同じというわけにはいかないけれども
自分のままで生きていこう。。。
それしかできないかな。。。
という思いに辿り着いたとき
自分の力が戻ってきたように思いました。
今まで自分の力を削いでいたのは
勝手に思い込んでいる外の基準(周りとおなじようにという基準)だったように思います。
Surrender
私は私のままでよい
だれも認めてくれなくても
私のままでよい
そう開き直ったときに
自分がなにものであるか、
という自分の元に位置に戻ったような気ががします。
それからは徐々に、自分らしく生きることへと意識がむき
何者でもない自分自身として生きることができるようになりました。
誰かに評価されることではなく
楽に息ができる生き方を選ぶことができました。